第21話・B.o.J

 ぼくにはひとつ大きな疑問があった。

 それはこの船の向かっている先、終着点はどこなのかということだ。

 地獄から逃亡し、ただあてもなく漂流しているのかとも思ったが、それとは違う何かをぼくは彼女たちから感じていた。

 あてもなく漂っているだけならば、それはまだ逃げ続けているということだ。

 しかし、彼女らを見ていると、そうではない何かを感じる。

 逃げているというよりも、何かに向かって突き進んでいるという印象を受けるのだ。

 それはことばの端々からも感じられたし、なにより彼女らが未来を託した何かの存在をぼくは強く感じているのだ。

 きっとそれを明かしてくれた時こそ、ぼくが彼女たちの一員になれる瞬間なのだろう。

 ぼくはいつものように、丁寧に船内を掃除しながら、その時のことを想い、ひとりでニヤニヤしていた。

「掃除しながらニヤニヤするの気持ち悪いよ」

 這いつくばってぞうきんがけをしているぼくの目の前にルルが立っていた。

「あ、やぁ、ルル、お散歩?」

 ぼくは照れ隠しに質問をする。

「うーん、そうともいう」

 ルルは腰に手をあて、ぼくを見下ろす。

「おにいちゃんはいつもきちんとお掃除できてえらい」

「あ、ああ、ありがとう」

 ルルはドシンとぼくの目の前に座り込む。

「あ、いまぞうきんがけしてるんだけど、そこ座られたら…」

「おにいちゃんはいつも違う匂いがするね」

 え、なんのことだ。

 ルルはまっすぐぼくを見つめながら言う。

「このあいだはザジの匂いがした。そのまえはサオリの匂いもした。それまではずっとリナの匂いがしてた」

 思い当たるフシがありすぎて、ぼくは困惑する。

 こんな少女でもこの嗅覚。

 女性は恐ろしい…

 そういえば、ルルはこの船に拾われたって言ってたっけ。

 つまりルルは他の船員たちとは違って、連合から命からがら逃亡してきたっていうわけではないのだろう。ルルはアンドロイドではないのかも。

「ねぇ、ルル」

「なんですか」

「ルルはこの船に拾われたって言ってたよね」

「うん、そう拾われたの。ザジが見つけてくれたの」

「それってどこで拾われたの?」

 ルルは考え込む。記憶を辿っているのか、それともお昼ご飯の献立を想像しているだけなのか。彼女の場合はそれもありうる。

「ふね」

 ルルはやっと思い出したのか、徐々にその時のことを話しはじめる。

「誰かにつかまって、どこかに連れていかれそうになって、そんで、ザジ達が襲ってきて…」

「襲ってきた???」

「そう、ザジとリナが銃を持って飛び込んできて、ザジがわたしを見つけたの」

 彼女たちが襲うのは連合の船だけだとリナは言っていた。

 つまりルルが乗っていたのは連合の船だったのか。 

「じゃぁルルが乗ってたのは連合の船だったんだね」

「うーん、わからないけど、そうかも、わたしB・O・Jだから」

「びーおーじぇー?」

「うん。BOJ」

「born on Jupiter。木星生まれってことよ」

 突然割り込んできた声、ドクターだ。

 いつからそこにいたのか、ドクターがぼくとルルを見下ろしていた。

「え、でも木星生まれのひとなんてたくさんいるんじゃ」

 ドクターはぼくとルルを見下ろしながら言う。

「そうね、でもBOJというのは特別な子供のことなのよ」

「特別?」

 ドクターはぼくとルルの前にドシンと腰を下ろす。

「木星生まれの子供たちのなかに、ごく稀に特殊な力をもって生まれるものがいた。どんな要因がそうさせるのかはわかっていないんだけど、様々な能力を持った子供がいたそうよ」

 ぼくはまじまじとルルを見る。

「ルルもそんなひとり…」

「そうね、私たちもルルがどんな能力を持っているのかは知らないの。ただ、連合の船に乗せられて、恐らくそういう子供ばかりを集めた研究施設に運ばれてる最中だったんだと思う。わたしたちが襲った船がたまたまそれだった」

 ザジはルルを見つけた時に、この少女が自分と同じ境遇だと咄嗟に思った。

 何をもってそう感じたのかは本人にしかわからないことなのだろう。

 とにかくザジはルルをこの船に連れ帰ったのだ。

「じゃぁ、連合がこの船を…」

「あー、ゴホン」

 ドクターの咳払いがぼくの言葉を遮る。

 そうか、ルルを拾ったばっかりにこの船が連合に追われる羽目になった、とルルが知ったらどう思うのか。全部じぶんのせいだと思いこむに違いないし、後ろめたさに苛まれてしまうだろう。

 連合がこの船を執拗に追うその目的がルルなのかは、実際のところ定かではない。

 このルルにどんな能力があるのかは誰にもわからないのだし、だから軽々に断定していいものでもない。

 しかし、ぼくはその可能性は高いと思った。

 連合が目の色を変えて追うくらいの、なにか途轍もない能力をルルが持っていたとしたら、全てに納得がいく。

 アンドロイドであるリナたちを取り戻して稼がせたいだけのアンドロイド協会は恐らくそのことを知らないのだろう。

 ルルはキョトンとしてぼくとドクターのやりとりを見つめている。

 born on Jupiter

 このルルにどんな力が備わっているのだろう。

 もしかしたらぼくの能力もそれと関係しているかもしれない。

 ぼくも木星で生まれた子供なのか?


 ドクターは立ち上がる。

「難しい話は終わり。これから惑星に着陸するわよ。準備して」

「え、着陸?なにか用事でもあるんですか?」

「いいえ、ただ、そこで調べておきたいことがあるのよ。あなたも降りてみたら?ずっと船の中に居たでしょ、大地を踏んでみるのもいいわよ」

「わたしも行く~」

「だめ。あなたはどこへ飛んでいってしまうかわからないでしょ?お留守番よ」

「えええええ」

 ルルは全身で不満を表現しようとする。

 こんな普通の女の子なのに、特別なチカラなんてほんとにあるんだろうか。

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