第16話・ぼくの戦い

「くそっ」

 ぼくは悪態をついて銃座の天井を見上げる。

 これでは手が出せない。シールド目がけて撃ったところで、相手に感づかれるだけで、かえって状況を悪くしてしまう。

 なにか、手はないのか。ぼくにはやはり無理なのか。もうこの船を捨てなければいけないのか。

 恐らく船長は時間稼ぎをしてくれているのだろう。

 しかし、それもそんなに長くは続かない。

 考えるんだ。敵を無力化する方法。

 レーダーに映る敵機の姿を確認したその時。

 ぼくの頭に走る鋭い痛み。

 視界が歪むほどの強烈な痛みとともに、突然ある記憶が蘇る。

 

 オレンジの壁の部屋。

 ベッドの上に上体を起こしているぼく。

 かたわらには白衣を着たやさしそうな女性。

「起きたのね、よく眠れた?」

 その女性はぼくのカラダに貼り付けられたいくつものセンサーのようなものを外しながら聞いた。

 まわりはとても静かで、部屋は暖かくて、ぼくは満ち足りた気分でその言葉を聞いていた。

 白衣の女性はぼくの脚にやさしく手を置いて囁くようにこう言った。

「今日はあなたにひとつやってもらいたいことがあるの、簡単なことよ」

 女性は部屋の隅からワゴンを引っ張ってくるとぼくのベッドの傍に置いた。

 ワゴンの上には用途のよくわからない機械が無造作に置かれている。

「あなたには特別な力があるの。生まれつきあなたが持っている力。それをわたしにも見せてほしいの」

 女性はワゴンの上の機械の何かに触れる。すると機械は大きな音を立てて複雑にねじれ始める。ルービックキューブのように。

「この動きを止めてみせて。機械には触れずに」

 ぼくはやり方がわからないと、女性に抗議しようとした。

「あなたは何もしなくていいの、あなたは望むだけでいい、そうしたらあなたのなかにあるものが、全部やってくれるわ」

 ぼくは望んだ。そしてこの複雑な機械が動きを止めるところを思い描いた。

 すると機械は唐突にその動きを止める。

 女性が再度機械のスイッチを入れても、それは動き出さなかった。

 女性はぼくの頭を撫でる。

 ぼくはその手の感触を暖かく感じた。

 「これがあなたのチカラ。その時がきたらあなたは思い出すはずよ。あなたにどんなチカラが備わっているのかを」

 そして女性の両手がぼくの頭を包み込む。

 やさしく暖かい感触。その顔もぼんやりとして定かではない女性の姿が徐々に視界の中で溶けていく。


 闇。


 気づくとぼくは銃座の中でレーダーを睨みつけていた。

 記憶は一瞬にしてぼくの中に蘇り、ぼくの為すべきことを教えてくれた。

 理由も理屈もなにもわからない。

 とにかくぼくは思い出したのだ。

 自分に出来ること、自分のやるべきことを。

 ぼくはレーダーを見つめ、シールドが消えるように、願った。

 次の瞬間、敵艦のシールドは消え去っていた。

 それどころか、敵艦の機能は完全に停止していた。

 もうヤツには乗組員たちの脳波も捕捉できないはずだ。

 派手な空中戦も銃撃もなく、ただ静かに敵の船は沈黙した。

 そのままトリガーを絞り、完膚なきまでに敵船を破壊し尽くす事もできる。

 ハンターもろとも。

 たとえそうしたところで、また別のハンターがやってくるだけのこと。

 生命維持に最低限必要な機能だけは残してある。

 彼はこのまま宇宙を漂い、運が良ければだれかに拾われるだろう。

 腕が良ければ自分で船を修理できるかもしれない。

 しかし、その頃にはぼくたちは遠い遥か彼方へ、逃げ去ってしまっているだろう。

 ぼくは念の為、トリガーを絞り、敵の船に設置されている砲塔を銃撃した。

 パルスのようなものが銃座下から発せられ、敵船の砲塔は砕け散る。


 銃座に深く座り、大きく息をする。


 甦った記憶。オレンジの壁の部屋。

 いつか夢で見たのと同じ風景。

 そしてやさしい女性。

 ぼくの過去。

 そしてぼくのチカラ。

 ぼくは何者なんだろう。

 なぜそんなチカラを身につけて生まれたのだろう。

 あのひとはだれだろう。

 ぼくはなにを為すために生まれてきたのだろう。

 そんな疑問への答えはなにひとつ見つからないまま。

 結局ぼくはこれまでと同じように、失った記憶を追い求めながら、いまを生きていくしかないのだろう。

 この船と海賊たちと共に。


 ぼくは銃座の通信機のボタンを押す。

「敵機を攻撃しました。敵機は沈黙しています。いまのうちに遠くへ」

 船内を染める緊急灯の赤い光を見つめながら

 ぼくは目を閉じる。

 やがてそれは通常の照明に切り替わるだろう。


 そのままぼくは、深い眠りに落ちていった。


 第3章へつづく

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