第2話・ドクター

 その後ぼくは、拘束を解かれ、体が自由になる薬を打たれ、作業服を着せられて、そして今はドクターと向き合って医務室に座っていた。

 当然のことながら聞きたいことは山のようにあるわけだけど、ドクターが健康チェックのための質問を矢継ぎ早に繰り出すので切り出す暇がない。

 医務室はドクターの船室の一部のようで、あまりそれらしさは感じられない。所狭しと並べられた医療器具やレントゲン台のようなものも見当たらず、簡素なデスクにカルテのようなものが並べられているだけ。

 そのデスクの前でぼくとドクターは向かい合って座っていた。

「それで、あなたはなにも憶えていないと言ってたけど」

 そう、ぼくはこの船に拾われる以前の記憶がいっさい無い。

 なぜ小型艇のなかで脱出ポッドに乗せられていたのか。

 ぼくはどこから来たのか。

 そもそもぼくは何者なのか。

「恐らくは何らかのショックで一時的に記憶が不鮮明になっているんでしょう。同じような症状をいままでに何度か見てきたわ」

 ドクターはそう言うと、長い脚を組み替えた。ドックではパンツ姿だったのに、いまはタイトなミニスカートを履いている。

 つまりはぼくは何らかの事故や事件に巻き込まれていた可能性があるとドクターは思っているのだ。

「まぁ、そのうち自然に記憶は戻ってくるはずよ」

「はい…」


 ドクターは席を立ち、船室の窓から宇宙空間を眺めながら言う。

「どこで何に巻き込まれていたのかわからない、そんなあなたをこの船に置いておくのは危険なことよ。実際、船員たちの中にはいますぐあなたを放り出すべきだと主張するものもいる」

 たしかにドクターの言う通りだと思う。そんな怪しいやつ、トラブルの素でしかない。

「でもユリ、あ、船長のことよ、が放り出すのは記憶が戻ってからでも遅くないって言い出して…」

 あの堂々とした船長なら言いかねないな。きっと理由もなく恐れるのが嫌いなタイプなんだろう。

「ということは、ぼくはしばらくこの船に置いてもらえるんですか?」

「まぁ、そういうことになるわね」

 ドクターはぼくのほうを向き直り、ぼくの目をまっすぐ見つめながら言った。

「わたしはエリス。この船の船医ね。みんなからはドクターと呼ばれてるわ」

 ぼくは姿勢を正し、その視線に応えるようにまっすぐにドクターを見つめる。

「あ、ぼくの名前はぼくにもわかりませんが、宜しくおねがいします」

 ドクターはうっすらと笑みを浮かべると壁の通信装置らしきものに指をかけた。

「リナ、医務室まで来て。お願いしたいことがあるの」


 数分後に現れたのは、ぼくに水を飲ませてくれたあの女性だ。

 デニムのミニスカートに白いTシャツ。

 どこからどう見ても普通の20代の女の子にしか見えないが、彼女も海賊の一員なのだろうか。

「あ、リナ、あなたに当面のこのひとのお世話を頼みたいの、まずは船内を案内してあげて」

ドクターからそう言われると彼女は深々と頭をさげてぼくに言った。

「あ、わたしはリナです。よろしくお願いします」

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