第213話 御仏へおすがりせよ
伊達晴宗は、深く頭を下げた。
「娘を頼む」
「相わかった。大事に致そう」
芦名止々斎は、心を込めて返答を返す。
その言葉を受けて、晴宗は顔を上げた。その顔は、父の顔であった。
二大東北大名は、互いに真摯な眼差しを絡ませ、しっかと頷き合ったのである。
三角木馬の上で。
レース湯巻き姿で。
「感動的な場面が台無しだな」
希美は遠い目で変態大名ズを眺めた。
己れの為した事の結果とはいえ、なかなかの地獄絵図である。
こんな変態がダブルで父親になる盛興と彦姫に希美は心から同情したが、この地獄のフュージョン変態を生み出したのは希美である。
真に攻められるべきは、希美だろう。
さて、すっかり仲良くなった晴宗と止々斎である。
ハアハアしながら、二人して褒め合いを始めた。
「芦名よ、そのれえす湯巻き姿、なかなか似合うておるぞ?れえすから透けて見える大きく固そうな腿が盛り上がって、えろ気があるではないか」
「伊達こそ、木馬が似合うておる。木馬の背に苛まれながら脂汗を滲ませるその表情が、なんともえろ気があるではないか」
「芦名……」
「伊達……」
二人は無言で見つめ合った。
その束の間の静かな時間を破ったのは、晴宗であった。
「なあ、聞いてくれるか?わしは実は、柴田殿と上杉殿が家族として親しく名を呼び合っておるのが、少し羨ましゅうてな。でも、わしには家族として親しくできるような家臣も友もおらぬ。諦めておったのじゃが、お主とは姻戚になる事じゃし。もしお主さえ良ければ、わしの事を、その……、は、『晴さん』と呼んでもらえぬかの?///」
顔を赤くした晴宗に、止々斎が戸惑いつつも念押しする、
「わ、わしがお主の諱いみなを、そんな風に心安く……。わしなんかが、よいのか?」
「お主がよいのじゃ。同じえろを分かち合える、家族のお主が……」
「わかった。ならば、お主もわしの事を『止(とめ)さん』と呼んでくれぃ」
「と、止さん……。これでよいか?」
「そうじゃ、晴さん」
「止さん」
「晴さん」
「いや、私、何を見せられてるの??」
渾名を呼び合って、はにかむ変態おじさん二人の空気に、希美は耐えられなくなったようだ。
当初の目的である、伊達と芦名の仲裁は果たした事であるし、希美はこのハイパー変態タイムをお開きにしようと声をかけた。
「あー、えっと、お前達は秘密を分かち合って、家族として仲良くなれたし、ここら辺でお開きにしよう!じゃ、お疲れさんっしたあっ」
言いたい事を言い、回れ右して出口に向かおうとした希美は、
「「ちょと、待たれよ!」」
という変態ズの声で足を止め、振り返った。
「ああ、そうだったな!縄を解かねばな。久五郎、お二方の縄を解いて差し上げて?」
「御意っ」
久五郎が早業で二人の縄を解いたのを確認して、希美が「じゃ、後はおじさんのお二人で……」と、そそくさと退出しようとするのを、素早い動きで木馬から降りた変態ズが押し止めた。
その動きたるや、流石に現役武将。常に戦いの中に身を置く男の、目の前の獲物を逃さぬが如き間合いの詰め方である。
希美は、出口付近で捕まり、二人に両肩を掴まれたまま、ずるずると後退させられ、木馬の前に座らせられた。
「な、何?まだ何か用なの??」
希美は、膝を突き合わせるように座り、己れに顔を近付ける変態ズから少しでも遠ざかろうと、上半身を仰け反らせた。
晴宗は、希美が逃げぬように袴を掴みながら、言った。
「わし等は家族になって仲良うなるために、秘密を明かし合ったのいうに、柴田殿だけ秘密を明かさぬのは、ずるう御座るぞ!」
「そうじゃ、そうじゃ。えろ大明神様は彦姫の養父で御座ろう?つまり、えろ大明神様もわし等と家族になるので御座る。家族として、仲良うするのに、えろ大明神様だて秘密も明かさず、れえす湯巻きも着けず、木馬にも乗らぬは、隔意を感じ申す!」
「な、何ぃ……!?」
希美は、冷や汗を吹き出した。
この流れはヤバい。希美にも覚えのある、女子グループによくあるパターンだ。
「誰にも言わないでね」からの三つ子コーデのパターン。
女子ならまだいい。
こちとら、おじさんだ。
目の前の変態ズが希美に期待しているのは、『恥ずかしい性癖披露』と『れえす湯巻き装着』の上『三角木馬』で、仲良く変態ぷれいだ。
なんなら、希美の性癖も付け加えて、三人でさらなるトップオブ変態マウンテンを目指す気だ。
なんという三人ぷれいか。
希美は、気が遠くなる。
とにかく、なんとかこの場を凌がねばならぬ。希美は、戦々恐々としながらも、まずは秘密暴露の内容をマイルドなものにしようと、頭を働かせる。
「え、ええと、じゃあ、私の秘密だよね?あー、私の秘密は……な、なんだっけ??」
三人ぷれいになってもいい性癖なんて、なかなか思い付かない!
