第3話 6月の雨と帰り道デート
あれから付箋は貼られなくなった。
おかしな話だが自分はあの付箋を楽しみにしていたようだ。
6月になり梅雨の時期になった。
付箋が貼られなくなって気にしていた数日も過ぎ、
いつも通りのバイト風景。
「先輩、魂が抜けた顔してますが生きてますか」
江島みさきが、倉庫でDVDの整理をしている俺に声をかけてきた。
「魂抜けてたら死んでるわ、生きてますよ。何か用か」
俺は彼女の方を見ずに整理を続けた。
「・・・先輩、これ落ちてましたよ」
「あ?おうありがとう」
俺は落ちたいたらしい白い紙を拾いポケットに突っ込む。
「あっ」
「ん?なんだ。まだ用か」
「なんでもありません。死んでください」
「なんで!?」
驚いて振り向くと、彼女はもう既にドアから出て行った。
「なんだよ、急に」
俺はどうせ嫌われてるからな。そう思い作業を続けた。
バイトが終わると外は雨だった。
「ヤベェ、傘がねぇ」
今日は急いで出てきたから、天気予報は見なかった。
「この雨だと家までは無理か」
財布の中身を見ながらタクシーを呼ぼうか迷う。
俺の家はバイト先からは遠い。いつもはチャリだから
ラクラク来てたからな。
車は苦手だから持ってない。しがないアパートに
一人暮らしだ。
店の入り口で悩んでいると、
「先輩?テレビすらないのですかお家には」
俺と同じ時間にバイトを終えた江島が話しかけてきた。
相変わらず俺を見下すような言い方だ。
「ああ、今日は急いでたからな。あとテレビはちゃんと家にある」
「そうですか、どうでもいいです」
この野郎、野郎じゃねぇか。
内に沸いた怒りが雨音で冷えていく。
横を見ると赤い傘を持つ彼女が雨を見ていた。
「へぇ」
「なんですか」
彼女は言葉を発した俺に、イラっとしたようで俺を睨んだ。
「いや、別に」
「上から見下すのが好きなんですか」
赤い傘をさした彼女は店の前で俺と対峙する。
「俺の方が背が高いからな」
「足折りますよ」
「怖いんだけど。早く帰れよ」
「・・・・」
俺の言葉に彼女が黙った。
雨の音が続く。
そういえば綺麗だったな。
先程、俺の横に並んだ雨を見る彼女の顔は綺麗だった。
身長差があり小柄な彼女だったが少し離れていたおかげで
整った顔立ちと色白の頬が見えた。寒いのだろう。
色白の頬に赤みが増していた。
いつもは俺に毒舌しか履かない彼女だが、黙っていれば
彼氏の一人や二人できるだろう。
今は目の前で傘をさし俺を睨んでいる彼女を見てそう思った。
「先輩、家どこですか?」
「は?なんで」
「駅まで行くんで送って行ってあげますよ、有料で」
ダメな奴を見るような眼差しで俺に言う。
「いや、いいよタクシーで帰るから」
いつもなら一緒に歩くのやめてくれませんかと平気で言ってくるのに
なんだろうこの生物は。偽物か?
俺の心情も知らずに彼女は
「特別に100円でいいですよ」
と俺に近づき手を出した。
タクシーを拾おうかと財布と相談していた俺はまだ
小銭入れのチャックが開いたままだった。
「いや、だから」
「はい、100円いただきました」
ヒョイっと俺の財布から小銭を抜き取る彼女。
「おい、俺の大事な100円を」
「いいじゃないですか、タクシーで帰るなら、駅まで
行って電車に乗ったほうが安いですよね、先輩」
「いや、そうだけど」
(お前に借りを作るのが嫌なんだよ)
そう思ったが100円をポケットに突っ込んだ彼女は
俺から離れ、雨が降る場所に逃げた。
「はぁ、わかったよ。入れさせてください。お願いします」
「わかればいいんですよ。わかれば」
俺の言葉に気を良くしたのか彼女は俺に近づく。
「先輩が持ってくださいね。」
「へいへい」
嬉しそうに傘を差し出し笑う彼女に、俺は少しだけ
少しだけだけど。
雨の降る中、35歳の男とおかっぱJKは駅までの間、雑談を
しながら帰って行った。
途中で肉まんを奢らされた。
太ってしまえと思った。
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