第5話 無視されて7月
「・・・・・・」
「あの、江島、そこのガムテープ取って」
「どうぞ」
気まずい。牛久との誤解ハグ事件より二週間。牛久は誤解は解けたと
言っていたが、俺への江島の態度が明らかにおかしい。
いつもは挨拶すれば毒舌で返されるが、最近はお辞儀一つという
ボディーランゲージだけだ。
廊下ですれ違った時も、すり抜けるように歩く彼女に声の
かけようがない。一応指導担当としての立場があるが今の
現状はまずい。
俺は考えた。そして諦めた。
「面倒臭ぇ、おい、江島!」
「ツッ!なんですかいきなり。大声出して」
俺の大声に一緒に整理をしていた彼女がビクッと身体をすくませた。
「言いたい事があるならはっきり言え。態度が面倒臭い」
「態度が面倒臭いってなんですか。別に先輩と話すことなんて」
「無いなら無いでいい。でも今の雰囲気のままお前と仕事すんの無理」
俺は灰色の床にドカッと座りながら彼女に言った。
「なっ!なんですかそれは。先輩がいけないんじゃないですか」
「は?何が」
彼女が俺の方を向いた。
「何がって・・・それは」
江島が俯く
「牛久と抱き合ってたとこか。あれは俺が悪いんだよ」
「・・・」
どうやらこの件で合っているらしい。
「俺の机にたまに貼ってある付箋。あれを高橋が書いたんじゃねぇかって
牛久が言ったんで問い詰めたんだよ。犯人知ってんじゃねぇのって」
「・・・」
「そしたら「櫻井さんかもしれませんよ」なんて冗談言うから、つい手首
を離したら、棚の方に倒れそうになって慌てて引き寄せたんだよ」
「・・・聞きました」
小さな返事が返ってくる。
ポケットからタバコを出そうとして、そういえば禁煙してた事を思い出した。
「はぁ〜。だったらなんで怒ってんだよ。悪いが俺には
女心はわからねぇ。お前、俺にどうしてほしいの?」
「私は別に」
「じゃあ今の態度やめろ。俺は一応指導担当だし、お前とも仲良く
やってきたいと考えてる。でも俺だけ考えてても駄目なんだよ。
お前も俺と仲良くしてくれねぇと」
もう面倒臭くて眼も開けられねぇ。寝るかな。
ギシ!
「あ?」
床が軋んだ音がした。横に彼女が座っていた。
俯きながら話し出す。
「先輩は・・・櫻井さんが好きなんですか?」
「はぁ?」
なんでここで櫻井さん。
櫻井さんとは同じバイト仲間で今年有名大学に入った女子大生だ。
見た目大和撫子。中身は天然さん。それなのに仕事は完璧。
不思議な女の子だが美人な為、人気がある。
俺が指導したんだが、レジ打ちを二人でやると必ず野郎が並ぶ。
こちらのレジへどうぞなんて言った日は睨まれるのも少なくない。
俺はもちろん笑顔で返すが。
「櫻井さん19歳だぞ、俺は35歳だ。はっ、相手にもされないわ」
俺は自分の身の程位わかってる。185cmの高身長に、
親父の影響でトライアスロンで鍛えた肉体はゴリラのような体型。
おかげで彼女も出来やしない。やっとの思いで出来た、前の彼女は
「やっぱ無理」の一言でイケメンに走って行った。
貢がされるだけで終わったな。
昔の事を思い出すと涙が出てきそうだ。
「先輩?」
江島が俺の顔を見た。
「なんでもねぇよ」
「そうですか。でも好きなんですよね?」
「あ?そうだな、可愛いしな。お前と違って毒舌じゃねぇし」
「先輩・・・やっぱ死んでください」
ゴスッ!
「痛ぇ。何しやがる」
脇腹に衝撃が走り、思わず彼女を睨む。
「知りません。一生一人で生きればいいんです!」
「何で?ちょっ」
立ち上がり部屋から出てく彼女を追う事も出来ず、俺は思った。
もしかして、俺の事好きなのか?
「ないな」
数秒考え、自分の考えが馬鹿らしいと笑ってしまった。
俺は痛む腹を押さえ立ち上がった。
自分の身の程は知っている。
「とりあえず、あいつはデコピン確定だな」
逃げた犯人を追う事が先決だ。
自分の中にあった、彼女への気まずさは消えた気がした。
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