悩む希美を見かねた紫が、希美親友のために助け船を出した。
「えろ様の秘密なら、私、昨日の夜に打ち明けられましたわ」
「何!?」
「それは、何じゃ!」
希美は、昨日の夜、紫に打ち明けた秘密を思い出し、青ざめた。
慌てて、制止する。
「ユカ、ストーーップ!!!」
「えろ様、『実は男が好きなんだ』って今さらな事を告白して参りまして。うふふ。それがえろ様の秘密なんだそうですよお」
「のおおおおおおお!!!」
残念ながら、紫は英語を解さなかった。
希美は天を仰いだが、己れの袴を掴む手が、もう一本増えた事に気付き、その手の主をそろりと見た。
止々斎だ。何やらケツ意したような表情を浮かべている。
「そうで御座ったか。えろ大明神様、わし、室一筋で、そこまで男の経験は御座らぬが、家族として仲良くなるためには、共有すべきに御座るから」
晴宗も、ずいと顔を希美に近付ける。
「共有。三人で共有に御座るな……」
「ちょっと?意味が違わない?秘密を共有だよ。私を、じゃないよ?」
希美は後退りしようとしたが、二人に袴を強く掴まれている!
「えろ大明神様、木馬に乗りながら」
「柴田殿、れえす湯巻きを着けて」
「「三人で、家族になりましょうぞ!」」
「ド変態家族はいやじゃあああああ!!!」
希美は晴宗と止々斎をぶちのめすと、手が袴から離れたのを見るやダッシュで出口に走り、障子を蹴倒して走り去った。
無我夢中で走り、館を突っ切り、曲輪を突っ切り、気が付くとお堂の前まで来ていた。
中から、何やら甲高い祈祷の声が聞こえる。
「どっかで聞いた声……」
希美は、そっと扉を開けた。
中には、輝虎がいた。
赤々と焔が踊る護摩壇の前で、奇声を上げながら一心に祈っている。
(ケンさんっていつもは真面目で渋くて可愛いのに、興奮すると声が高くなるよね……。なんか気持ち悪いけど、言いにくいなあ)
希美は、酷い事を考えながら中に入り、堂内の壁にもたれながら猛る焔を眺めた。
輝虎は希美に気付いているのかいないのか、ただ祈念に集中している。
希美はその厳かな空気に、ささくれだった心が落ち着き、身にまとわりついた変態の念が浄化されるような気がして、息を吐いた。
変態製造元は希美であるが、それは今は言うまい。
しばらくして、輝虎の祈祷の声は最高潮に達し、切羽詰まるように益々声が高くなってきた。
(本当に、こんな厳粛な場でこんな事連想するのはなんだけど、めちゃめちゃ声出す男の人っているよね……)
希美の浄化は無理そうだ!
その時、輝虎が一際甲高く叫び、しばし恍惚の表情で虚空を見つめた後、深く息を吐いた。
「どうした、ゴンさん。こんな所へ。伊達殿と芦名殿への仕置きは済んだのか?」
息を整えながら、賢者のような顔をした輝虎がこちらを向いた。
希美は、ほろ苦く笑った。
「済んだといえば、済んだ。仲裁は果たしたし、奴等に仕置きもしたが……さらなるド変態が生まれた挙げ句に、火の粉がこちらに飛んできたから逃げてきたんだ」
「……そうか。同盟に影響せぬなら、それでよいが」
輝虎は為政者だ。他国のトップをほったらかして逃げた事の影響を心配している。
希美も、少しまずいかな?と心配になってきた。
あれだけ無茶苦茶な仕置きをしておいて今さらだが、あれに関しては結果オーライ?だったからよいのだ……??
