第10話

「うまいじゃないですか! なんてすかこれ、海老ですか? ほんとうに海老ですか? 海老に見せかけて、ザリガニを焼いたとか、そういった、うまいですね! 菅田君、この海老もどきうまいですよ、これ、どうしたんです? 海老といえば、臭い、生臭い、攻撃力のないザリガニで、どこも良い点のない下等な生き物じゃないですか、でも、これは違いますね、ええ、この味は攻撃性が高いですよ、臭いも、いえいえ、匂いもたまらなく、ああわかりました、これ、やっぱりザリガニですね? 菅田君、差簿輪川の近くの、なんでしたっけ、あれ、胴長の、剣玉池ですよ、そう、剣玉池で釣ってきたザリガニですね? 味が似てますよこれ? そうですよね? ほら、小学校の時、菅田君、剣玉池で釣ったザリガニ食べて、『超うめえ! これ焼いて売ったら、家買えんぞ!』とか騒いで、池の生態系を変える勢いで釣る、いえ、乱獲したじゃないですか? ええ? 覚えてますかぁ? べつに覚えていなくても、ぼくが覚えているからいいんですけど、ほら、学校近くの……」


「あれだろ? 木無地神社の夏祭りに勝手に店出して、戸炉々中学のやつらにぼこぼこにされたあげく、身ぐるみをはがされた時だろ?」頭の電球に点灯して、菅田の眼から光線の出るほど顔を輝かせ、肉を集める手を停めて箸を振る。


「そうですそうです、立石君が割れていない大量の割箸でぽこちんを挟まれ、菅田君がチョコバナナを尻の穴に無理やり突っ込まれ、クラスの女子のいる前で大泣きして……」


「あれは最悪だったな!」トングをかちかち立石が笑う。


「馬鹿野郎! 泣いてなんかねえよ!」菅田は海老をかじって言い返す。


「いえいえ、はっきりと覚えています。みじめな過去を恥ずかしがって、誤魔化したくなる気持ちもよくわかりますが、ええ、残念ですね、ぼくは鮮明に覚えていますよ。黒いチョコバナナがあまりにも太くて、ちっちゃな穴に入らないものだから、菅田君、バナナをむりやり入れようと努力を見せて、『お願いです、あの、ピンク色の、細いのに変えてください』と泣いて頼んでいたじゃないですかぁ。ほら、チンピラがピンクのモンキーバナナを持って来たら、緊張がゆるんで強烈な屁をしてしまい、まぶたを蹴られて、突っ込んだバナナがぽきっと折れて、にゅるっと尻のあ……」


「うわあ!」網の上の茄子をいじりながら、柴田は急度〈きっと〉顔をしかめる──全身裸ノ菅田少年ハ、少シデモ尻ノ穴ノ広ガルヨウ、大股ヲ広ゲテ屈ミコミ、モヒカン頭ヲ無理ニ曲ゲ、尻ノ穴ニ視線ヲ注ギ、手ニ掴ンダ棍棒劣ラヌチョコバナナヲ、見タ目ト似ツカヌ慎重ナ動キデモッテ、ブスト挿入シタ。拍子、襟〈エリ〉ノ尖ッタ制服ヲ着ル、二本ノ角ヲ生ヤシタ長髪ノ青年ガ、菅田少年ノ太腿ヲ体重乗セテ蹴リアゲタ。菅田少年ハ枯レタ悲鳴ヲ挙ゲ、豪快ニ股ヲ開カセタママ地面ニ倒レタ。衝撃ニビブラートノカカッタ屁ガ表ニ現レ、漆黒ノチョコバナナハ穴カラ滑ッテ地面ニ落チタ。ソレヲ見タ一角鋭イ短イ髪ノ青年ガ、爪先ヲ菅田少年ノ眉間ニ撃チ込ンダ──。


「うるせえ! あのバナナ、一升瓶はあったんだぞぉ! 無理に決まってんじゃんねえか! そもそも、なんであんなバナナが存在するんだよ!」菅田の持つ皿は豪快な肉に盛られていく。


「一升瓶は嘘ですね、いくらなんでも一升瓶はありませんよ。いくら話を盛るにしてもねぇ、ちょっと盛りすぎですよ、ええ、せいぜい三ツ矢サイダーの小瓶ぐらいですね。そもそも、バナナの太さがどうこうじゃなくて、菅田君の尻の穴に問題があるんですよ、チンピラも言ってたじゃないですか、『けつの穴の小せえやつだな、みっともねえ』って、ほんと、ぼくもそう思いましたよ、『体が大きいくせに、小さい尻の穴だな、みっともねえ』ってね、いやいや、悪い意味にとらないでくださいよ、体が大きいと褒めているんですよ、そう、小学生には見えない立派な体つきしてたじゃないですか、馬糞ウニを股間に生やしてたじゃないですか、尻の穴から三編みできるほどの毛を垂らしてたじゃないですか、そうなんですよ、体が立派だから、反比例した尻の穴に、いえ、ほんとは小さくないかもしれないですよ、小さいと錯覚し、いや違いますね、やっぱり小さいですね、針が通るぐらいの穴でしたね、あれでも、毛で見えなかったような、ああ、恐怖で萎縮して……」


「柳、菅田のけつの穴も小せえけど、あのチョコバナナも糞でかかったぜぇ? 俺は中学生がからんでくる前に、あのチョコバナナを買って食ったけど、当時の俺の、肩から指先まで長さがあったぜ、それで太さはビール瓶の底だからな。それによ、チョコバナナのくせに、やけに小麦臭せえ味したからな、あれ、フランスパンをチョコでコーティングしただけじゃねえのかな、見た目どおり大味なチョコバナナだったぜ」手振りを混ぜて話し終えると、立石はホルモンを口に入れる(アレハ、ヒデエ味ダッタナ)。


「バナナじゃねえじゃん! あきらかにインチキしてるぞ」ビールを飲み干し、菅田は声を飛ばす。


「いえ、インチキじゃありませんよ、決してインチキじゃありません。実際に食べて味を確かめたわけじゃありませんが、やはりチョコバナナです。たとえ、中身が小麦粉を固めたバナナまがいの物でも、チョコレートでコーティングしてしまえば、見た目はチョコバナナです。ええ、そうです、チョコバナナには変わりありません。そもそも、チョコバナナの中身は、バナナじゃなきゃいけないと、誰が決めたんですか? 商品名がチョコバナナだからといって、必ずバナナが入っているわけじゃありませんよ、そんなの、そう、先入観です! ぼくの嫌いな先入観です! メロンソーダと一緒です! 名前にメロンがついてますが、実際は炭酸水を緑色に着色して、化学調味料をふんだんに盛った化学飲料です。メロンなんてどこにも入ってませんし、果汁が入っているとも書いてありません。でも、だれも文句言いません。それと一緒で、小麦粉をこねた物に化学調味料で味つけして、チョコを塗りたくっただけでも、やはりチョコバナナなんです。要するに、人が喜ぶならなんでもいいんです! 味がバナナじゃなくても、うまければいいんです! チョコバナナのくせに、マンゴーの味がしてもいいんです。菅田君の穴に無遠慮に侵入して、一生治ることのない心の痔を刻みつけても、うまければチョコバナナです」


 ホルモンに目もくれず、柳はひたすら海老を食べ続ける。


「うざってえ屁理屈だな、結局インチキじゃねえか」二つ目の皿に肉を盛りつつ、菅田は牛タンを口に放る。


「柳君は何をされたの?」箸で茄子を突き(中マデ焼ケテルカナ?)、柴田がふと質問を挟んだ。

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