第12話・遭遇
緊急事態だ。
とはいえどうしたらいいのかわからずおろおろしているぼくの前をザジが小走りで通り過ぎる。
「邪魔だ」
ザジは剣のある声でぼくを威嚇しつつブリッジのある方角へ去って行くのかと思いきや、くるりとUターンしてぼくのもとへ。
そして懐から銃を取り出し、ぼくに差し出す。
「持っていろ」
それだけ言ってぼくに銃を押し付け走り去るザジ。
ぼくの手には銃が握られていた。
初めて触る感触。
金属の冷たい感触。
ここから弾丸が飛び出すのか、それとも光線なのか、それすらわからない。
頼もしく心地よいものなのだろうとばかり思っていたその感触は、冷たくて、固くて、ただ恐ろしかった。
ザジはなぜぼくに銃を。ひょっとして優しさ?いやいやそんなわけはない。
「ちょっと!探したわよ」
リナが息を弾ませて、ぼくの目の前に立っていた。
なんとなく気恥ずかしくて銃を背後に隠す。
「あ、ごめん、ここで考え事をしてたんだ…」
リナは膝に手をついて少し喘ぐ。
ぼくを探してくれてたんだな…って思ってなんだか少しうれしくなったけども、顔を上げたリナの緊迫した表情を見てそんな気分はかき消えてしまった。
「連合の船よ」
リナはそう言うとぼくの手をひいて歩き出す。
「まだ何も反応はないみたいなんだけど、こっちを伺うようにずっと尾けてきてるようなの」
「え、それって攻撃してくるとか?」
「わからない、でも武装している気配はないらしくて、ただの偵察機じゃないかって」
そしてぼくの船室の前まで来るとリナは立ち止まり、
「あなたは船室で待機よ」
と言うとドアを開けてぼくを引き入れる。
仕方なくベッドにすわるぼくをリナが見つめている。
船室内もいつもの照明は消え、赤い非常灯が灯っている。
緊張した面持ちのリナ。
そのまま出ていくのかと思いきや、リナは微動だにしない。
「え、リナは…」
「わたしもあなたと一緒にここで待機よ」
それはうれしいような気もするけど…過保護すぎないか?
リナも貴重な戦力のひとりなんだし、それにぼくにはザジから手渡された銃もある。
するとぼくが持っていた銃にリナが気付いた。
「なんでそんなものあなたが持ってるの?わたしが預かる」
といってリナはあっという間にぼくから銃をうばいとり懐にしまいこむ。
「あ、あの、それはザジから…」
「わかってるわよ、あいつ、おせっかいにもほどがあるんだから、大体あなたに銃を渡したところで、あなたにそれが使いこなせるわけがないでしょ」
おっしゃるとおりでございます。
リナはそのまま黙り込んでしまう。
非常灯の真っ赤な光のなか、いくばくかの時間が過ぎていった。
緊迫した状況ではあるけども、自分の船室にリナとふたりきりっていうのは初めてのことだし、恐ろしいことが起きても不思議ではないこの状況下で、ただでさえ激しい鼓動が、さらに激しさを増していく。
「とにかく立ったままでもあれだから、こっちに座ったら?」
ぼくは思い切ってそう言ってみた。
リナは少しだけ考えたあと、
「わかったわ」と言ってぼくのとなりに腰を掛けた。
「植民惑星連合…だっけ?なんでやつらはぼくらの船を追いかけるんだろう?」
「詳しくはわたしもしらないけど、海賊殲滅プログラムの一部だって聞いたことはある」
なるほど、宇宙の平和を守るため、海賊を殲滅するのが我々の使命です的なやつなんだろう、だとしたらアブラハム船長のシルバーホークと取引をしたり、他の海賊たちを手なづけようとしているのはどういうことなんだろう。
「連合のコントロール下で持ちつ持たれつみたいなカタチで生き残るみちを選ぶものもいるけど、私たちみたいに、絶対に尻尾をふらない海賊もいるだろうから、きっとそういう連中を一掃したいってことなんじゃないかな」
リナはぼくの船室を興味深そうに眺めながら言った。
なるほど、海賊とはいえ、組織の延命のためにはどんな連中とでも手を組まざるを得ないってことなのかもしれない。
しかし、ユリ船長のこの船も、連合とうまく付き合っていくみちを選びさえすれば、なんの心配もなく航海を続けられるし、そうしてやつらに一泡吹かせる時期を待つのも賢い選択なんじゃないかなとぼくは思ってしまう。
なにが彼女たちをそこまで駆り立てるのだろう。
常に命の危険に怯えながらも、絶対に妥協できないその理由って一体どこにあるのだろう。
それが海賊ってやつなんだろうか。
ふと気づくとリナはぼくのとなりで、ぼくの顔を真剣に見つめていた。
まっすぐな眼差しで、ぼくの顔のすぐそばで。
瞳がキラキラ光っていた。
「何を考えてたの?」
「え、ああ、いや、なんでこの船は楽な選択をしなかったんだろうなって」
リナは誇らしげな表情を浮かべる。
そして絶対的な真理を語るもののように、自信に満ちた声でこう言った。
「そんなの決まってるじゃない、わたしたちは海賊だからよ」
その時、部屋の灯りが非常灯から通常のものに切り替わる。
ぼくのすぐ傍でほっとしたようにため息をつくリナ。
そしてぼくの目を見つめる。
魔法にかかったようにその瞳から目が離せなくなる。
近くでみても、いや近いとなおさらのこと、リナの美しさにぼくのこころは掻きむしられる。
と同時に、静かな波の音を聞いている時のように、ゆっくりとぼくのこころは癒やされていく。
そのまま自然とぼくはリナに近づいていき、それがごく当たり前であるかのように、それこそが本来の筋道なんだといわんばかりに、ゆっくりと唇を近づけていく。
突然、ドアが開いてルルが飛び込んできた。
「ケイカイカイジョ~、リナ~、船長が呼んでるよ~」
リナと顔を見合わせたまま、凍りついたぼくにルルが微笑みかける。
「お兄ちゃんもあとで船長室まで来いって~」
リナはあわてて立ち上がり、船室を出ていった。
「ねぇねぇ、なにしてたの?リナとなにしてたの?」
ぼくは呆けたように口を開いたままルルを見つめていた。
どうやら一難去ったようだけど、ぼくの胸の鼓動は高鳴り続けていた。
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