「よいかどうかはわからん。でもあのままいけば、私はド変態共の穴家族として、取り返しのつかぬ嵌めに陥っていただろう」
「?ド変態共が、伊達殿と芦名殿なら、この婚姻が成った暁には、もれなくお主はあれらと家族になるであろうがな」
「言わないで。避けようがないのは知ってるけど、その事実を直視したくないんだ」
(それに、私の尻をかすがいにしたド変態三つ子家族なんて、悪夢でしかないわっ)
女モノ下着を身に付けたおっさん達が、木馬と希美に相乗りして、三人BL。
そんな阿鼻叫喚属性てんこ盛りなBL、千年ものの発酵エル腐(ふ)レベルじゃないと太刀打ちできないだろう。
希美は助けを求めるように、護摩壇の向こうの毘沙門天像に目を向けた。
毘沙門天は、変態BLなど絶対に許さぬぞ!と言わんばかりに、希美を睨み付けている。
希美はすがる思いで、心の中で祈った。
(私も同じ気持ち、オナキモですぅっ!お助けを、神様仏様!)
希美よ、何故、略したのか。
輝虎は、苦悩する希美に語りかけた。
「己れをもて余した時や悩みのある時は、神仏におすがりせよ。心を無にして、神仏を念じ、身を任せるのじゃ。いつの間にか、身の内に溜まった澱(おり)が吐き出され、心も体もスッキリする……」
輝虎は、邪念の欠片もない清らかな表情で、希美を見た。
(なるほど、神仏と祈りで精神的に交わり、邪念をデトックスして、スッキリ賢者タイムというわけか)
希美は、祈りの本質を理解した。
そこで、希美は思い付いた。
己れの尻を守る方法を。
希美は、キラキラした笑顔を浮かべ輝虎に駆け寄ると、輝虎の手を取った。
「ありがとう、ケンさん!私も、神仏におすがりする事にするよっ」
「おお、ゴンさんも神仏の良さをわかってくれたか!……いや、お主も神仏の仲間であったか」
「いいんだ。私はえろ神とい(う事にはな)って(いて)も、人の身ではあるからな!……ん?ケンさん、汗だくじゃないか。それに、なんか汗臭い?湯を頼んでおいてやるから、汗を流せよなっ」
「ありがたい。護摩を焚くと、色々身の内の毒が吐き出されるんだ」
「ああ、デトックス効果か。良いな、護摩壇デトックス!それだけ汗が出るなら、ダイエットにもなりそうだ。じゃあ、私は行くよ。ついでに湯殿の準備を頼んでくるわー」
「わしは、護摩壇の火の始末をしてから、湯殿に向かった後に、執務に戻る」
「りょーかいっ。じゃあ、後でな!」
護摩堂を出た希美は、迎賓館に戻る途中に出会った猫侍に湯殿の準備を任せてから、迎賓館に戻った。
もしかしたら笑窪御前の元に戻っているかと、晴宗に割り当てた客室に向かったが、まだ戻っていないと聞いて、とりあえず先ほどの部屋に戻ってみる事にした。
ぶち抜いた障子は片付けられ、新たな障子をどこからか持ってきて嵌めたようだ。
希美は、外で待機している伊達家の侍と芦名家の侍の姿を認め、二人がまだこの部屋にいる事を確信し、障子をカラリと開けた。
「伊達殿、止々斎、話がある!」
希美は、未だレース湯巻き姿のまま木馬に乗馬中の変態二人の姿に、軽く崩れ落ちて膝をついた。
変態ズは、希美を見るなり破顔した。
「おお、戻って来られたか、柴田殿!」
「楽しませてもらっておりますぞ、えろ大明神様!」
「た、楽しんでおるなら、何よりだ」
希美は疲れた声で返した。
お仕置きのつもりだったが、最終的に接待のためのおもてなしになったようだ。
これほどに複雑な結果オーライもあるまい。
とはいえ、一応他国の大名をぶん殴った事は謝っておく。
「先ほどはすまんな。殴ってしまって」
止々斎が首を横に振った。
「いや、こちらこそ無理を言ってしまい申した。紫殿からお聞きしましたぞ。家老の吉田殿に操を立てておられるとか」
(ユカ、てめえっ!外堀から埋めるつもりだなっ!?)
