第208話 暴走と開発計画

「それ、みんな知ってますけど」


「へ?」




紫の言葉に、希美は思わず聞き返した。


「私、男が好きなんて誰にも言って来なかったはずだし、男に言い寄られても拒否してきたんだぞ?」


「何を言ってらっしゃるの、えろ様」


ほほ、と口元を手で隠しながら、紫が艶やかに笑む。


「あれほど、様々な武将方とのがたと浮き名を流しておいて……。それで、どなたを正室扱いとなさりたいのです?やはり『朝柴』で事後の衣を交わした朝倉様?それとも、『家族』と公言して憚らぬ上杉様?私としては、身分は他の方々に劣れど、糟糠の妻である家老の吉田様こそ、最もえろ様の寵愛が深いと思いますの」




希美は、あまりの事態に湯の中に沈んだ。






希美は湯の中で混乱する頭を鎮めながら、状況を見つめ直す。


(浮き名を流す?私が、これまで知り合ってきた武将達と、尻合った事になっているだと……!?)




希美は、バサリと湯の上に顔を出した。




「なんでだよおおーーー!!?」




「えろ様?どうされましたの?」


紫が不思議そうに首を傾げている。


希美は事態を正確に把握する事にした。




「紫、教えてくれ。私は、誰・と浮き名を流した事になっているのだ?」




紫は、噂となっている相手を、端から挙げていった。


上に挙げた朝倉景紀、上杉輝虎、吉田次兵衛は無論の事、他に、




『昔の男』と名高い織田信長、


『えろ大明神の脱がせ役』河村久五郎、


『病み(闇)愛』丹羽長秀、


『距離が二人の愛を遠ざけた』武田信玄、


『近すぎて愛だと気付かなかった親友』滝川一益、


『裸で求婚された』長野業盛、


『主従で柴田勝家の尻を奪い合い、尻の如く三好家を割るか』と噂の三好長慶、松永久秀、


『堕ちた南蛮人枠』ルイス・デ・アルメイダ、


その他、上がるわ上がるわ、希美が絡んだ事のある武将や有名人達が、希美とがっぷり四つに絡んだ事になっている。


なんというヤリマ……いやヤリケツ?なのか。




「ねえ、熊ってなに?『熊を相撲で可愛がり!シコ振っちゃった☆』って、誰だこんな事言い出した奴は?!」




まさかの熊まで……。えろは人の枠を越えた。




「ほほ、それはこの越後えろ女の間で噂になっております最も新しい話に御座いますよ。でも、今日の伊達様の件で、また新たな浮き名が増えます事でしょう。えろ女達が喜びますわあ。ほんに、えろ様はえろ女の生きる糧、えろ女の光に御座いまする」


「ゴシップスター的な存在なんだな、私は……」


希美は頭を抱えた。






希美としては、この時代の不遇な環境にある女達が、楽しみを持って豊かに生きてくれるのは嬉しい事である。そのために自分が貢献するのも、やぶさかではない。


だが、尻で貢献する羽目になるとは―――。




「……はあ。相当拡散しているようだし、もう面倒臭いわ」


ものぐさ希美は諦めた。


だが、ズッ友の紫には、真実を知っておいてもらわねばならない。




「なあ、紫。はっきり言うが、私の尻はまだ誰の侵攻も許した事はない」




紫は目を見開いた。


「なんと……」


「考えてもみよ。尻はう◯こが出る場所だ。う◯こは汚い。私は不潔が嫌いだ。自分のう◯こを誰かに触られるなんて、よほどの事がない限り嫌だ。自分のう◯こを触られてもいい相手なんていな……、いやいない事もないが、一握りである」


(検便の時に調べる人は仕方ないからな!)


「えろ様、『う◯こ』を連呼し過ぎですわ。ですが、わかりました。よほど信頼していないと尻は許さぬ、という事で御座いますね?」


「(信頼できる医師ならばな。そう、大腸カメラなんて)下手な人間には尻に入れて欲しくない」


「それは、わかりますわ。下手な者は乱暴にして、尻の中を傷つけるやもしれませぬ」


「そうだ。ただでさえ、尻にものを入れるなど怖いのに、腸内を傷つけられたらと思うと、恐ろしくてかなわない」


「ふふ……。お尻は初めてですもの。いくら傷つかぬ体といっても、怖がる気持ちはわかりますわ」


「いや、初めてではない。既に三回は(大腸カメラを)入れている」


「まああ!先ほど誰にも侵攻を許した事はない、と仰ったではありませぬか!」


「あれは、いわゆるその、"恋人として"という意味では尻の経験はないという事だ……」


「なんと……!!(ただの発散目的で無理やりされたのかしら!?)お痛わしや、えろ様……」


「何故??」




そっと希美の手を握り、潤んだ瞳で見上げる紫の反応に、希美は困惑している。


だが、紫の脳内は目まぐるしく、ズッ友である希美の幸せになれそうな相手を選別していた。




「ねえ、えろ様。えろ様はどこか、無鉄砲で可愛らしい所がおありになるから、少し年上が宜しいと思いますの。それに、どのような過去も全て包み込むほどの度量と愛。朝倉様はなかなか帰ってこられないし、上杉様は少し潔癖な所がおありでしょ?お尻を許せる信頼の点から考えて、やっぱり、えろ様のご正室には吉田様がふさわしいと思いますわ」


