第3話・リナとルル

「ここがあなたの船室よ」

 リナが連れてきてくれたのは小さな船室。

 簡素な木製のベッドにこれまた簡素な木製デスクがひとつあるだけのシンプルな部屋だ。

 淡い電球色の小さなテーブルライトが照らす室内は宇宙船の内部とは思えないくらい落ち着いた雰囲気があり、シンプルではあるが、居心地は良さそうだ。

「衣類なんかはベッドに下にスペースがあるわ、あとは…」

 リナの声を聞きながらぼくは船室の窓から宇宙を眺めていた。

 どこまでもつづく闇。

 このどこかにぼくの住んでいた星があり、もしかしたらぼくの家族が生きている。

「今日はここまでにして船内を見て回るのは明日にする?」

 リナはぼくが窓の外を見ているのに気付いてそう言ってくれた。

「いや、大丈夫」

 リナは微笑んで「じゃ、行こう」と言って船室を出る。

 ぼくはその微笑みの優しさに打ちのめされてしまった。

 か、かわいい。

 なんだかずっと緊張して張り詰めていた気持ちが一気にほぐれていく気がする。

 先を歩くリナのミニスカートから伸びる真っ直ぐな脚に見惚れていると、リナが振り向いて首をかしげた。

 あわてて追いつきリナの隣に並んで船内を歩き始めるぼく。

「ところでこの船だけど、ほんとに海賊船なの?」

 リナは少し微笑みながら答える。

「そうよ、間違いなく海賊船。植民惑星連合のブラックリストにも載ってるれっきとした海賊船よ」

「植民惑星連合?」

「火星と木星の殖民地を支配している連合組織のことよ。元は商人たちの共済組織みたいなものだったらしいんだけど、徐々に規模と支配域を拡大して今は自治権を求めて地球と対立してるの」

 そうではないかと思ってはいたけど、やはり人類は他の惑星にまで居住地を拡大しているのだ。そんなことすら知らないとなると、ぼくの記憶はかなり根本的なところから欠落しているようだ。

 しかしリナやドクターのような女性が、宇宙の荒くれ者の代名詞である海賊だなんて、とてもイメージが追いつかない。リナはどう見たって華奢で美しい女性だし、たとえその内側に荒ぶる魂を抱えていたとしても、海賊行為を行うような人間には見えない。

 「海賊って商船や客船を襲って略奪したり、邪魔者は殺したりするあれでしょ?」

 リナは立ち止まりぼくの方を向き直り、まっすぐぼくの目を見て言う。

「古いわね。わたし達は無意味な略奪も暴力も行わないの。わたしたちが襲うのは連合の船よ。彼らは利益のためならなんでもするロクデナシの集まりよ。彼らに支配された地域に住んでるひとたちは皆虐げられひどい暮らしに耐えてる。いつかわたしたちがそれを終わらせる。そのためにわたしたちは戦ってるの」

 そう言うとリナは再び歩き始める。

 やはりリナは内側に荒ぶる魂を秘めていた。ぼくはその迫力に気圧されてしまい、しばし呆然とリナの背中を見つめていた。

 「どうしたの?」

 リナのその声に我に返りぼくはあわてて歩き出した。


 そしてリナはひと通り船内を案内してくれた。

 船の内部はきらびやかなものではなく、薄暗く、むき出しの金属に覆われた洞窟のようだ。配管や太い銅線のようなものがひしめき合う様を見ていると、この船はおそらく客船ではなく貨物船か何かだったのだろうと思った。

 そんな殺風景な船内ではあったが、廊下のところどころ設置された大きな窓から見える宇宙はとても美しかった。

 さすがに海賊船とはいえ機密は保持したいのだろう。動力部やシステムの中枢部は見せてもらえなかった。

 リナはこの船のシステムエンジニアだそうだ。どうやらコンピューターに詳しいらしいが、ぼく自身にその知識がないのでどこまで詳しいのかはわからない。だが、システムルームの扉の外で自分の担当している仕事について話すリナはとても楽しそうだったし、リナにとってそれはとてもやりがいのあることなのだなと思った。

 この船の乗組員は7人。それが多いのか少ないのかはぼくにはわからないが、案内された船の大きさから言っても、乗組員は少なすぎるような気はした。

 この船自体はとある商船を失敬したものらしいが、その詳しい経緯についてはリナは教えてはくれなかった。

「あまりそのへんのことをみんなに聞いて回ったりしたらだめよ。どうせ誰も教えてはくれないし、海賊活動についてはあなたには話さないように船長からも言いつけられてるから」

 リナはそうクギを指して微笑んだ。

 確かにぼくは部外者だし、信用されてもいない。この船全体から疎まれていてもおかしくはない存在だ。それでもこうやって彼女らがぼくを船にとどまらせてくれるのは何故なのか。

 宇宙全体の決まりで「遭難者は助けなくてはいけない」というのがあるのかもしれないけど、海賊船がそれを遵守するだろうか?

 船長には何か考えがあるのかもしれない。


「りなぁぁぁぁぁぁっ」

 ぼくがそんな考えに耽っていると薄暗い廊下の向こうから少女が駆け寄ってきた。

 少女はエメラルドグリーンの長い髪をたなびかせ、リナに駆け寄ると抱きつき、リナの胸の中からぼくを覗き見ていた。

「ルル、もう子供じゃないんだから、無闇に抱きつくのはやめなさいって何度も言ったでしょ」

「だってぇ…」

 少女は10代なかばか、あるいはそれよりすこし下かもしれない。

 明らかにサイズの大きいTシャツを羽織っているので、ミニのワンピースを着ているようにみえる。

 ルルと呼ばれた少女はリナから体を離し、ぼくのほうに向き直った。 

「わたしはルル。わたしもお兄さんといっしょでこの船に拾われたの」

 そう言って彼女ははにかむように笑った。

 幼さの残る丸い顔にツインテール。大きすぎるTシャツ。エメラルドグリーンの長い髪。そしてとびきり大きな瞳が印象的な女の子だ。

「あなたのお名前は?どこから来たの?どこに住んでたの?わるいやつに追われてるの?」

 少女はぼくに近づき矢継ぎ早にまくしたてる。

「こら、そんなにいっぺんに聞いたら答えられないでしょ。それにそのひとは何も憶えてないのよ」

「え~なんにも~?」

 ぼくは微笑みながら答える。

「そうだよ。ぼくはな~んにも憶えてないんだ」

 ルルは疑わしそうな表情で後ずさりしながら「ふ~~~ん」と頷いた。 

「じゃあこのひとのことはなんて呼べばいいの?」

「うん、船長がね、この人が自分で思い出すまではあえて名前はつけないでおこうって決めたのよ」

 そ、それは初耳なんですけど。

「えー、じゃぁ名無しのお兄ちゃんだね」

 リナは愛おしそうにルルの髪を撫でながら「そうね」と言ってぼくをみて、笑った。


「さ、あとは食堂ね。もうすぐ昼食の時間だから、みんなと一緒に食事をしながら親睦を深めたらいいよ」

 そう言ってリナはルルの手を引いて歩き出した。

 ルルはときおりぼくを振り返り微笑んで見せる。

 おそらく実年齢よりはかなり幼いその表情はあどけなくて、海賊船には似つかわしくない。

 ほんとうにこの船は海賊船なのだろうか。

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