海の中にいる



 いつの間にか、私たちは海の中にいる。いきなり海に放り出されたのではなく、生まれた時からだんだんと海の色へと染まっていくのだ。最初は足先から、次第に色は膝へと登っていつの間にか私たちの体全体を染め上げている。


 海は秩序がある。いつの間にか強いものが現れて、いつの間にか強いものが食物連鎖の頂点に君臨している。私たちは海の中にいる魚だった。ただ何か使命を感じているわけでもなく、日々を惰性で生きている魚だった。その魚の中にも何かしらの使命を感じてひたすら必死にもがいて生きている魚もいるようだったが、私たちにそれは関係なく、私たちは日々を惰性で生きている。私たちは平凡で、凡庸で、どうしようもなく愚かな魚だったのだ。


 そしていつの間にか浸っている海の中から、凡庸なままに生きている魚の群れから、私は抜け出そうとしていた。ただただ必死にもがいて、何か凡庸から抜け出して特別になりたかった。上を見上げると太陽がゆらゆらと優しく光っていて、いつか私もそこへと行きたいと思いながら必死に海から出ようとする魚だった。自分のことが嫌いで、そんな自分をなんとかしたくて、何か特別なものになりたがる魚だった。


 深海へと引きずり込もうとする海流に揉まれながら、私よりも強い捕食者に心怯えながらもただひたすらに太陽へと手を伸ばし、誰よりも空を仰いでいた。そして横を見れば誰かがいた。その魚も私と同じで太陽へと手を伸ばし、海流に揉まれながらも必死に海面を目指している魚だった。そのあなたが隣にいることがとても心地よくて、私はさらに上へと登る。

 私たちはクラゲになりながら、深海魚になりながらもただひたすらにクラゲでも深海魚でも、ましてや魚でもない何かになろうとしていた。互いに傷を舐め合いながら、もたれあいながら登っていたはずだった。

 あぁ、あなたが離れていく。私の短い手では届かない遠い場所まで、あなたは行ってしまう。私はそれを応援したいはずなのに、彼女を引き止めたくて、手を伸ばしてしまう。届かないことに寂しさを覚えながらも、あなたにすがりつきたくて断絶したあなたを抱きしめた。



 あぁ、今すぐにでも会いたい。


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