第22話・朽ち果てた星
我々の船はある惑星に着陸した。
どれくらいの大きさの惑星なのか、そしてこれが宇宙のどのへんに位置する惑星なのか、とにかくずっと船の中で掃除だけしていたぼくには見当もつかない。
ゆっくりと近づいてくる大地を窓から見つめながら、ぼくは不思議な安らぎを感じていた。ぼくが大地に降り立つのはこれがはじめてのことなのか、それとも当たり前のことだったのか、それすら憶えてはいないけど、少なくとも船を降りて大地に脚を踏み出すことは、ぼくの胸にワクワクするような期待感を芽生えさせていた。
やがて、軽い振動と共に唐突に船は静止した。軽いめまいを感じて頭を振る。窓の外はどこまでも続く大地。どこまでもひらべったくて平行な世界だ。
「着陸成功。各自船外活動スーツを着用してタラップへ集合」
船内スピーカーからユリ船長の声。
ぼくはワクワクしながらドックへ向かう。
ドックにはすでにルルと船長を除く全員が集合して、それぞれ船外活動服の着用を始めていた。二人一組でバディを組み、それぞれお互いの着用を手伝い、それぞれのチェックを行う。ママとドクター、サオリとザジ、リナはぼくを待っていた。
「早く来て、みんな待ってる」
リナがぼくを急かす。
慌ててリナのもとへ駆け寄る。
リナはぼくに船外活動服を着せてくれる。
「初めて着るのよね。慣れるまで動きづらいかも知れないから、それまではゆっくり動くように心がけて」
船外活動服は意外とペラペラな素材で出来ている。こんなので大丈夫なのかと不安になるほどだ。ゴテゴテの鎧みたいなのを着せられたところで、身動きすらとれないだろうから、理には叶っているのだろう。
最後にリナは視界のほとんどが透明になっているヘルメットを被せてくれる。自分が目で追える範囲はすべて見渡せるようになっている。
そしてリナがヘルメットのロックを留めた瞬間、微かな閉塞感に襲われる。
パニックになるほどではないが、息苦しさを感じた。
リナがぼくの最終チェックを終え、リナのチェックをドクターが終え、準備は整った。
ドクターがドック内の監視カメラに向かって親指を立てる。
ヘルメット内部のスピーカーからユリ船長の声。
「総員タラップへ」
いよいよ大地へ一歩を踏み出す時が来た。
その惑星はとにかく荒涼としていた。
一面アイボリーの砂のようなもので覆われ、ほとんど起伏のない大地。
樹木のようなものも無ければ、とにかく生物の気配すら感じられない。
砂漠の星。あるいは死の星。
タラップから一歩を踏み出した瞬間から、ふわふわした感覚がまとわりついた。
思い切り伸びをしたらそのままどこかへ飛んでいってしまいそうな感覚。
我々はそのままどこかに向かって歩き出す。
とにかくこのふわふわした感覚に戸惑い、ぼくはみんなからは遅れ気味だ。
リナはそんなぼくに辛抱強く付いてきてくれる。
誰もひとことも発さず、ひたすら黙々と歩き続ける。
すると視線の先に建造物のようなものが見えてくる。
あれが目的地なのだろう。
「だいじょうぶ?」
無線からリナの声。
「あ、だい、じょうぶ、すごく歩きづらいけど」
「無理はしないでね、目的地は見えてるから、多少遅れてもだいじょうぶ」
「わかった、ありがとう」
見えてはいるけど、なかなかそこにはたどり着けない。
ぼくは荒い息を吐きながら、みんなからは徐々に遅れ始めていた。
「輸送船が来たときのことだけど…」
ぼくの傍らを歩くリナがみんなには聞こえない回線を選び、語りかけてくる。
「いいんだ、わかってる、というかわかろうとしてる。君たちにはどうしてもたどり着かなくちゃいけないところがあるんだろ?そんな気がするんだ。何を犠牲にしてでも、勝ち取らなきゃいけない未来があるんだろ?」
「もちろん、あるわ。今はまだ逃げ続けて闘い続けなくちゃいけないけど、そんな日々を終わらせるために、私たちには行かなくちゃいけないところがある」
他のみんなの背中はどんどん遠くなる。
