第6話・サオリ

 食堂に水をもらいに行こうと部屋を出たところで、廊下の柱の陰から誰かが様子を伺ってるのに気付いた。

 食事のときにぼくをじっと見つめていた女の子だ。線の細い、目立たない感じの。

 特に敵意があるわけでもなさそうだし、ぼくは声をかけてみようと思った。

「あ、あの、どうも、しばらくお世話になります」

 女の子の潜んでいる物陰に近づきながら、ぼくは声をかけてみた。

「は、はいっ」

 女の子はマンガみたいにビクッと体を震わせ物陰から飛び出してきた。

 グレーのスウェットの上下にアッシュグレーで腰まで伸びた長い髪。20代前半だろうか。

 女の子は廊下を見つめながらモジモジしている。

「あ、あの水をもらいに行こうと思うんだけど、食堂に行けばいいのかな?」

 ぼくはポットを掲げて見せるが、女の子は下を向いたまま答える。

「あ、は、い、食堂でだいじょうぶです」

 やけに恥ずかしがり屋さんなんだな、そんなんで海賊が務まるのかなとは思ったけど。

「聞いているかもしれないけど、ぼくは記憶がなくて、自分で思い出すまではぼくの名前はお預けなんだ」

「あ、はい。聞いてます。わたしはサオリです。この船では細々としたことを担当してます」

「あ、サオリさん、ぼくはこの船のこと、わからないことだらけだから、いろいろ教えてくれると助かるな」

 女の子は相変わらず下を向いたままこくりとうなずいた。

「じゃ」と踵を返して食堂に向かいかけたぼくの背中に、サオリが震える声でこう言った。

「あの、すいません、写真を」

 ぼくは足をとめて振り返り聞き返す。

「え、写真?」

「そ、そうなんです…わたし皆さんの写真を撮って保存しているんです」


 サオリの船室はぼくのと殆ど変わらない質素なものだった。

 部屋で写真を撮らせてほしいと頼まれ、ぼくはサオリの部屋につれてこられたのだ。

 サオリは机の下の木箱から四角い小さな機械を取り出す。

「それがカメラ?」

 サオリはコクリとうなずくとおもむろにカメラをぼくに向けて構える。

 レンズが付いているようには見えないし、ただの四角い箱にしか見えないが、これが最新のカメラなのだろうか。

「これはホログラフィックカメラなんです。全身のデータを記録して3Dのホログラフィックを保存できます」

「船員みんなのデータを記録してるの?」

「あ、はい、みんなというか、まぁ」

 明らかに歯切れの悪い答えだが、まぁそんな必要ももしかしたらあるのかもしれないと思い、ぼくはカメラを見つめて直立不動のポーズをとった。

 するとサオリの持つ機械の中心あたりから細い光線が伸びてきてぼくに照射され始めた。

 光線は水平の方向へ広がり、ちょうどぼくを上から下までスキャンするように動いていく。

 ひとしきりスキャンしていた光線が徐々にすぼまり四角い機械に吸い込まれていく。

「じゃ、あの、つぎは、服を…」

 サオリはやはり下を向いたままぼくに服を脱げと。

「え、脱ぐの?それってみんなやってるの?」

「あ、はい、いや、みんなというわけでは、あの、ドクターから…」

「ああ、ドクターから頼まれてるのか、じゃぁ仕方ないか」

 それにしても、だったらドクターが自分で撮ればいいじゃないかとは思ったけど、仕方なくぼくは下着1枚になった。

「あ、あのそれも…」

「ええっ、これも?え、全裸?」

「あ、あ、はい、だめですか?」

 いやまぁ、ドクターに頼まれたのなら確かにそういうことなんだろうけど、女の子の前で全裸になって全身のデータをとられるっていうのは…

「あ、最初のときにドックで見てますから…」

 そこでぼくは思い出した。ドックで全裸で拘束され全てを晒されていたぼくの一点を凝視していた女の子。

 それはサオリだ。

 兎にも角にも仕方なく全裸になったぼくは、顔に火がつくほど恥ずかしい思いをしながら長い長いスキャンを受けた。

「あ、ありがとうございます」

 サオリは大事そうにホログラフィックカメラを木箱にしまい込み、初めてはにかんだような笑顔を見せた。


 それからは特に何事もなく平和な航海が続いた。

 ぼくはリナを通じて船長から船内の清掃を命じられ、せっせと働いた。

 ぼくが出入りできるのは一部の居住空間に限られていたけど、それでも掃除は結構な大仕事だ。

 時おり乗組員たちに出くわすこともあるけど、彼女らは彼女らで忙しいらしく、親しく会話をするでもなく視線を交わす程度のコミュニケーション。

 タトゥーモンスターのザジは相変わらず殺意の波動に満ちた視線でぼくを殺そうとしていたけど、とにかくそういうのには関わらないのが一番。

 あ、あと時々サオリがぼくを舐め回すように見つめているのが気になるくらい。

 ルルだけは、ぼくにまとわりついてあれこれと質問をしたり世話を焼きたがったり、キラキラの瞳でまっすぐ見つめてくるルルは可愛くもあるけど正直うざいときもある。

 リナとは時おりラウンジで話をする。当たり障りのない会話。

 この船はどこかを目指して航行しているのか、それともあてもなく彷徨っているだけなのか。燃料や物資はどこかで調達するのか、どこかの植民惑星か宇宙交易ステーションに立ち寄るのか、それとも海賊らしく略奪?

 聞きたいことはたくさんあったけど、その辺のことはあえて聞かないようにリナからクギを刺されていたし、だけど、どうでもいいことをリナと話しているのはなんだかとても安心するし楽しいし、そんなわけでぼくはリナと過ごす時間を楽しみにするようになっていた。

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