第18話・道具、交わり、わたしたち

 輸送船との間に渡されたドッキング通路の中を、船員たちが荷物を持って慌ただしく通り過ぎていく。

 輸送船となんらかの取引が行われ、食料品などの物資がこの船に運び込まれているのだ。

 ぼくがこの船に乗船していることを他の船に知られるのは色んな意味でまずいらしく、ぼくはひとり船室に身を隠しているように言われてはいたが…ガマン出来ずに抜け出してこっそりその様子を伺っていた。

 ここからではその全貌は見ることが出来ないが、輸送船は巨大で、まるでそびえ立つビルディングのようだ。

 その窓からは米粒みたいな人間の影が行き来しているのが見える。

 船の中に街がひとつまるごと収まり、数えきれない人々がそこで生活してる、そんな想像をしてしまうくらいに、そしてそれがあながちありえないことでもないような気がしてくるほどのスケール。

 その巨大な輸送船から物資を受け取り、ママやサオリたちがそれをせっせと船内に運び込んでいる。ルルですら自分の体よりも大きな荷物を抱えて通路を行き来していた。

 どうやら何度か取引をしたことのある輸送船らしく、双方の船員たちの手際も手慣れたものに見える。

 恐らく連合に属する輸送船なのだろうし、我々と取引をしていることがバレたらまずいことになるはずだ。それでもこうやって物資を運んでくれているってことは、彼らはぼくたちの味方なのかもしれない。

 植民惑星連合は巨大で、とても正攻法では立ち向かえない敵だけど、こうやって支援してくれる味方がいるってことは、もしかしたらぼくたちの船にも勝ち目はあるんじゃないかなって気がしてくる。

 なんだか少し勇気づけられたところで、とりあえずぼくは自分の船室に戻ろうと、歩き出した。

 すると、廊下の奥、ちょうど巨大な空気清浄機があるあたりから声がするのに気付いた。

 恐る恐る近づいてみる。

 もし輸送船の船員だった場合、見つかるとまずい。

 近づくにつれ、声ははっきりと聞こえるようになる。

 それは、男と女の喘ぎ。

 なぜこんなところで。

 だれが。

 すごく嫌な感じがしてすぐに踵を返したくなったが、同時に抑えがたい好奇心も湧き上がる。

 気付かれないようにぼくはゆっくりとその声のする方へと近づいていった。

 船内の暗い片隅。僅かな光。

 そして、ぼくは見た。

 暗がりの中でもつれ合うふたつの肉体。

 聞こえてくるのは、切なげな女の喘ぎと欲望に身を任せる男の吐息。

 船内の物陰でどこの誰とも知れない男とセックスしている女が苦しげに顔を上げる。

 リナだった。

 何を見たのか最初はわからなかった。

 両手を強く握りしめ、爪が手の平に食い込む。

 なんだこれは。

 何故なんだ。

 どういうことだ。

 何故、リナはこんなところで見ず知らずのやつとこんなことしてるんだ。

 次第にふたつの影の動きは激しさを増す。

 知らず知らずのうちにぼくは涙を流していた。

 堪えきれず振り返り、走り出そうとした瞬間、目の前にママが立っていた。

 腕を組み、いつもの優しい表情からは想像もできない厳しい顔をして。

 「あれが取引の内容だよ。奪うばかりが海賊じゃない。こうやって話がまとまることだってあるんだ」

 それは、いつものママの優しい口調ではなかった。

「わたしたちはね、道具なんだよ。おとこたちが欲望を満たすための、ただそれだけのために存在する道具なんだ。子供も産めない。寿命もわからない。ただの金儲けの道具なんだよ」

 それだけ言うとママは踵を返しドッキング通路の方へ去って行った。


 ぼくは船室へ帰り、ベッドに腰掛け、頭を抱えたままでまんじりともせず、ひたすら思い出していた。見知らぬ男と激しく交わるリナの姿を。

 物資を運び終わったあとも、しばらく輸送船はこの場を離れなかった。

 ぼくは怖くて船室を一歩も出られなかった。

 見たくないものを見てしまうのが怖かったのだ。

 ぼくにはわからなくなっていた。

 彼女たちは、ただの道具になりたくなくて逃げてきたはずだ。

 なのにいまは自分たちからその道具になろうとしている。

 何故だ。

 優しく微笑むリナ。ぼくの隣りに座ってぼくの手を取るリナ。

 あのリナはほんとうのリナじゃないのか。

 ぼくの船室で唇を重ねた時のリナと、船内の片隅で獣のように交わるリナが交互に脳裏に現れては消えていく。

 ぼくはいったい何を信じればいいんだ。

 やがて輸送船はドッキング通路を閉鎖し、我々の船から遠ざかっていく。

 小さくなっていく輸送船の姿をぼくはいつまでも眺め続けていた。

 あそこにいるのは味方なんかじゃなかった。

 あれも敵だったのだ。


 それからしばらくぼくは食堂にも顔を出さず、ひたすら船室にこもって反芻し続けていた。

 

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