第11話・ぼくの為すべきこと

 健康上、船内生活には特定のサイクルが必要不可欠、というドクターの方針で乗組員は5日間働き、2日間休むことになっている。いにしえの昔からそのサイクルはあらゆる社会に連綿と受け継がれてきているものらしく、ドクターはそのサイクルの信奉者なのだ。もちろん、それぞれの専門分野において急いで対処しなくてはならない問題があったり、日常的なチェックが必要だったりする場合はその限りではないが、基本的にはドクターが作ったシフト通りに、休日はしっかり休むことが奨励されている。

 居候であるぼくにおいてもそれは例外ではないようで、ドクターから渡されたシフト表にはぼくの予定もしっかり書き込まれていた。

 というわけで、今日は朝からベッドに仰向けに横たわり、ぼくはその休日をもてあましていた。

 ぼくがやる仕事と言ったら、1に清掃、2に清掃。それを休んでしまったら、本格的にやることがなくなってしまうのだ。

 結局グダグダとわけのわからない妄想を繰り返すか、答えの出ない逡巡を繰り返すか、船内をふらふらと徘徊することになる。

 ちなみに船長は、ドクターのこの考えに諸手を挙げて賛成とはいかないようで、ドクターからは、グダグタふらふらするのは構わないが、船長に見つからないようにしろと注意されていた。

 確かに、あの鋼鉄の心を持っていそうな、四角四面の船長にそんなところを見られたら、ただではすまないような気がする。

 船長、ユリ・アナスタシアは謎の多い人物だ。

 食堂にも姿を現さず、船内で顔を合わせることも殆ど、というか全くない。

 緊急事態が起きた時ぐらいしか、ぼくが船長と顔を合わせたことはないのだ。

 船長が日頃どこで何をしてるのか、ぼくにはまったく見当もつかないのだけど、なぜか乗組員たちからは尊敬されているというか慕われているというか、恐れられているというか、とにかく彼女らの心の拠り所となっているようで、その存在感はさすが船長、と思わせれられるものがある。

 背が高く、堂々としていて、強靭な肉体と心を持ち合わせた鉄の女。

 おまけに大人の恋愛を描いたフランス映画に出てくる女優さんみたいな並外れた美しさも兼ね備えている。

 あえて苦言を呈するなら、足りないのはユーモアくらいなものだ。

 そんな船長が何故、女性ばかりの海賊船を指揮することになったのか。

 そもそも何故、彼女たちは海賊になったのか。

 もしかしたら、好き好んで選んだ道ではないのかもしれない。

 やはりそこには止むに止まれぬ事情というか、深い理由があるに違いない。

 とぼくは推測している。


 しかし暇だ…

 

 これからぼくはどうなるんだろう。

 これからずっとこの船に乗り、居候として航海を続けるのだろうか。

 もし、記憶を取り戻すことが出来なかったら、ぼくはこのままこの船に居続けてもいいのだろうか。

 なんとなくそれも悪くないなと、思い始めているのも事実。

 たとえ記憶がもどらなかったとしても、こんなにキレイな女性たちと共に、ずっといっしょに冒険しながら生きていくのも悪くないなとも思う。

 だけど、ほんとうにそれでいいのだろうか。

 そんな人生にどれだけの意味があるのだろう。

 記憶を失い、カプセルに入れられ、宇宙を漂っていたぼくには、何か「為すべきこと」があったのではないか。

 最近、そんなことも思うのだ。

 だって、記憶を失って宇宙を漂っていたなんて、普通ではない。

 あるいは、何か大きな出来事に巻きこれて、とても大事な何かをどこかに置いてきてしまったのではないか。

 それを取り戻すべく、奮闘しなくてはいけないのではないか。

 考えだしたらキリがないけど…

 ぼくが存在するほんとうの意味は、きっとぼくの記憶の中にある。

 このまま旅を続けたい気持ちと、閉ざされたほんとうの意味を知りたい気持ち。

 どっちつかず、中途半端、優柔不断、それがいまのぼく。


「掃除だけで満足か?」


 ザジの言葉が忘れられない。


 ぼくに何が出来るのだろう。


 窓から見える宇宙は、どこまで行っても同じ風景だ。

 窓に見立てたスクリーンに、短い動画をループしてても誰も気が付かないんじゃないかと思うほど。

 そんなふうにずっと変わらず同じことを同じように繰り返す、それがいいことなのか、悪いことなのか、いまのぼくはまったくわからないのだ。


 そんなことを考えながらぼーっと宇宙を眺めていたその時。

 船内の照明が一斉に真っ赤な非常灯に切り替わった。

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