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空中結像用の装置が等間隔に配置された薄暗い部屋で、玄澤は部屋の中央にある逆円錐型のテーブル上へ浮かんだ半透明の球形のパネルを弄っていた。側には白い曲線と円形による方眼でできた円環があり、何かのシミュレーションを走らせているようだ。
「あんた、ちょっと反応鈍い感じなの?」
玄澤がいった。味気ない扉の前でひしゃげた取っ手を眺めていた神木は、我に返ったように顔を上げた。
「
「いえ……ここでは、よくある事なのかと」
「勘弁してよ。まあ、今だって、超常現象を引き起こすバケモノと二人っきりでも、警戒心は欠片もなさそうだもんねえ。仕事だから割り切れてるのかなあって思ったけど、ヘンなヤツ。
なあ、嫌じゃないの? 超能力者なんかと仕事するなんて」
「それは……。これまでに、異常番号と何らかの関係を持ったことはなかったので、どの対応が正しいのかがわからないのです。漠然とした危険信号のシミュレーションだけで、超能力者がみんな悪い人だなんて〈代理自己〉はいっていませんし、僕はそうは思えませんので」
ただ、ドッペルアバターはそういったが。神木はさち丸が発言しないことを願いながら、床に放り出された機材の数々を蹴飛ばさないように歩き、玄澤の手元を覗き込んだ。
球形の上に、ジオラマのような街が浮かんでいた。映し出されているのは昨晩の旧工業地帯周辺で、所々に青い光のマーキングがされている。その中に一つ、赤い光が見られた。
「これは? 今日の行き先とかですか?」
話題を変えるつもりで、神木は尋ねた。
「そんな感じ。このマーキングは核となる欠陥番号の居場所で、今のところ危険性のないヤツは青色、何かしら悪さをしているヤツは赤色で表示されてる」
「それじゃあ……ここら一帯は、殆ど絶縁都市なのでは」
神木が目を丸くしていると、玄澤は笑った。
「まあねぇ、あんたら秀才番号が
玄澤がマップの表示を消したとき、部屋の奥で物音がした。続けて重い足音が響き、暗がりから男がぬっと顔を出す。赤いネクタイに同じ色のフレームの眼鏡、クセが強くうねった赤毛。長いコートのような上着を羽織った色々と赤い男に、神木は見覚えがあった。
彼は黒い長方形棒の両端にストラップが付いた素材を幾つか脇に抱えていて、それを全て玄澤の隣へ下ろした。
「随分とゆっくりじゃないか。ハザードシンボルはちゃんと始末したか?馬鹿たれ」
緋色の瞳が二人を見る。玄澤は適当に弁解したが、男に軽く背を叩かれ「あっつう!」と声を上げていた。
「馬鹿はお前だよヒロ、その手で触んじゃねぇ。黒焦げになっちゃうじゃあん」
玄澤は片手で上着の背面を摘むと、わざとらしくはためかせた。実際、玄澤の衣服や本人に何かがあったわけではないが、玄澤がパフォーマンス的に大袈裟な仕草をとるのを見て、男は鼻を鳴らした。
「別に、お前は平気だろ。大火傷程度で使いものにならなくなるような兵器が、エリアBの第三討伐隊の殺人番号だって?」
「我々は不用意な事故など起こし得ません。……と、言いたいが、今の自分の状況を忘れたわけじゃあございませんでしょう。何でも燃やしてしまうその計算式には、現在何の制限もございません。お前は今、歩く火炎放射器なんだよ」
赤い男はもういいと言いたげに両手を挙げて頭を振った。素材を一本拾うと玄澤へ押し付け、眼鏡を軽く押さえながら、神木の前に立った。
「神木幸村だな。対策課第三討伐隊の天津尋斗だ。初任務の日だというのに、こんな状況ですまない。コイツに何かされなかったか?」
一瞬玄澤が神木を見る。神木が「いえ、何も」と答えたのを聞くと、今度は天津と名乗った男へ制すような目を向けていた。
天津は数個の素材を拾ってから、ウェアラブルデバイスの埋め込まれた黒いグローブをはめた手で簡単な立体地図を作った。それを二人に見えるように差し出し、注釈を表示させて、最後に指差しで赤色と黄色のマークを一つずつつけた。
「本当はゆっくり話がしたいが、それはまた後で。出発の時間が近い、誠也に代わって俺から任務内容を簡単に説明させてもらう。スキルセーブが不具合を起こす原因だとされる妙な波の発生源について、昨日の不発のおかげでクロを掴めたようだ。討伐対象は《Timidus》、鱗翅目型だが飛べないらしい。反応は「C-9」のゲート付近にある。正面の駐車場は”巣”になっているから、俺たちは連絡通路を挟んで奥にある「C-6」のゲートから入って、なるべく討伐数を稼ぎながら、核を破壊する。単純作業」
玄澤が不服そうに顔を歪める。「この「C-11」ってところからじゃダメかあ? 「C-6」側の倉庫って狭いじゃん、俺こういうところ苦手なんだけどお」
「「C-11」……の倉庫はだめだ、絶対だめだ。昨日お前が壁をぶち抜いたおかげで
「廃工場なのに、人がいるのですか?」
神木が何気なく聞くと、天津は少し唸ってから答えた。
「夜景スポットじゃ、ここらは穴場なんだと」
玄澤は諦めた様子で頷いて「こっち側もぶち抜いたって文句言うなよ」と愚痴り、黙った。
「心配するな、翔。お前には誠也がつく。
神木は俺の担当だが、今日は初日だから、誘導はしなくていい。俺についてきてくれ。
「昨日、少しだけ。プラグコードってものを撃つ為のものなんですよね」
天津は頷くと、地図を消してから奥の部屋へ向かい、その後、漆喰のレンガのような塊を持って戻ってきた。それは彼の手の中で銃型の器械へと変わる。昨晩神木が渡されたものと、同じ形のものだっだ。
「誠也……あー、柊がある程度設定を済ませていると言っていたから、起動すれば使えるはずだ。お前は俺たちが送る情報を元にプラグを選定するだけでいい。色々なものが表示されて視界がうるさくなるから、初めは煩わしいだろうが、一旦起動させるとお前のアクセスコード以外で干渉する事ができなくなる。あまり無闇に触らないように。
あと、レチナレイヤーは起動時に自動で実装される。コーディネートシールとは違って、瞬きの速度や回数は考慮しなくていいよ」
「わかりました。……でもこれ、本当に
そう問われ、天津は一瞬面食らったような表情をしたが、眼鏡を軽く押すと心配ないというように微笑み「大丈夫さ」と答えた。
二人がやり取りをしている間に、支度を終えたらしい玄澤が声を掛けてきた。天津は彼と顔を見合わせ、それから何か合図をすると、天津が扉を開く。
「あれこれ話すより、あとは現場に行って直接体感したほうが早い。さぁ、車庫で柊が待ってる」
天津はお先にどうぞ、といった仕草で退室を促し、玄澤はあくびをしながら部屋を後にした。続いて神木も出ようとしたとき、天津が疲れたような声で呟くのを聞いた。
不祥事を抱えた月勤週は忙しいぞ。彼は苦笑していた。
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