第11話
「柳はなあ、大量のザリガニの後始末をさせられたんだよ。悲惨な事に、ザリガニを焼かずに、生を無理やり食わされ続けたんだよなぁ? そのせいで次の日食中毒起こして、一ヶ月間学校を休んだもんな」立石は快活な笑いを柳に向け、ついでにトングで抓んだホルモンを柳の皿に載せる。
「ええ、ええ、そう、そうなんです、ぼくの言いたいのは、今食べているザリガニ、いえ、海老の味が、まさに、その時食わされたザリガニと同じなんです! ほんと、たまげるほど同じです、わかります? 似ているんじゃなくて、まったく同じなんです、ただ、違うといえば、今はボイルされたザリガニ、ええっと、ボイルでいいんでしたっけ? なんでしたっけ? バーン? まあいいや、とにかく火通しされたか、されていないかの違いだけで、身そのものの味はまったく同じということに、これは、絶対音感同様の感覚の、ぼくの絶対記憶力と兄弟と言っていいもので、絶対味感と言えばいいでしょう、ええ、なんか味感だと語呂が悪くて、なんか柑橘系の甘い感覚に思えますね、でもでも、すぐれた、神の感覚です! なにしろ、一度食べた味を自分の死に絶える日まで記憶に残し、また、塩の一粒さえ見分けるほどの繊細な味覚ですから、ええ、言い改め直します、ぼくは絶対味覚を備えているのです。そんなぼくに、生のザリガニを食べては胃の中に貯めこみ、入らなくなったらゲロとして外にぶちまけ、またザリガニを無理やり貯めこみ、吐く。ひ弱な小学生の生き残る為の手段として、なんとか見つけた回避策であるその繰り返しを、一匹残さずやり通したのです。敢闘賞どころか、ギネスブックに載せても遜色〈そんしょく〉ない記録ですよ、ええぇ? わかりますかぁ? 金に目のくらんだ菅田君が馬鹿みたいに捕獲するから、チンピラの気まぐれの餌食になって、記録的な量のザリガニを、それも生で食べる羽目になったんです。ええ、それも時間制限ありですよぉ? ちょっとでも息を抜くと、『さぼってねえで早く食えよ!』となぜか感情豊かに、胃を真っすぐに蹴りあげるんですから、ほんと、必死ですよ。正直、チョコバナナがうらやましくて、心の中で菅田君に嫉妬していましたからね」
細い眼を光らせ得意げに話し終えると、タレの染みるホルモンを口に入れる。
「何言ってんだよ、おめえがザリガニ売るのに一番乗り気だったじゃねえか、ええぇ? 屋台の場所を始め、調理器具、売値、販売方法、全部おめえが考え出して決めたんじゃねえか、俺の仕事なんか、ザリガニを捕まえることと、ザリガニを焼くことだけだぜ。はっきり言って黒幕はおめえだぞ、なあ立石? そのくせ、責任を俺達に負わせようと、進んでチンピラ達に嘘つくんだから、ザリガニを食わせられて当然だぜ」仕入れた海老を口の中に味わいながら、菅田はさらに肉を盛りあげていく。
「そうだ、柴ちゃん、こいつ、『ぼく、この二人の命令でザリガニを売らされていたんです』って、くせえ演技をするだけじゃなく、うれし泣きして売上金を献上したんだぜ? 俺も菅田も度肝を抜かれたよ。けどな、からんできたチンピラ達も変に筋の通ったやつらでさぁ、『仲間を売るようなやつは死刑だ』なんて、柳をぼこぼこに殴ってから、ザリガニを食わせ始めたんだ。俺と菅田は何も出来ねえで、突っ立ったまま呆然〈ぼうぜん〉とその光景を見ていると、こいつひでえことに、『あの二人、にやにやしながらあなた達を指差してますよ』なんて言いやがる。そのせいで俺と菅田は恥辱を味わう羽目になったんだからなぁ、まじ最低の野郎だと煮えくり返ったぜ」立石は話しながら焦げかかったキャベツを集め、柳の皿に載せる。
「いえいえ、あの時のぼくの行動は間違っていませんよ、二人はぼくが裏切ったと誤解していますが、決して裏切りではありませんよ、そう、裏切りなんかじゃありません、ささやかな計略です。わかりますか? ぼくがなぜあんな行動をとったか、しっかり意味を汲み取りましたかぁ? 勘違いしないでくださいよ、ああいう時は、さっさと金を渡して、満足してもらうのがいいんです、わかりますか? たいていのチンピラは金を得ることで、光らせていた牙をしまうんですよ、そう、第一の目的は金を奪うことですから、それなら、進んで渡したほうが、余計な痛みから逃れられる割合が高いんですよ。ええ、結局奪われるんですからね、悪あがきはよしたほうがいいんです」キャベツを食べながら、柳は傲慢ともとれる態度で説明をする。
「はあ? じゃあ、『ぼく、この二人の命令でザリガニを売らされていたんです』なんて言う必要ねえじゃん!」立石はキャベツを噛みながら突っ掛かる(マッタク、コイツハ)。
