第11話 押しかけ弟子、巻き込まれに行く

 野次馬をかき分けていく中で、そこかしこで交わされる言葉の端々から目の前の状況がわかってきた。

 状況としては、こういうことらしい。

 鎧兜を身にまとった兵士が二名、お偉いさんが乗る馬車のため、大声で平民たちをどかしていっていたとき、子供が一人、跳ねる球を追いかけてこの通りに飛び出した。

 兜で狭まった視界に、唐突に飛び込んできた球に、兵士は手にしていた槍を振る。

 兵士が振り回した槍は、球ではなく、後ろを走ってきた子供に激突。

 走っていた勢いと相まって、子供はいくばくかの距離を飛ばされてしまい、地面に倒れてからはピクリともしなかった。

 自分の子供が通りに倒れていることに気づいた母親が、慌てて子供に駆け寄ったとき、タイミング悪く馬車の到着を知らせる赤髪が現れた、ということらしい。


「いやぁ、さすがに紋章が掲げられていないんじゃあ、どなたの馬車かはわからないって。大きくて立派な馬車であることはわかるけどさ」


 赤髪の騎士が次の怒声をあげようと口を開きかけたときを狙って言葉を挟む。


「……あ!?今くだらねぇこと吐いたのはどこのどいつだ!」


 地面にうずくまる女性を睨みつけていたからか、赤髪は発言者が俺であることに気づかなかったようだ。


「くだらない?」


 背筋を伸ばし、胸を張り、堂々と見えるよう、ゆるやかに足を踏み出す。


「くだらないことはないだろう。貴き方が紋章を掲げていない。その重大さを一番わかっているのはあんただ、守護騎士クロフト・カーマイン」


 赤髪の男、守護騎士クロフト・カーマインの目を見据えて告げる。

 俺の言葉に、野次馬たちのざわめきが大きくなる。


「……ちっ」


 クロフトは歯噛みするように舌打ちをする。

 守護騎士。

 本来は、近衛騎士の中でも守りが優れた騎士に贈られる勲章のことだったが、いつしか勲章を贈られた騎士自体の呼び名になっていった。


と謳われる守護騎士サマの顔なんて、平民が知ってるわけないだろうに。こんなわかる者にしかわからないアピールをされても、なぁ」


 地面に伏したまま動かない母子とクロフトとの間に割り込むように立つ。

 さえぎるように立った俺に、クロフトの両脇に控える騎士が敵意を向けてくる。

 守護騎士を軽んじるような発言をする俺が気にくわないのかもしれないな。


「顔を知ってるかどうかなんて関係ねぇだろうが!騎士が先ぶれをしている。それがどれだけ重いことか……」


「わかるわけないだろうが。そもそも、あんたらのことを傭兵としか思ってなかったんだ」


 貴種や騎士の常識を訴えようとするクロフトの言葉を遮り、平民側からの認識を伝える。

 クロフトを含め、どの騎士の鎧にも紋章はない。

 目立つような装飾もない彼らを見ても、騎士と思う平民はいないだろう。

 平民からすれば、見慣れている豪商たちが雇っている傭兵たちだと思っていたのだから。

 これも野次馬たちをかき分けていく間に得た情報だ。


「馬車だけでなく、その周りを警護する騎士の一人も紋章を掲げていない。紋章を掲げたら守れませんっていうあんたら騎士の白旗だ。その鬱憤を平民にあたり散らすなんて、騎士として最低だと思わないか?」


 クロフトだけを見据えて、あざ笑うように見下す。


「そんな騎士しかいないのが残念でならないね」


「ああ!?てめぇ、なめた口聞いてんじゃねぇぞ!」


 俺より頭一つ高いクロフトが、顔を近づけてきて見下すように睨みつける。

 歴戦の騎士が発する殺意の余波を受けて、圧倒された野次馬たちが数歩後ろに下がる。

 が、俺からすれば、兄弟子が発する殺意のほうが何倍も恐怖を感じる。


「……小生意気に育ったきだな。シュバルツの末子よ」


 クロフトとにらみ合っていると、不意に聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。

 声が発されたのはクロフトの後ろ。

 後ろにあるのは馬車しかないが、同じく声が聞こえたクロフトは慌てて後ろを振り向き、馬車に近づく。

 クロフトがどいたことによって視界が開け、馬車から顔を出している人物を見ることができた。


「御屋形様!」


「ランルウド候!」


 細面で肌の色は白く、切れ長の眼、高い鼻、さわやかさを感じる口元。

 肩ほどまで伸ばした薄い青の髪はふわふわとしており、頭頂部には髪と同色の毛に覆われた三角の狼耳がある。

 端的に言ってしまえば、獣耳の生えた優男といったところか。

 その優男が馬車から顔を出し、にこやかな笑みを浮かべていたのだ。

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