第7話・襲撃
いつものように食堂のラウンジでリナとどうでもいい話に花を咲かせている時だった。
食堂には珍しく我々以外はだれもいない。
徐々にリナもぼくに気を許すようになってきたのか、笑顔が増えたし、軽く愚痴をこぼすようにもなっていた。
システムのアップデートについて無理難題を命じる船長に対する他愛もない愚痴を聞きながら、リナと二人きりの時間を堪能していたまさにその時だ。
突然、食堂の明かりが消え、真っ赤な非常灯に切り替わった。
食堂がふたりきりの空間から不穏な空気に満ちた空間に早変わり。
リナを見るとその顔は強張っていた。
「来たわね」
「え、来たって何が?」
リナは立ち上がりぼくを見下ろしながらさっきまでとは打って変わった真剣な表情で言った。
「敵襲よ」
真っ赤な非常灯に照らされたリナの顔はいつもみるそれとは全く違っていた。
リナに連れられ、やはり非常灯で真っ赤に染まった船内を急ぎ足でブリッジへ向かう。
ぼくは立ち入りを制限されているが、非常事態ということもあり、リナはぼくをブリッジに連れていくことにしたようだ。
ブリッジにはすでにルル以外の全乗組員が揃っていた。
多分、ルルは安全な一室に閉じ込められているんだろう。
ブリッジは食堂より若干広い程度の楕円状の空間。
前方には巨大な楕円形の窓があり、その前に船長が仁王立ちになっている。
「リナ、遅い、すぐ解析を」船長が窓の外を見たまま命令する。
リナはあわてて壁面に備え付けられたレーダーらしき機器の前に座りヘッドセットを付けた。
壁面にレーダーや様々な機器が立ち並び、ママやサオリやドクターがその前に設置されたレーシングシートのような椅子に座ってなにやら操作している。
「あなたはそこに座って」
ドクターが隅の椅子を指差す。
ぼくはあわててその椅子に座る。
「リナ、反応は?」
ヘッドセットに手をあてて首をかしげていたリナが応える。
「遮蔽されています」
「くそ、アップデートされてるわね」
ドクターが機器を睨みつけながら言う。
「間違いなくあいつなの?」
船長は振り返り腰に手をあてたまま言い放つ。
「間違いない、ヤツよ。サオリ、こちらの障壁を展開しなさい」
「はいっ」
サオリはいつものオドオドした態度が嘘のようにキビキビした動きでコンソールを叩く。
「ザジ、準備はいい?」
するとブリッジ内のスピーカーからそれに応える声が聞こえる。
「オッケーだ」
「すぐにサオリを2番に送る、もし何か動きがあったらお前が威嚇しろ」
「りょーかいっ」
どうやらタトゥーモンスター・ザジはどこか別の場所で待機しているらしい。
そのまま時が過ぎる。
ブリッジは各々のコンソールを除いては非常灯に赤く照らされている。
どのくらい時が経っただろうか、総員まんじりともしない時間がしばらく続いたあと、ママの声がその静寂を破る。
「通信傍受、スピーカーに切り替えます」
ママがヘッドセットを外す。リナを除いた全員がそれに続く。
耳障りなハムノイズがひとしきり続いたあと、しわがれた男の声がスピーカーから流れ出した。
「あ、あ、あ、我らは銀鷲団とシルバーホーク号、わたしは船長のアブラハムだ。聞こえてるか?久しぶりだな、ユリ」
船長の整った顔が歪む。
「いつの間にアップデートしたの?」
「ひさしぶりに会ったのに愛想のない奴だな。アップデートは当然だろう。我々もいつもしてやれてばかりではないのだ。古参の海賊とはいえ最新の技術は取り入れなくてはな」
「リナ、こちらの障壁はどうなってるの?もしかして既に破られているの?」
「そ、そうみたいです、こちらからはちゃんと働いているように見えますが…」
船長の顔がさらに歪む。