「いえ必要あります。その場を盛りあげる、ちょっとした演出でして、その発言がないと、ぼくは二人のお株を奪う勇気ある少年になってしまいます、ええ、そんな勲章欲しくありません。ですから、わざとああいった発言をして、値を下げるようにしたんです、じゃないと二人から、『柳すげえな! びびらずに、よく立ち向かっていけるよなぁ、ほんと頭が良いだけじゃなく、勇気もすげえあるぜ。おかげで、俺達殴られなくてすんだよ、ほんと機転がきくぜ、ありがとうな』と賛辞をもらってしまい、二人を立てる事ができません。ですからわざと、『ぼく、この二人の命令でザリガニを売らされていたんです』という、卑屈な役目を受けたんですよ。しかし残念なことに、相手は金以上に暴力を求めていました。これは誤算でしたね、成人しきったチンピラなら、金を手に入れた時点で無駄な暴力はしません、ええ、これはたしかです。なぜなら、頭の悪い人間が行き着くチンピラという種でも、やはり多少の知恵と人情を持ちます。しかし、暴力の固まりともいえる中学生となると、同じチンピラという種でも、まったく別の代物〈しろもの〉です。ええ、思春期の溢れ出る欲望の固まりは、理屈や同情が通じません。相手を思いやる心なんぞどこにも持ち合わせず、無邪気を卒業した極悪な観念に染まり、自分の欲を満たすことだけに喜びを覚えます。ほんと、手に負えない邪悪な生き物です。ええ、ぼくはそれを考慮せずに、大人のチンピラほどの能力を備えていると、判断を見誤ったのです。そう、そうなんですよぉ」
柳は口直しに温〈ぬる〉いビールを口につける。
「ほんとおめえはうっとうしい話をするな、馬鹿々々しい言い訳だぜ。じゃあよ、なんで、俺と立石が笑っているなんて、無い事を口に出した?」肉の盛られた二枚の皿をテーブルに載せ、タレをかけながら菅田は大声を出す。
「えっ? なんでかって? 簡単ですよ、ぼくだけ痛い目にあってたから、二人に痛みを分けようと思ったからです、ええ、言葉のとおり、痛み分けですよぉ、それ以外に理由なんかありません。だってそうじゃないですか、三人でザリガニを売りさばいていたのに、ぼくだけ馬鹿になるぐらい殴られて、ザリガニを食わされるんですよ? それを、菅田君と立石君は青白い顔して見ているだけで、助けに入ろうとする気配なんてすこしも出さないんですもの、ほんとひどいですよ。理不尽な暴力を振るうチンピラどもよりも、二人のほうこそ悪魔に見えましたからね、ええ、これはおおげさではありません、全然誇張なんかしていません、二人の額に星の印が見えました、それこそ何よりの証拠です。でも勘違いしないでくださいよ、殴られすぎたせいで、星が見えたなんて言わないでくださいよ、そんな、いえ、ほんと悪魔です! それにそれに、ぼくも、実際身近に死を感じましたからねぇ、ええ、あの人数のチンピラの、凶暴なエネルギーに耐えるだけの体力は、小学生のぼくにはとてもありません。ましてや胃下垂気味の痩せこけた少年ですよぉ? 菅田君のような、栄養が体に収まりきらず、ラクダらしく頭に貯めこむ少年じゃないんですよ? 風が吹けばタンポポさながら散ってしまいそうな、か弱い少年ですよ? ええぇ? 二人がへらへらしてると告〈つ〉げ口して、いったい何が悪いんですか? ええぇ? どうです? ぼくは間違っているなんて絶対に思いませんよ、謝れって言ったって、誰が謝るもんですか! だって、ぼく死にそうだったし、二人が笑っているように見えたんですから、ええ、不公平はあつれきを生みます! 殴られるなら、三人平等のほうが気持ちいいに決まってます!」
細い目をどうにか見開いたまま、柳は立ち上がって叫ぶと、恐ろしい勢いで皿の上にある食べ物を口に詰め込みだす。
「なんて自分勝手なやつだ、こいつ、自分が逆の立場だったら平気で見ているくせに、よく言うぜ。そもそも、自分だけ言い逃れしようとして、殴られる羽目になったんだから、自業自得だぜぇ? 助けようとするわけねえじゃん! あんな人数のチンピラに立ち向かったって、勝てるわけねえもん」立石はビール缶を口に当てたまま、あざ笑うように声を挙げる(コイツ何言ッテンダァ? 助ケルワケネエジャン)。
「まったく、立石の言うとおりだぜ。けど一瞬、助けようとも考えたんだぜ? でもすぐにおめえの言葉を思い出して、助ける気なんてうせちまったけどな、まあいいや、ちょっと真理藻に肉を届けてくるからよ、おい柳、ザリガニの味だかなんだか知らねえけど、気に入ったならどんどん海老食っていいからな、それに、クーラーボックスに他の食材もたくさん余っているから、好きなだけ食っていいぜ。ひさしぶりに会ったんだから、遠慮しなくていいところで遠慮するなよ、じゃあ、ちょっと行ってくる」
皿を両手に持ち、菅田はゆっくり歩き出す(ヘヘヘ)。
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