第3章 ぼくが存在する理由

第17話・搾取するための

 植民惑星フロンティア時代。

 駆り出された労働者たちの慰みものとなったアンドロイド達。

 地球から駆り出された労働者たちはそこで得た給料のほとんどをセクサロイドに使い、その金はセクサロイドを統括する連合に戻ってくる。結果、金は植民地のなかだけで循環することになる。

 セクサロイドは搾取のための道具だ。

 次々と新型が導入され、様々なタイプのセクサロイドが送り込まれてくる。

 古くなったセクサロイドはメンテナンスされ、富裕層の移民たちに売り飛ばされる。

 実在の人物を似せたセクサロイドを作ることは法律で禁止されていたが、そんなことはおかまいなし、富裕層の客の中には、特定の女性とうりふたつのセクサロイドを特注するものもいた。

 セックスだけが目的のアンドロイド、当初は感情を持たないまさに道具として作られた彼女たちだったが、客たちはそれでは満足できなった。

 現実の女性と同じように苦しみ、悩み、傷つく。AI技術の進歩と進展しつつあった感情メカニズムの解明と転写技術を背景に、そんな感情を持ったセクサロイドがもてはやされるようになり、その需要は爆発的に伸びることになる。

 最盛期には、用済みセクサロイドに特注機能を付加して販売されることもあった。

 「そのひとりがわたし」

 リナはぼくの船室のベッドの傍らで、苦い過去について話してくれた。

 リナは木星の男たちに散々弄ばれた挙げ句、戦闘能力を付加され戦闘要員として連合に売りつけられ、兵士たちのセクサロイドとしても働かされ続けていた。

 男たちがセクサロイドであるリナをどれだけ酷く扱ったか、想像に難くない。

 男たちの欲望によって、感情を持たされ、弄ばれた彼女たち。

 感情を与えておきながら、モノとして扱う。

 その身勝手な残酷さに身の毛がよだつ。

 そして、そんな状況に耐えねばならなかったリナや他のアンドロイド達の苦しみは、ぼくなんかには想像できないほど辛いものだったに違いない。

 「ザジやサオリやほかのみんなも同じような境遇のアンドロイドだったの。わたしのように連合に飼われて、ひどい仕打ちを受けていた。だけど、ある日、ひとりのアンドロイドが私たちの頭に直接語りかけてきたの。そのひとは連合の要職についているある男のために働いていたんだけど、仲間を募ってここを脱出することを考えついて、そして実行した」

 それがユリ・アタスタシア船長だった。

 ユリは連合の要職にある男の権限をこっそり使って、あらゆる障害を未然に取り除き、とある商船を盗み出し、何人かのアンドロイドを連れて脱出することに成功した。

 それがユリ、リナ、ドクター、ママ、サオリ、ザジの海賊としての出発点。

「連合にとっては何体かのアンドロイドが逃げ出したっていうだけの話だし、ユリ船長を所有していた連合の男もそれが不祥事に繋がるのを恐れて、ことを大っぴらにはしなかったみたいね。しばらくは特に追われている様子もなかったし、私たちは完全に逃げおおせたと思っていたの」

 しかし、状況は変わった。

 連合は海賊殲滅に本腰を入れ始め、定かではないがこの船の何かを狙って追いすがってきている。

 一方で連合の傘下である星間アンドロイド協会はセクサロイドである彼女たちを取り戻すべくハンターを雇った。

 盗まれたこの商船のオーナーも、彼女らを破壊してでもこの船を取り戻そうとしているらしい。


 次々と追手が現れる理由はわかった。

 船長がぼくを疑っているのにも合点がいく。

 そして彼女らが絶対に連合とは手を組もうとはしない理由も。


「わたしたちの航海にはこれからも危険がつきまとうはずよ。あなたはどうする?」

 ベッドから上体を起こし、リナの話を聞いていたぼくの目をリナはまっすぐに見つめている。

「だからといってぼくが行くところなんてないし、ぼくはここで生きていくって決めた。ぼくも一緒に闘うよ」

 リナは悲しそうな顔をする。

「あなたには何も関係がないのよ。これは私たちの戦いなの。それでも付いてくるの?」

 ぼくはリナの目をまっすぐに見返しながら頷いた。

 たとえばどこかの交易ステーションか中継コロニーで降ろしてもらえば、ぼくはまた今とは違う生き方を選ぶことができるかもしれない。

 だけど、いまのぼくはそんなことを望んではいない。

「ぼくを助けてくれたのは君たちだ。だからこれはぼくの戦いでもある」

「わかった。ひとつだけ約束して。あなたの記憶が戻ったらちゃんと教えて」

 ぼくは力強く頷く。

 リナは小さく微笑むとぼくの手を取った。

 そして少し言いづらそうに「疑ってごめんね」と呟いた。

 連合の船が現れた時にぼくをリナが監視していた時のことだろう。

 「いいんだよ、わかってる」

 ぼくが疑われていたことなんて、いまとなっては全然たいしたことじゃない。

 むしろ当然だろうなと思う。今だって完全に疑いが晴れたというわけではないだろう。

 ぼくは少しずつ、疑いを晴らしながら、信頼を勝ち得ていかなくてはならないのだ。

 ぼくの手に重ねられたリナの手は暖かかった。

 リナはアンドロイドだ。

 それでもぼくにとっては大切なひとなのだ。

 ぼくはリナの手を握りしめる。

 リナも握り返してくる。

 そして知らず知らずのうちにぼくたちは唇を重ねていた。

 ぼくはリナを守る。

 リナのために出来ることはなんだってする。

 どんな危険や困難が待ち受けていたとしても。

 ぼくはリナを愛しているのだ。

 たとえ彼女がアンドロイドだったとしても。

 突然、部屋の照明が青に変わる。

 緊急事態ではなさそうだが、ぼくたちは慌てて体を離して窓を見た。

 巨大な船が近づいてきていた。

 「輸送船ね」リナが呟く。

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