「お前も焼きがまわったのか、そんな障壁いまどき全く意味ないぞ。ガキでもアーカイブからブレーカーをダウンロードできる」
「クソっ」
船長がリナを睨む。
リナは肩をすくませて縮こまる。そのまま消えてしまいたいのだろう。
「で、古参の海賊さまがわたしたちみたいなヒヨッコになんの用かしら」
「まぁ、時代の流れというのかな、独立独歩で荒らし回るような時代はもう終わったのだよ。我々も他の船と同じく連合と特定の分野で協定を結ぶことにした」
「なるほど、それでわたしたちの捕縛がその条件」
「相変わらず呑み込みが早くて話が早いな、まぁそういうことだ」
船長が吐き捨てるように言う。
「あんなに憎んでいたはずの連合と手を組むなんて、あんたこそ焼きがまわったのね」
「まぁ、そう言うな、我々の傘下に入るのならおまえたちにも生き残る道はある」
サオリが突然声を荒げて叫ぶ。
「お断りよ」
船長がサオリを睨みつける。
「それがおまえたちの総意だと捉えていいのかな」
「もちろんよ」船長が応える。
「では仕方がない、これより本艦は戦闘態勢に入り、貴艦の掌握と乗組員の捕縛に着手する。抵抗があれば攻撃も辞さない。わたしとしては大人しく投降することを勧めたい」
「結構ね、我々は最後まで抵抗します。わたしとしては貴艦こそ大人しく尻尾を巻いて立ち去ることをお勧めしたいわ」
「わかった。ではのちほど」
耳障りなブチッというノイズと共に通信が途絶える。
乗組員全員の顔には不安げな表情。
「何をボヤッとしてるの?宣戦布告が為されたわ、イオン砲装填」
「はいっ」
ママが猛烈な勢いでコンソールを叩き始める。
「サオリは2番へ」
サオリは壁に掛かっていたヘルメットを掴むとブリッジを飛び出していった。
これが戦いか。
ぼくは鼓舞されるどころか、縮み上がっていた。
捕縛され投獄されるのか、いやもしかしたら殺されるかもしれない。
「ママ、装填残り時間は?」
「10分です」
リナが叫ぶ。
「敵ファイタードローン展開を確認」
船長がスピーカーに向かって叫ぶ。
「サオリ、準備は?」
「大丈夫です。いけます」
「ザジ?」
「同じく、いけます」
「1番砲塔、2番砲塔、敵ドローンへの攻撃を許可します」
ザジとサオリが同時に応える。
「りょうかいっ」
すぐさま軽い衝撃と共に船からビームが発射されるのが窓越しに見えた。
ビームの行き先を凝視する。
そこには数十機の小さな機体がこちらに向かって突き進んでくるのが見えた。
数が多すぎる。
しかし、こちらのビームは的確に敵機を撃墜していく。
「さすがサオリね。精度が高い」ママが感嘆したように呟く。
「敵艦の砲塔は準備を終えてる?」
リナが応える「いえ、装填されている気配はありません」
「そう…あくまでも捕縛が目的なのね」
ザジとサオリの凄まじい攻撃をかいくぐり、何体かのファイタードローンはこちらに向かって突っ込んでくる。
その時、強い衝撃が船全体を襲う。
「1番が被弾」リナが叫ぶ。
ビームを逃れたドローンだ。
ドローンで砲塔を無力化してそのあとで乗り込んでくるつもりなのだ。
「ママ、損害は?」
「砲塔のみです。かなりの精度の精密射撃を受けています」
「そう、連合の最新兵装を手に入れたみたいね。完全に油断していたわ」
船長は舌打ちをする。
再び大きな衝撃。
ぼくは椅子にかじりついているのが精一杯だ。
「2番も被弾、兵装沈黙」リナが叫ぶ。
「お出ましね」
船長が呟く。
眼前に迫る敵艦シルバーホークから小型艇が次々と吐き出され始める。
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