第13話・理由

「あなたのこの船での立場的なものだけど」

 巨大なワークチェアに座りぼくと相対したユリ船長が言う。

「当然のことながらお客さんとしては扱わない、かといって乗組員のひとりとしても扱えない」

 ユリ船長の船室、つまり船長室は少しだけ広いくらいで、ぼくの船室と大した違いはない。もっと華麗な調度品やアンティークのインテリアとかに囲まれて、重厚なフカフカな椅子に座って脚を組んで睥睨する、そんなイメージは脆くも崩れ去った。

 あるのは質実剛健、簡素な実用重視のデスクとチェア。そして大きなチェストに耐火金庫ぐらいのもの。海図とかコンパスみたいな必需品すら見当たらない。

「あえていえば船員見習いという立場でわたしたちは捉えてるわ。あなたに掃除しかさせていないのはそういう理由よ」

 当然といえば当然のことなんだけど、見習いかぁ。でもいつかは一人前の乗組員に昇格できるかもしれないってことなんだろうし、ぼくは黙って頷くことしかできない。

 そして船長は熟考するようにしばらくぼくの顔を見つめたあと、唐突に切り出した。

「連合の偵察船と遭遇したのは知ってるわね」

 そう、ついさっきのことだ、ぼくは船室で隔離されていたから詳しいことはなにもわからないけど、連合の船に見つかったってことは、やばいんじゃないだろうか。

「あなたが連合のスパイで、彼らをこの船に導いているという考え方もできる」

 ちょ、ちょっと待ってくれ。よりによってこのぼくが

「あくまでも仮定の話ではあるけれど、あえて記憶を消してビーコンを埋め込んだ人間を送り込んで来てもおかしくはない、わたしたちがそれを拾って助けるってことまで考えてね」

 「でもその作戦にはかなり無理が…」

 そう、そんな人間を宇宙に放り出したとして、ユリの船がそれを運良く拾う確率なんて、とんでもなくまさに天文学的に低いはず。

「たしかにありえない作戦ではあるけれど、わたしとしては確実を期していたい。そういうわけで、あなたを船室に閉じ込めて、怪しい動きがないかをリナに見張らせていたの」

 あれからずっと膨らみに膨らんでいたぼくのハートが、栓の抜けた風船みたいに急速に音をたててしぼんてゆく。

 そういうことか。

「なにひとつ怪しいところはなかったとリナからは報告を受けているし、あなたの周囲から連合の船に向けて何らかの通信が行われた形跡もなかった。つまりこの件に関してはあなたはなにも関与していないということね」

 ぼくへの疑いが晴れたのはうれしいことだけれど、勝手に盛り上がって萌えていたぼくはなんて間抜けなんだろう。

 うつむいたまま立ち上がろうとしたぼくに船長が言う。

「それとひとつ、言っておきたいことがあるのだけど」

 ぼくはうつむいたまま答える。

「はい、なんでしょうか」

「乗組員たちにはそれぞれ忘れたい過去がある。うすうす感づいているかもしれないけど、それをあえて詮索はしないでほしい。みんな過去を捨て、生まれ直してこの船に乗り込んだ。そのことだけ知っていれば十分よ」

 たしかになんとなくそんな気はしていた。彼女たちは、海賊に憧れて海賊になりたくて宇宙に飛び出したわけじゃないってこと。それはなんとなくわかっていた。

 生まれ直して違う世界に飛び出さなければならなかった、それほどまでに辛い過去があるのならそんなもの忘れてしまうに越したことはない。

「わかりました」

 ぼくは答えて船長室をあとにしようとする。

 が、しかしひとつ気になることがあった。

「どうして連合はこの船をこんなに執拗に追うんですか?海賊殲滅プログラムのことも聞きましたが、それだけでは無い気がします」

 振り返り質問をしたぼくをじっと見据える船長。

 やがて

「さぁ、それはわたしにも分かりかねるわね。何かこの船に欲しいものでも乗ってるんじゃないかしら」


 以前は連合の連絡船や商船を襲い、物資を調達していたこの船だが、やつらが躍起になって海賊を殲滅しようと動き始めてからはそれもできなくなっているという。それまでとは段違いの戦力を投入され、追い詰められ殲滅された海賊たちがたくさんいるらしいのだ。

 ということは以前襲撃した連合の船から何かを持ち出してしまったばっかりに、執拗に連合に追われる羽目になってしまったということか。


「まぁそんなことはどうでもいいことよ、わたしたちは生き抜く。誰にもその邪魔はさせない。それだけのこと」


 船長は目で、出て行け、と言っている。

 ぼくは船長室をあとにする。

 船室へ帰る道すがら、リナとすれ違った。

 なんだか、気まずくて顔をそらしてしまった。

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