第15話・ハンター

 ブリッジに辿り着くと、前回シルバーホークに襲われたときと同じように、乗組員たちがそれぞれの配置について、コンソールと格闘していた。

 ぼくは前回と同じ、一番はじの椅子に座りその様子を眺める。

「リナ、障壁は?」

「はい、展開済みです。強度は最高設定。全方位です」

 リナはコンソールキーボードをものすごい速さで叩きながら答える。

「ドクター、ほんとうに連合の船ではないのね」

「そうね、少なくとも連合の船として登録されているものには無い型ね」

 船長は少し考えてサオリに指示を出す。

「サオリ、船体認識コード読み取り」

「できません、隠蔽されているか、最初から設定されていないかのどちらかです」

 おどろくことにサオリはすでにいつものスエットに着替えを済ませていた。 

「では現段階では何に属する船なのか、判断できないということね」

 船長はブリッジ前方の楕円形の大きな窓を見つめながらつぶやく。

「障壁がきちんと働いていれば、おいそれと攻撃はしてこれないはず、ここは根比べか…」

 ブリッジの窓からは、前方にきっちりと相対するかたちでとどまる小さな宇宙船が見える。

 無闇に攻撃をしかけてこれるほど強力な武装をしているわけでもなさそうだが、その正体がわからないのが不気味だ。

 ドクターが重い沈黙を破る。

「こちらからしかけてみる?」

 船長は苦い顔をしてそれを否定する。

「いや、待ちましょう、相手が何を目的としているのか、判断できないうちは、こちらから通信を開くのは得策ではない。リナ、通信の回線は開けておけ」

 再び重い沈黙がブリッジを支配する。

「通信来ました。」リナが叫ぶ。

「つなげ」

 耳障りなノイズのあとで、スピーカーから男の声が流れ出す。

「わたしは星間セクサロイド協会より、お前たちの捕縛を委託された民間業者である。おとなしく投降すれば危害は加えない」

 セクサロイド?どういうことなんだろう。その言葉の意味はぼくも知っている。男たちの欲望を満たすために作られたセックスアンドロイドのことだ。

 船長の顔がいままでに見たことがないほど強張り、青ざめ始めた。

 ブリッジの誰も声を発せない。

「少しだけ時間をやる。まずはわたしにすべてを委ねることを宣言しろ。そのうえでその船、及び乗組員の武装を解除し、速やかに投降しろ。そのあとは私に任せておくんだ。ふるさとまで連れ帰ってやる」

 ブリッジの誰もが奥歯を噛み締め、歯ぎしりが聞こえそうなほどの苦渋の表情を浮かべている。あの船長でさえも。

 ぼくの傍に座って俯いていたザジが顔を上げ、奥歯を噛み締めながら低い声で囁く。

「ぶっ殺してやる…」

 星間セクサロイド協会とは何者だ。そしてふるさととはどういうことだ。

「こちらではお前たちの脳波はすべて捕捉している。言われなくてもわかっているとは思うが、この距離であれば我々はお前たちの活動を即時停止できるのだ。逃げる素振りを見せようものなら、お前ら全員の脳を停止させるぞ」


 ぼくはやっと気付いた、彼女らは逃亡アンドロイドなのだ。男たちの欲望を満たすために精巧に作り上げられたセクサロイド。


「お前たちが盗んだその船の持ち主は相当怒っておられるようだぞ。捕縛ではなく殲滅を望んでいるそうだ。だが、協会からは無傷でと頼まれている。まだお前たちには稼いでもらいたいらしいな」


 ぼくには過去がない。

 しかし、この船に乗るみんなも忌まわしい過去を捨てて生きている。

 彼女たちの過去は、たしかに忘れてしまうべき過去だったのだ。

 たとえアンドロイドであっても、ぼくと同じじゃないか。

 ぼくだけが特別じゃないんだ。

 ぼくは気付いた。

 ぼくが彼女たちのためにできること。

 それは闘うことなんだ。


「もしお前たちを完膚なきまでに破壊し尽くしてしまったとしても、協会からは金はもらえないだろうが、その船の船主からはボーナスがもらえるだろう。まぁ目減りはするだろうがな。とにかくわたしは金が必要なんだよ」


 ぼくは船長に向かって歩いていく。

 ザジがそれを目で追う。

 リナも、ママも、ドクターも、サオリも、みんなの視線がぼくに集まる。

 船長は青白く強張った顔をぼくに向ける。

 「船長、ぼくに銃座に行かせてください。やつはぼくの存在を知りません。やつはぼくの脳波はモニター出来ないはずです。やるならぼくしかいません」

 船長は呆れたように言い返す。

 「何を言ってるの、あなたに何ができるの、大人しく座っていなさい、私たちがなんとかする」

 船長はそう言って窓の外を見る。

 ぼくはリナを見る。

 やはりリナも強張った顔をしていたが、立ち上がりぼくの元へやって来る。

「ほんとうにいいの?もし戦ったりしたら、私たちだけでなくあなたも殺されることになるかもしれない。もし何もせず、静観していれば、あなたは殺されずに済むかもしれない」

「わかってる、けど、ぼくも戦いたい。ぼくもこの船の乗組員なんだ」

「行かせたらいい」

 ザジが囁く。

「出来るものならあいつを木っ端微塵にしてしてこい、跡形も残さず粉々にしろ」

 ママがザジを諭すように言う。

「だめ、あなたがそんなことする必要ないのよ、あなたは見ていればいいの。あなたにそんな危険を犯す筋合いはないのよ」

「ならもう終わりだな。おれたちは地獄に逆戻りだ。おれは言いなりにはならない。男なんか全員引き裂いてやる」

 リナが口を開く。

「ザジ、やめて、いまここで激昂したところで、ヤツに悟られて行動停止にされるだけよ。それにどんなに抵抗したところで思考ユニットを書き換えられたらそれまでなのよ」


その時、船長が通信機のマイクを手にする。

「わかったわ、従います。武装解除します。そのまえにあなたのバウンティー・ハンター資格を確認させてちょうだい。あなたが偽物のハンターで協会との契約がうそである可能性もある」

 通信機の向こうの声はしばらく沈黙した。おそらく怒りに打ち震えているのだろう。いますぐ全員の機能を停止してやろうかと逡巡してるのかもしれない。急がなくては。

 ぼくはリナを見つめる。

「銃座の位置を」

 リナはため息をついた。

「銃座に付いたとしても敵機にシールドが張られているかもしれないし、そうしたら私たちには手も足もだせないのよ」

「わかってるよ、だけどやってみる価値はある。相手は完全にこっちを捕捉したと油断しているかもしれない。いちかばちかだ。リナ、もう戻りたくはないんだろう?」


 ぼくは早足で銃座へ向かう。

 相手がどんなテクノロジーを使って彼女らを捕捉しているのかわからないが、おそらくぼくの存在は確認していないはず、それに賭けるしか無い。

 彼女たちも戦っているんだ。そうやって生きてきたんだ。

 過去を捨て新しくゼロから生きるための戦い。

 記憶を失ったぼくとなにひとつ変わらない。

 ならばぼくだって、戦える。

 ぼくは銃座につくと静かにトリガーを握る。

 レーダーのスイッチを入れる。

 敵機の姿を確認。

 しかし、耳障りなエラー音とともに、レーダーに”Can not penetrate”の文字。

 シールドだ。

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