希美は、吉田次兵衛派の紫と後でしっかり話し合わねばと心に誓い、「その事に御座る」と話を切り出した。
「実は、私の心に秘めた想いを、家族となるお主達には明かしておこうと思い定めて、戻ってきたので御座る」
希美の真剣な様子に、晴宗と止々斎は顔を見合わせ、木馬を降りて希美の前に居住まいを正して座った。
二人ともレース湯巻き一丁ではあるが。
(私は、女優……!千の仮面を持つ武将!)
女優なのか、武将なのか。とりあえず希美は、ギャマンの仮面(空想)をつけた。
「実は、私には想う相手がおり、そのお方に操を立てているので御座る」
苦悩の表情で吐き出す希美に、晴宗は尋ねた。
「相手は吉田ではないのか?」
希美は適当に目をさ迷わせて、勿体ぶった後、頷いた。
「では、一体誰……?」
呟く止々斎に、希美は告白した。
「御仏……。御仏なので御座るっ……!」
「「「なにぃーーー!!!?」」」
晴宗と止々斎に加えて、誰か別のシャウトが聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。
希美は、告白を続けた。
「私は、神々しき御仏のお姿にすっかり心を奪われてしまったので御座る。しかし、相手はあらゆる煩悩を解脱しているお方。これは、永遠に成就せぬ想い……」
「柴田殿……」
「しかし、私の想いをわかっておいでの御仏は、私に『女犯の禁』を。もしかしたら、あの方も……。それで私に女犯を禁じたのかと詮ない事を思ってしまったりして。解脱しているお方に、馬鹿な話で御座るな」
希美は自嘲した。
「それでもっ、私はあの方以外に体を開くわけにはいかぬので御座る!『御仏は、私が御仏以外に体を開くのを望んでいない』と、そんな一縷の望みをかけておるので御座る。……愚かで御座るが、それが誰とも交わらぬ私の真実(大嘘)に御座る」
室内は、痛いほどの静寂に包まれた。
全てを御仏に任せる。
まさに、これが希美の選択であった。
「えろ大明神様……」
止々斎が、厳しい表情でこちらを見ている。疑われているか?と希美の背中に一筋、汗が流れる。
だが、止々斎はその大きな瞳を潤ませた。
「わかり申した!報われぬ想いを抱えて、さぞお辛いでしょう。わしで良ければ、いつでも話を聞きますぞ!」
「あ、ありがとう……」
嘘だとバレてはいないようだ。
晴宗も、希美に声をかける。
「わしも柴田殿にこれ以上無理強いは致しますまい。柴田殿には、れえす湯巻きや木馬など、真に世話になっておる。何かあれば、いつでも力になり申すぞ」
「あ、ありがとうう……」
希美は罪悪感を感じながらも、我が尻を守るために心を鬼にした。
(よし、この話を広めれば、これ以上他の男にも尻を狙われる事はないな!まさに、御仏の御加護!サンキュー、御仏!毎日拝んじゃうっ)
だが、晴宗はその思惑に待ったをかけた。
「しかし、これが世に出れば、さらに仏教徒からの風当たりが強くなるな」
止々斎も頷く。
「以前お知らせいただいた門徒の件もある。御仏を汚すだのなんだのと、激しく反応する者が一向宗以外にも出てこよう。この話は、我等の胸の内にしまおうぞ、晴さん」
「もちろんじゃ、止さん」
「あ、ありがとう、うう……(がっかり)」
希美の思惑は外れたようだ。だが、新たな火種となるならば、『御仏ラブ話』はここだけの話にせねばなるまい。
(とりあえず、こいつらと穴家族になる未来が消えただけでもよしとするか)
希美は、そう思い直した。
さて、こうして何もかもを御仏におすがりして、尻を守り抜いた希美だが、しきたりにのっとって『おいとま乞いの式』を行い、『出立の儀』でちょっと勿体ぶった後、二日後に無事、止々斎と共に花嫁行列が出発した。
それに合わせて、晴宗と笑窪御前御一行も自領に帰っていった。
ようやく婚礼が片付いたと、ほっとして数日後の事。
希美におかしなすがり方をされた御仏の鬱憤が爆発したかのように、各地の門徒が一斉に一揆を起こしたのである。
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