希美の手を強く握る紫に、希美は戸惑いながら返す。


「いやだから、なんでそうなるの!?そもそも次兵衛は、私の姉の夫だから!昼ドラ展開でドロドロ不可避じゃない!てか、私は誰も選ぶつもりはないの!」


「まあ!皆を同じように愛すると?まとめ役がいませんと、それこそドロドロになりますわよ?」


「逆ハーヒロイン展開も望んでねえわ!尻がもたねえ!」


「それは大丈夫かと。だって、えろ様、どんなに攻められても傷つかぬ体ではありませぬか」


「そうだったあ!私の体が、BL【受】チート!!(絶望)」






このままでは、ムーンライト行きかもしれぬ。


希美が白目を剥いたその時、ガタリと湯殿の扉が開いた。




「殿、湯を使われておるとか。某もご一緒させていただいても?」




歴戦の傷痕が眩しい、年季の入った次兵衛のムキッとボディーが、湯けむりの向こうから現れた。




(ドキッ☆やだ、次兵衛の裸、なんか久しぶり……じゃない!ストップBL展開!大体、こいつ、私に確認する前に既に全裸じゃねえか!)




「おま、次兵衛!もう入る気満々だろ、その格好……。私達、けっこう長く入ってるから、もう出るぞ?」




「あ、あ、ああ……あ……」


「え?なに?フ◯ーザ戦で、毎週戦くだけのクソソソの物真似??」


次兵衛は、こちらを見ながら、口をパクパクさせている。




紫が希美に突っ込んだ。


「もう、えろ様ったら。先ほどからう◯こだの、糞だのと……。実は、お好きなのでしょ?」


「断じて違うわっ。えろ教レパートリーにスカを追加する気はない!おい、次兵衛、どうするんだ?入るのか、入らないのか?」


だが、次兵衛はブツブツ呟くばかりだ。


「と、殿が、女と裸で湯に……手を、手を握り合って、密着……!」


「え?ああ、これは……別に百合的な関係じゃ……」




希美はなんとなく次兵衛の言いたい事を察して、紫から離れた。


当人達の意識はともかく、確かに、柴田勝家と紫が裸のお付き合いというこの状況は、端から見たらそ・う・い・う・関係にしかみえない。




次兵衛は後退りした。


「殿、お幸せに……どうか、せめて、御身のために、最後まではなさりませぬよう……。お命に関わります故」


「え?いや、違う。待って次兵衛」




ダダダダッ、ガタンッダダダダダダ……


次兵衛は走り去ってしまった。




希美はポカンと見送る。


「え、なにこれ。恋愛もののテンプレ場面?」


「何をボーっとしているのですか、えろ様!追いかけなさいましっ」


紫が何だか楽しそうに希美を急かす。


絶対に、ワクテカしている。


希美は、冷静に言った。


「別に今追いかけなくても、どうせ後から城内で会うし、誤解はその時解けばいいだろ」


だが、紫は鼻息を荒くして言い募った。


「まあ、なんと腰抜けな!次兵衛様は傷心なのですよ。お慰めしなくてどうするのです!傷心のあまり、出奔でもしたらどうするのですかっ」


希美は紫の爛々とした目を見て、ため息を吐いた。


「お前、絶対楽しんでるだろ……。いいよ、追いかけなくて。次兵衛は私から離れないよ。(義兄だし)」


紫が「まああっ」と興奮して希美に迫る。


「傲慢な発言!愛されている自信がおありなのね?でも、言葉にしないと拗れますわ。良いでしょう。この紫がお二人の愛の架け橋となるよう、一肌脱ぎましょう!」


「いや、お前、マッパだろ。これ以上、脱げないだろうが」


「では、追いかけて参りますねっ」


紫は、ザバッと勢いよく立ち上がると、湯船から飛び出て、全裸で脱衣場を走り抜けていく。


希美が慌てて紫に声をかけた。


「ちょっと!!紫!その格好で城内を追いかける気か!?」


その声が聞こえたのか、紫が戻ってきた。


「そうですわねっ。私とした事が!」


紫は脱衣場に置いてあるふんどしをひっ掴むと、手早く顔に巻き付け、そのまま走り去った。




「そっちじゃねええええーーー!!!」




希美は仕方なく、濡れたまま単をひっ被り、紫の着物を抱えて、ふんどし頭巾の痴女を追いかけたのであった。








途中で紫を見失った希美であったが、前屈みの侍達を目印に、その足跡をたどっていく。


すると、向こうの建物の前で人だかりを見つけた。




嫌な予感がする。




希美は、人だかりの後ろの方から、そっと様子を窺う。


はたして、その中心に、次兵衛と次兵衛の腕を掴んで説得中の紫を発見した。