「ぼくは君たちといっしょにそこへ行きたい。君たちといっしょに逃げて、闘いたいんだ」
「なぜそこまでしなくちゃいけないの?あなたが。あなたは記憶を取り戻して、代わりに私たちのことは忘れて、自分の生き方を見つけなきゃいけないのよ」
歩くたびに感じるふわふわした違和感と歩けども歩けども前に進んだ気がしないもどかしさ。ぼくの息はどんどん荒くなる。
となりを歩くリナの顔を、バイザー越しに見たいのに体が言うことを聞かない。
しばらく無言で荒い息だけを吐き続ける。
白い水平な世界と黒い空。
その境目を見つめながら歩き続ける。
「きっと君が好きだからだ」
ぼくは喘ぎながらやっとその言葉を口にする。
リナの表情は伺い知れない。
リナはただ黙々とぼくについてくる。
「わたしは膨大なデータに基づいて、その都度最適な答えを検索して表出するプログラムでしかない。それぞれの感情に性格を現すバイアスはかけられているけど、基本的にわたしたちは同じものなの。それがわたしたち。あなたはそのプログラムに恋をしたというの?」
「それは人間だって同じじゃないかな。経験から得たいろんなデータや言葉を積み重ねて、その中で自分を形作っていく、人間とプログラムはどう違うんだろう?」
ぼくは大地と空の境目を見つめながら歩く。
気づくとあんなに遠く感じた建造物が眼前にそびえ立っていた。
それは完膚なきまでに破壊され尽くした基地のようなものだった。
「リナとあなたはそこで待っていて」
ドクターからの通信。
そしてドクター、ママ、ザジ、サオリはその建造物を丹念に調べ始める。
どう考えても自然に壊れたものではない。意図的に破壊されている。
強大な力で粉砕されたようだ。
やがて無線からサオリの声。
「見つけました。機能停止しています。修復は不能。コアは抜き去られています」
「こっちも見つけた。同じだ。ちくしょう、ゆるせねぇ、こんなこと…」
「ドクターより船長、発見よ。回収不可。コアも不在。徹底的にやられてるわ」
「了解。速やかに帰還しろ、なにひとつ持ち出すな」
4人がぼくとリナのところへ戻ってくる。こころなしか肩を落としているような気がする。
「何があったんですか?」
ぼくは堪えきれずにそう聞いた。
ドクターが答える。
「わたしたちと同じ、逃亡アンドロイドの隠れ家よ」
隠れ家…ということは…
「ここに隠れていたアンドロイドたちは…」
「みんな破壊されてた。粉々にな。あいつら、絶対に許さない」
ザジが震えながらそう言った。
誰もことばを発さず、黙々と帰路につく。
恐らく彼女たちと同じように逃亡を果たしたアンドロイドの集団と、彼女らはなんらかのカタチでコンタクトを取っていたのだろう。
もしかしたら、一緒に逃げ出して別の船に乗った仲間たちがいたのかもしれない。
しかし、いまは無残に破壊され尽くしていた。
恐らく、連合に。
船に着いたあとも、誰も一言も発さず、船長に報告に行ったドクター以外はそれぞれの船室に帰っていった。
ぼくも船室に帰り、ひとり天井を眺めながら、考える。
彼女たちがぼくを連れて行ったのはなぜだろう?
足手まといになることはわかっていたはずだし、破壊されたアンドロイドの隠れ家をぼくに見せることにどんな意味があったのだろう。
その惨状を思い出す。破壊された建造物。その中にバラバラにされたアンドロイドたちがいた。
彼女たちはぼくに何かを伝えようとしていたのかもしれない。
ぼくはやるせなさを感じている。
人間の強欲さと残酷さを感じている。
無慈悲だ。こころを持たないはずのアンドロイドよりもずっと。
自分達の都合で、自分たちが作り出し、いのちを与えたものを捻り潰す。
傲慢で無慈悲な人間たち。
やがて船は惑星を飛び立ち、再び宇宙を航行する。
傲慢で無慈悲な人間社会から逃れ、彼女たちはどこかへ向かおうとしている。
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