第24話・勇気のかけら
交易ステーションEV-03。
広大な宇宙に浮かぶオアシス。
直径数キロに渡る大きな輪っかが、中央のエレベーター塔を囲むかたちでいくつも積み重なる巨大な建造物。優雅に回転するさまはまるで宇宙のメリーゴーランド。
その中身は様々な人種からなる宇宙交易商が軒を並べるいわば巨大なバザー会場。
ぼくとリナは不具合の出た照明器具のスペアを手に入れるため、この施設にやって来ていた。
優雅な外観とは裏腹に、気密ドアから一歩足を踏み入れるとむせ返るような香辛料の香りとごった返す人の波が怒涛のごとく押し寄せるまさに異空間。
いままでだだっ広い船の中で過ごしてきただけに、ぼくは軽くショックを受けてめまいがしてくる。
そんなぼくを尻目に、リナは人混みをずんずん進んでいく。
やがて、ある店の前で立ち止まる。
それは2メートルほどの間口に机をひとつ置いて店員が座り、机の上に置かれたカタログのようなものから客が欲しいものを選ぶようなほんとうに小さな店。
まわりの店はそれぞれ趣向を凝らしたインテリアや飾り付けで情緒たっぷりなのに対し、この店は素っ気ないほどにシンプルで、おまけに店員の愛想の無さといったら。
「いらっしゃい」
どこの国の出身なのか判然としない、不思議な文様の化粧を施した店主が頬杖をついたまま迎える。
リナは紙に書いた物品リストを店主に渡すと、懐から小さなカードのようなものを取り出し店主に掲げて見せる。
店主はそれを見て目を大きく見開いたかと思うと、そそくさと電気部品を袋に詰め込んでリナに手渡した。
そのままリナは無言で店を出る。
いまのはなんだろう。お金も払ってないし、まるで何かの裏取引みたいな。
「あのー、あれはいったい…」
リナはぼくを振り返り怪訝な表情でぼくを見つめる。
「え、あれって?」
「いや、なんか見せてたでしょ、店の人に」
「ああ」
リナはぼくに近づき、ぼくの耳元に囁くように言う。
「宇宙は広いのよ。そのなかには私たちを助けてくれるひとだっているのよ。敵ばっかりじゃないの」
それだけ言うとリナは足早に出口に向かう。
なるほど、さっき見せていたものがなにかの印なんだろう。
おそらく同じ目的を持ったひとたちがお互いを認識するために使うしるし。
我々を助けてくれる人、それはどんな人達なんだろう。
そんな思いを馳せていると、前方からなにやら因縁をつけるガラの悪い男の声が聞こえてくる。
「よぉ、ねえちゃん、もっと愛想よくしてくれよ」
「離しなさい」
「なんだよ、つめてぇなぁ~」
見るとリナが、ガラの悪い如何にも海賊風の数人の男たちに囲まれている。
確かにこの交易センターで普通にTシャツとタイトデニムのリナの姿は非常に目立つ。
きっと最前から目を付けられていたのだろう。
「なんだったら、おれたちが相手してやろうか?俺たちの船に来るか?いい思いさせてやるぜ」
「余計なお世話よ、どきなさい」
リナは毅然と突っぱねる。
気づくとまわりを野次馬たちが取り囲み始めている。
「おいおいおい、公衆の面前でおれさまに恥をかかせるつもり?なあ、べつにいいんだぜ、力ずくでも、痛い目みたくはねぇだろ?おとなしくついてこいって」
「だから、どきなさいって言ってるのが聞こえないの?チンピラ。汚い顔近づけないでよ」
周りを取り囲んでいた野次馬たちから「おおーっ」とどよめきが起こる。
チンピラ海賊は4人。リナにちょっかい出し続けているやつが一応リーダー格のようだ。
リーダー格は顔を青くして言葉を探しているようだ。
「おめぇ、おれたちが誰だか知ってんのか?ここらじゃ有名だぜ」
「知ったこっちゃないわよ、どこの猿山だろうと関係ない。怪我しないうちに猿山に帰りなさい」
リーダー格の顔が今度は赤くなる。まさに猿山のリーダーだ。
「おめぇ、命が惜しくはねえのか」
リーダー格が懐からバカでかい山刀のようなものを引き抜く。
