一本でもニンジン

黒猫は、ボロボロの長屋にずっと暮らしていたらしい。

正しいとか、間違っているとか、それはまわりが後で勝手に決めるだろう。

どんな批判も、今、行動する俺の前ではまったくの無力だ。俺はタバコに火をつけて、ゆっくり煙をはき出す。

それから俺は以前のあいつが使っていた丸いちゃぶ台の上に腰かけ、床でタバコの火を踏み消し、数え歌を歌った。歌うなんて久しぶりだな。

一本でもニンジン。二本でもニンジン。三本でもニンジン。

それはどす黒くて赤い、小さなニンジンだった。三本一気に落としたせいか、あいつは泡を吹いてもらしやがった。あいつが気を失ったのを見て、俺は自分の力を感じることができた。もう金も必要ない。次のニンジンであいつはまた目を覚まし、音を出した。

あいつがあんなにわめき散らしていたのに外は静かで、人はただの一人も入って来なかった。

本当の助けがないのも黒猫らしいと言えば納得だ。

今までの人生で一番でかい人の音。うるさすぎて、人かどうかも分からなかった。

そうか、だからこれも黒猫か。俺はそれでバカみたいに笑った。でもきちんとニンジンは数えたよ。

十本の小さなニンジン。

赤いダイコン。

赤いカボチャ。

そしてしまいに、黒猫はみんな野菜になった。

取れたての汚れた静かな野菜。


あぁ、遠くにサイレンの音が聞こえる。


今日は泥が深いなあ。

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歪んだ黒猫 夏目礼人 @summereyes

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