アンチェインド・ベイビーズ 宇宙海賊少女とぼく
藤嶋空
第1章 宇宙海賊に拾われたぼく
第1話・拾われるぼくと謎めいた船長
最初に感じたのは光だった。
目を開けているのか、それとも閉じているのかすら判然としないけど、とにかく強烈な光がぼくに向けられている。
その光の輪郭に覆われ、まわりの風景はなにひとつわからない。
漆黒の闇だ。
闇に包まれた世界に差す強烈な光。
きっと生まれてくる赤ん坊が初めて見る光も、こんな感じなんじゃないかなとぼんやり思っていた。
そしてふわりと体が浮き上がる感覚。
浮き上がると同時に周囲の風景が変わった。
宇宙空間。
巨大な機械のアームのようなものがぼくの傍らで軋みながら動いている。
浮き上がったぼくの体は、滑らかな動きでどこかへ連れ去られようとしていた。
意識は徐々にはっきりと状況を認識し始める。
ぼくは金属の殻のようなものからつまみ上げられどこかへ運び出されているのだ。
宇宙空間。カプセルに入れられたぼく。
そしてそれを運び去ろうとする丸くて小さな乗り物。
どうやらぼくは脱出艇のようなものから助け出されようとしている。
その時ぼくの頭のなかで、大きな音がした。
耳障りではない程度に甲高いビープ音。
何かが始まる、そんな予感を感じさせる断続的な起動音。
気がつくと、ぼくは冷たい床の上に横向きに寝かされていた。
意識は朦朧としていたけど、視界だけははっきりしていた。
冷たい金属の床、薄暗い室内。
視線の先に見えるのは、さっきぼくを運び出していたアームの付いた丸い乗り物。
ところどころに設置された照明装置が白く瞬いたり、完全に消えていたりする無機質な室内。
ここは宇宙船のドックかなにかのようだ。
「気がついたみたいね」
ぼくの背後で女の声がする。
ぼくはあわてて体をそちらに向けようとするが、からだはびくとも動かない。
無駄な抵抗を試みるぼくの背後でまた声がする。
「ドクター、まだ注射は効いてるのかしら?」
すると、体が動かせないことでパニックになりかけているぼくの目の前に、ひとりの女性が現れた。
そのひとはぼくの前にしゃがみ込み、ぼくの様子を伺いなら言う。
「効いてるわね。あなたの指示がありしだい解くこともできるけど」
「まだいいわ。話せるかしら」
背後から聞こえるその声は、なんというかとても自信に満ち溢れていて力強い声だった。
ぼくの前にかがみ込んで様子を見ていた女性がぼくの目を見て聞く。
「話せる?」
とても綺麗なひとだ。細くて長い髪。シャツの襟から覗く白くて滑らかな肌。面長で目が細く唇も薄い。彼女はその切れ長の目でぼくを見つめ、ぼくに語りかけている。
「体は特殊な薬が効いているから動かせないのよ。でも話はできるように調整してあるから、話すことは出来るはずよ」
目の前でぼくに語りかけるそのひとは、ゆったりとした黒いパンツに白いブラウスを着ていた。そういえばさっきドクターって呼ばれてたっけ。ということはこの船なのか宇宙基地なのか、とにかくここのドクターなんだろう。
ドクターはぼくの顔を覗き込み、その細い目を少し見開いてぼくの答えを待っていた。
ぼくはなにか答えなきゃと思い、声を絞り出した。
「あ、あ、話せ、ます」
声を出すだけで喉に鋭い痛みが走り、涙が出そうになる。
「み、水かなにかを、ください」
喉の痛みを堪えながらぼくが頼むと、ドクターがぼくの背後の誰かに目配せをした。
「あなたはどこから来たの?」
背後の声が聞く。
ぼくは思い出してみる。ぼくはどこから来たんだろう。なぜ宇宙にいたんだろう。
なにひとつ思い出せない。ぼくが憶えているのは強烈な光とぼくを運び出した機械のアームだけ。
「わかりません」
ぼくは力なく答える。
訳も分からず全身を拘束され、まるで尋問のような質問を受けているこの状況。できることなら誰もが納得するような答えを披露して、すぐにでも開放してほしい。
だけど、ぼくはなにひとつ憶えてないのだ。
答えたくともその答えを知らない。
「ドクター、こっちへ」
背後の声に応えてドクターが立ち上がり、ぼくの視界から消える。
背後で何かを話し合う声。
ぼくはひたすら自分の目の前で床を照らしているライトの光を見つめている。
もしかしてこのまま放り出されてしまうのか。全身を拘束され身動きがとれない状態のまま、ゴミみたいに放り出されて、宇宙の藻屑となってしまうのだろうか。
すると今度はジーンズに白いTシャツを着た女性がボトルを持ってぼくの前に現れ、ぼくにストローをくわえさせ、水を飲ませてくれた。
黒くて長い髪。白い肌はドクターと同じだが、ドクターより若い。Tシャツにはヤシの木と太陽と海岸線が描かれている。Tシャツの袖から細くて美しい腕が伸びていた。
むさぼるようにストローに吸い付いているぼくの背後からまた声がする。
「あなたは記憶がないと主張するのね。わたしは自白剤を打つこともできるけど、ドクターがあなたの言葉を信じると言ってるの。だからそれはやめておきます」
ドクターが再びぼくの前に現れ、ぼくを抱き起こし、声のする方へ向き直るように座らせてくれた。
目の前には作業着らしきツナギを着た女性が立っていた。肩幅が広く身長も高い。髪はやはり黒くて長いが、その顔つきは欧米人のそれに見えた。
そしてやはりここは宇宙船の内部なのだろう。彼女の背後に、フックに掛けられた船外活動スーツが並んでいた。
あらためて目を凝らして見ると、その女性のまわりには何人かの女性が、ある者は立ち、ある者は積荷らしきものに腰を掛けてこちらを見ていた。
この女性と同じようにツナギの作業服を着ている者もいれば、Tシャツ姿の者もいる。そして積荷の物陰からはあどけない少女がこちらを伺っている。
そしてぼくはやっと気づいた。自分が全裸であることに。全裸で拘束され正面を向かされたぼくは完全に無防備な姿を目の前の女性たちに晒しているのだ。
猛烈な恥ずかしさがぼくを襲う。ぼくは全てをさらけ出している。
明らかに敵意を含んだ目でぼくを睨みつけるもの、憐れんだような表情で見つめるもの、そして顔を赤くして視線をそらしているもの、明らかにぼくの一点を凝視しているものまでいる。
何故こんな恥ずかしい思いをさせられなくてはいけないのかと、静かに抗議をしようとしたその矢先。
目の前のツナギ姿の女性は腰に手をあて、ぼくを見下ろしながらこう言い放った。
「わたしはこの船の船長、ユリ・アナスタシア。この船には名前は無いの。この船は海賊船。そしてわたしたちは海賊よ」
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