「それ以上、生意気な口を聞いてみろ、女だろうが容赦はしねぇ。俺たちは無く子も黙る海賊だ。おまえの喉を掻っ切るくらいはなんとも思っちゃいねぇんだ」
「はいはい、こわいこわい、こわいから退散するわね」
リナがその場を立ち去ろうとする。
ぼくはというと、正直怖くて、立ちすくんでしまっていた。
すると立ち去ろうとするリナの後ろ姿に
「待て!」と山猿リーダーの声。
振り返るリナの面前で山刀を構える。
なんと部下たちもそれぞれナイフのようなものを抜いている。
女の子ひとりに全員で武器を抜いた彼らにぼくは呆れてしまった。
あんなのが海賊だとしたら相当そのレベルは低いな。
そんなだから連合に舐められて、いいように利用されてしまうんだ。
とはいえ、やはり武器を構えた男たちを目の当たりにすると膝がガクガクするほど恐ろしい。情けない奴らだと軽蔑していながらも、だからこそ何をするかわからない怖さも感じる。
リナはというと、全くなんとも思っていない風。
しかし、なんとなく、あの、シルバーホークの怪人・羊を倒した時のあのリナを思い出させる目つき。確かにリナは強い。なにしろ軍事用アンドロイドとしての機能も併せ持っている。
しかし、武器を持った複数の敵に丸腰の状態で対処できるのだろうか。
「謝っておれさまにご奉仕するなら今のうちだぞ、この場で舐めてくれるなら許してやってもいい」
「はぁ。殺されたって願い下げね。そんな小さくて汚い役立たずは一生大事にしまっておけ」
ああ、リナが切り替わり始めた。まずい。ここで暴れて変に目立ってしまうのはまずい。
それに、いくら強くてもリナが勝てるとは限らない。
どう転んでもよくない結果に。
どうすれば…
ちくしょう、こうなったら一か八かだ。
愛する女を守れなくてどうする。
たとえリナがぼくより強い女だったとしても、ぼくはここで彼女を守らなくては…
「お、おぃぃ」
まずい、裏返った変な声が出た。
猿山のリーダーがギラギラして目でこっちを振り向く。
怖い。怖すぎる。
「お、お前ら、女子ひとりにむかってみんなして刃物振り回して、情けないと思わないのか」
ギラリと山猿の目が光る。
「あ、いまなんつった?おれの幻聴だよな。おめぇ何者だコラ。切り刻むぞ」
それは勘弁だ。しかしもう引き下がれない。
リナは信じられないものを見てるような表情で口をあんぐりと開けている。
「コ・ロ・ス…」
山猿が刀を振り上げたその瞬間。
「よぉ、ユリのところのねぇちゃんじゃねぇか」
と、朗らかな声をあげて通りかかったのはなんとシルバーホーク号のアブラハム御一行様。
「アブラハムだ…」「まじか、ほんもの?」野次馬達がざわめく。
アブラハムはリナの肩をぽんと叩き、
「船長は元気かい?」と聞く。
「元気よ」とぶっきらぼうに答えるリナ。
「あんたに負けてから羊が自信喪失しちまってよ。頼むから再戦してやってくれねぇか」
リナは吐き捨てるように答える。
「ああ、いつでも、待ってるよ」
「そうかそうか、じゃぁいずれな、ユリのところのおねえちゃん」
アブラハムはそう言うと山猿の傍らを通り過ぎしな
「おめぇ、喧嘩売るのはいいが、相手を選べ。うちの羊はこのねえちゃんにボロ布みたいにされちまった。痛い目見る前に消えろ」
野次馬たちから声が漏れる。「あの羊を…」「ボロ布みたいに…」
アブラハム御一行様が人並みをかき分け通り過ぎていったあと、リナが出口に向けて歩きだすと、野次馬が真っ二つに割れて道が出来る。
ぼくもその後を追う。
なんと、山猿たちはその時にはもう消え失せていた。逃げ足の速さもまるで山猿のようだ。 気密ドアを通り抜け、小型着陸ポッドに乗り込もうとしているぼくにリナはひとこと
「カッコよかったよ」というと先にポッドに乗り込み、まっすぐ前を見つめ操縦桿を握った。
ぼくも慌ててシートに身を預け、そしてポッドはぼくたちの船に向かって発進した。
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