賢者の押しかけ弟子とハーフエルフの王女様

カユウ

第1話 押しかけ弟子、王女様と出会う

 王城の外れの中でも、もっとも外れにある応接室には、質素という言葉でも足りないくらい物がない。

 今、俺が座っている三人掛けのソファー。

 木製のローテーブル。

 そして、ローテーブルを挟んだ向かい側にある一人掛けのソファーが二脚。

 家具と呼べるものはこれだけだ。

 王国では珍しい黒髪に包まれた自らの頭を左右に振り、改めて室内を確認するが、先ほどと変わるわけではない。

 座っている俺の右手側には、分厚いだけで、ほとんど装飾のない扉。

 左手側には、庭を眺めることのできる大きな窓がある。

 しかし、その窓には薄手のカーテンしかかけられておらず、物寂しい印象を与える。


「王族に呼び出されたとは思えない応接室だな」


 他の応接室や、貴族の屋敷にはよくある大きな彫刻はもちろんない。

 それだけでなく、小さい彫刻が並ぶ棚も、壁を彩る絵画もない。

 装飾品と呼べるものは、ローテーブルの上に置かれた花瓶と、そこに生けられた花だけ。

 初めて案内された応接室内の確認が終わり、先に提供された紅茶を飲んでいると、ドアがノックの音が耳に入る。

 コンコンコン、とノックされている間に、紅茶を置き、静かに立ち上がっておく。

 すぐさま開けられた扉から、一人の女性、いや、少女が、この殺風景な応接室に入ってきた。


「お待たせいたしました、カールヒェン様」


 少女は優雅なカーテシーとともに、俺の名を読んだ。

 片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の膝を軽く曲げ、背筋を伸ばしたまま上体を前に倒すこの挨拶は、目上の人への挨拶として用いられる。

 だが、一介の男爵家の末子である俺を目上とする者は、使用人や従者くらいしかいないのが一般的だ。

 こんな見事なカーテシーをする少女が、使用人や従者であるわけがない。

 こりゃばれてるかな、と思いながらも、扉に向かって背筋を伸ばしたまま深々と頭を下げる。


「王女殿下とお会いさせていただく栄誉を賜り、光栄の極み。礼儀作法もままならぬ不躾ものをお許しくださいませ」


 遅れて入ってきたメイドが応接室の扉を閉めると同時に、少女がカーテシーを止める。

 ゆっくりとした足取りで俺の向かい側にある一人掛けのソファに腰を下ろした気配を感じる。


「頭をお上げくださいませ。カールヒェン様は賢者様に弟子入りを許された方。私ごとき若輩者とのお時間を作っていただき、ありがとうございます。おかけくださいますか?」


「聡明な第四王女殿下も、そのような戯れ言を本気にされているとは。市井にも通じられておいでなのですね」


 少女、もとい王女殿下の言葉通り、頭を上げ、再びソファに腰を下ろす。

 とたん、王女は笑みを浮かべた。

 その花が咲き誇るような華麗で儚い笑みは、姿絵となって市井に広まっている。

 絵姿の販売量を見るに、第四王女が国民からの人気をもっとも多く集めているのだ。

 とは言え、第四王女が人気なのはその華麗な美貌だけが理由ではない。


「しがない男爵家の末子として召喚された身でございます。そのような者に、聡明な王女殿下がどのようなご用件でしょうか」


 先ほどとは違い、背もたれを使わず、背筋を伸ばしたまま座る。

 王女殿下にはばれているようだが、男爵家の末子として呼ばれたことになっているのだ。

 不遜な態度はとれない。


「カールヒェン・シュバルツ様。シュバルツ男爵家の四男としてではなく、かの賢者様が押しかけ弟子としてお認めになった、好奇心の権化であるあなた様にお伺いしたいことがございます」


 王女殿下の言葉を聞き、盛大なため息をつく。

 騙し討ちに近いことをされたのだ。

 これくらいの抗議する気持ちは出しておかねばなるまい。


「……ははっ、騙し打ちをされるとは思いませんでした。第四王女殿下も絡め手を使われるのですね」


 目の前に座る、王女殿下を見据える。


「ふふふっ、権謀術数渦巻く王宮で、か弱い女が生き抜くための手段ですわ」


 言葉を切った王女殿下は笑みを収め、真剣な表情でこちらの目を見つめてくる。

 その切迫した目の光に、居住まいを正さざるを得ない。


「カールヒェン様、国興しに興味はございませんか?」

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