第2話 押しかけ弟子、依頼を受ける

 この国の名は、リンドブルム王国。

 東の王国、西の帝国と称されるほど国力が高いこの国は、周辺の国を併呑して大きくなってきた。

 とはいえ、国興し、という言葉を受け止めるまで、暫しの時間が必要だった。


「国、ですか。大いに興味はあります。どこぞの新興国家を手中に収められるご予定が?」


「いいえ、そうではございません」


 ディアノーラ・リンドブルム第四王女殿下がゆるやかに首を横に振る。

 首の動きに合わせ、金糸のように見えるきらびやかな髪が揺れ、髪に隠された耳が多少見え隠れする。

 改めて王女殿下の顔を見る。

 笑顔を浮かべれば愛らしさを感じるくりくりとした大きな瞳は、意思の強さを示すような深い蒼色をしている。

 すっと通る鼻筋、ぷっくりとした桜色の唇。

 その艶やかな唇が開くと、一言一句見逃すまいと、視線が吸い寄せられてしまうほどの魅力がある。

 透けるような色白の肌に合わせて染められたとも思えるほど、薄緑色のドレスが映える。


「私が国を興します」


 人は、唐突に認識の外側の言葉を言われると、固まるものらしい。

 王女の魅力的な唇が紡ぐ理解外の言葉に、俺はただただ目を丸くするしかできなかった。


「このリンドブルム王国とは決別し、私が国を興します。カールヒェン様には、そのご助力をいただきたいのです」


 桜色の唇から飛び出た言葉が衝撃的すぎて、理解が追い付かない。

 今、この王女サマはなんて言った?

 リンドブルム王国とは決別して国を興す?

 国を統べる王族でありながら?

 小国家群との小競り合いくらいしか、争いという争いがない王国。

 その王国を統べる王族でありながら、新たに国を興そうとは。

 何がきっかけになってそんなことを思うようになったのか。

 興味が湧いてきた。


「なるほど。王女殿下が国を興される、と。栄えある王国の王女殿下であれば、賢者に近いと目される兄弟子たちのいずれかを招請することもできたでしょう」


 王女殿下が言うとおり、俺は賢者の押しかけ弟子だ。

 賢者に選ばれて弟子になった、他の弟子たちとは違う。

 賢者の知識と蔵書に惹かれ、好奇心と熱意を元手に賢者の居所を探し出て押しかけたに過ぎない。

 そんな俺を騙し討ちのような形で呼び出した理由。

 話を受けるにせよ、蹴るにせよ、それを知りたい。


「なぜ、実績もない押しかけ弟子ごときに、国興しの話を持ち掛けていただけたのでしょうか?」


 俺の問いかけに、王女殿下は悩まし気に目線をそらすも、すぐさまこちらの目をまっすぐに見つめて、口を開いた。


「此度の国興しに、王国の力を借りることができないため、時に苦境を強いられることもありましょう。その苦境を共に過ごす方として、カールヒェン様が適任であると、賢者様よりご進言いただきました」


 賢者の進言。

 それだけで、押しかけ弟子を選んだというのか。

 高笑いするクソ賢者の忌々しい顔が脳裏に浮かんだ。


「なるほど。クソ賢者の推薦、ということですね。いいでしょう。不肖、押しかけ弟子。第四王女殿下のご依頼を謹んでお受けいたします!」

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