「ですからね、私とえろ様はあくまでお友達。男同士で連れ立って厠に行ったりするでしょう?それと同じ感覚なのですよ」


「しかし、あのように親密に……」


「これは、ここだけの話ですが、先ほど私、えろ様から『男が好きだ』という言質をとりましたの。ですから、安心して下さいまし。私達は、吉田様が心配するような関係では御座いませんのよ」




「なんだと!大殿は、やはり……」


「柴田様は男好き……」


集まった人々がざわつく。




「おいいいーーー!!!『ここだけ』にどんだけ人がいると思ってんだあっ!!」


「あれ、えろ様」


「殿!?某を追いかけて?」


「違う!このマッパの痴女を追いかけてきたんだっ。」




希美は、人だかりを掻き分けて、紫達のいる中心にたどり着いた。


すぐに紫の体に単を被せ、見守る人々に宣言する。


「皆さんっ、柴田勝家は男好きなんて、嘘!誤解ですっ!だから、解散!もう解散しないと、給料減らすっ!」




野次馬侍達は、前屈みのまま散り散りになった。




紫は希美に抗議した。


「えろ様、なぜそんな嘘を!」


「ユカこそ、何堂々とばらしてんの!?」


「結局、殿は男好きなのか、男好きじゃないのか、どっちなんですか!?」


「男好きですわっ」


「男好きじゃないわっ」


「だから、どっち!!?」


次兵衛は混乱している。




紫はこのままじゃ埒が明かないと、戦法を変えた。


「ねえ、吉田様。私、えろ様から聞きましたのよ。吉田様をどう思っているか」


次兵衛はバッと紫に目を向け、食い入るように見つめた。


「えろ様は吉田様を、『姉上様の夫だから』と仰いました。義兄だから、そういう対象で見るわけにはいかない、と。つまり、義兄でなければ……」


「!!まさか、殿が某を……。わしが一門衆から外れれば……」


「ニュアンスぅーーー!!昼ドラ展開に持ってくの止めろ!おい、次兵衛、あんな頑固者でも姉なんだ。姉上を泣かせたら、許さんからな!」


「左様ですか……」


次兵衛は、心底残念なような、しかしどこかホッとしたような顔をしている。


この時代の武家の夫婦事情は、夫の男色と両立しているがために複雑過ぎる。






それにしてもこのままでは、希美の尻が危機である。


希美は、尻を守るためにも、きちんと宣言する事にした。




「よいか。私は今、誰にも恋をしていない。つまり、正室扱いどころか、側室だの妾だのも作るつもりはない。恐らく、これからも作らんだろう」


「何故です、えろ様。どうしてそこまで、男を拒否なさるのです?」


紫の問いに、希美は答えた。




「尻が大事だからだ。尻を守りたい、それだけだ」




「「尻……」」




二人は、呆然と呟く。


希美は、頷いた。


「いいか?私は、自分も含めて、男の尻に興味はないのだ。私に尻ある限り、絶対に室を作らん。以上だ!」




なんか、無茶苦茶な事を言い放った。


言葉の出ない紫と次兵衛の肩に、希美はそれぞれ手を置く。




「そういう事だ。わかってくれ」




そう言うと、紫に残りの着物を押し付け、希美は湯殿の脱衣場に向かって去っていった。


慌てていたため、現在ふんどし無しでノーフン状態の希美である。


そのままブラブラするわけにはいかないのだ。






希美が去った後、紫と次兵衛は顔を見合せた。




「つまり、えろ様が尻への恐怖を克服すれば……」


「女は命に関わるため無理だが、男はいける、という事か?」


「えろ様の心を、いえ、尻を開かせる必要がありそうですわ。吉田様、最初は尻への恐怖を取り払う事から始めましょう」


「時々、尻にまつわる話を入れるか」


「その後、尻の話の反応次第で、偶然を装って軽く触れるのは如何かしら。段々頻度を増やしていけば、慣れると思うのです」


「しかし、わしは越後を任されていて、ずっとはお傍におれん!」


「では、私が代わりに。えろ様が私に欲情しないのは、湯殿でわかっておりますから」


「ありがたい」


「触れるのに慣れれば、湯殿で背中を流す時にうっかり指を……」






希美の尻を開発する恐ろしい計画が始まろうとしている。


希美の尻を守る戦いは、これからだ!






尻とは別に、芦名止々斎も、カミングスーン!!

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