第204話 女の業
神保氏からの使者、小島職鎮(こじまもとしげ)を見送った希美は、四日後の彦姫越後入りまでに、『越後国内熊狩りツアー』、もとい『一向一揆の注意喚起』を敢行すべく、慌ただしく動き出した。
同行者は、髭女中のてる(下間頼照)と河村久五郎だ。
河村久五郎は、金の具足(ゴールドグソク)の着脱要員でもある。
希美は、上杉輝虎と越後国の地図を広げてツアーのルートを確認した後、それ以外の場所への注意喚起は、上杉の諜報機関である軒猿の皆さんにお任せした。
軒猿は、以前トップだった爺さんが「ご飯はまだかいの?」を連呼し始めたので、解任された模様。
絶対、もっと前からボケてただろう、と突っ込みたい希美ではあったが、新たなトップがちゃんとした忍者らしいので、これからに期待である。
そんなわけで、金のえろを頭上に掲げた希美は、ふんどし頭巾の変態と髭の女装家を連れて、熊や猪を狩りつつ、各地の地方領主やえろ教徒へ注意喚起をし、普通の門徒とも積極的に交流しながら、越後国内を精力的に回った。
えろ大明神が、民のために熊狩り行脚をしているという噂は、商人を通じて越後国内に広まり、希美達が訪れると、既に噂を聞いていた村人達が「きーんえろう!きーんえろう!」の大歓声で迎えてくれるほどである。
ある村などは、噂に尾ひれがつき過ぎて、『えろ大明神は、えろご屋金えろうという商人に扮し、久さん、てるさんという供を連れて世直し旅をしており、人の心に巣食う悪熊あくまに、【金のえろ】を見せつけて浄化した後、それを目撃した子どもの枕元に、夜中にこっそり玩具おもちゃの箱詰めを届けてくれる』という意味のわからない話になっていた。
何をどうしたら、そんな謎の尾ひれがついてしまうのか。
それにしても、えろご屋金えろう。名前に『えろ』が過ぎる。
何にせよ、民の反応は上々だった。というより、『金えろう』の噂が一人歩きしている感は否めない。
どこに行っても、『金えろう』は大人気だが、別の村では子どもがやたら尻を触ってくるので理由を聞けば、『金えろうの尻を触ると、将来えろい人になれるらしい』と言われ、思わず膝をついた希美である。
えろい人には、希美の尻を触らずともなれるような気もするが、子どもの将来の夢が『えろい人』とは、越後の未来が危ぶまれる。
そんな調子で各地の『金えろう』情報のバリエーションに戦きつつ、ほとんど休息無しで越後国内の要所を回った希美は、具足を取り去り、『金えろう』からただの『えろ神』に戻って、彦姫到着の前日午後過ぎに、春日山城の城下町に戻ってきた。
いくら体力のある武人といっても、人間だ。
久五郎も、てるも、ヘトヘトだろう。希美は久五郎達を午後休として、休むように指示し、城下町入り口で解散とした。
といっても、皆の足は結局城方面に向かう。
春日山城下にある希美の屋敷で休もうというのだ。
城下町のメインストリートを、ゆっくり馬で進んでいると、向こうに睡蓮屋が見えてきた。
ふと見ると、睡蓮屋の隣の店舗に大工が入っている。
何の気なしにその店舗に目をやった希美は、大工と話をする人物が自分のよく知った女である事に気付いた。
女は、ふんどし頭巾に、薄紫の着物をきちりと着込んでいる。それなのに、隠せぬ色気。むちりとした尻を、今も通り過ぎた人足達が涎を垂らしそうな顔で、振り返って見ている。
そして人足の一人が、後ろを向いたまま歩いていき、前の屋台に突っ込んだ。
屋台の店主から、怒られている人足のおっさん。
男とは、悲しい生き物である。
元凶となったその女は、久五郎の娘の紫(ゆかり)であった。
「ユカー!こんな所で、何してるんだ?」
紫は、「あれ、えろ様。それに父上と、てる様。お戻りになったのですねえ。お帰りなさいまし」と希美達を見上げて、濡れた黒目で笑んだ。
希美は、紫と話をしようと馬から降りた。
そして、久五郎達に言った。
「先に屋敷に戻っていいぞ。私は、ユカと話してから行くから」
結局、てるは屋敷に戻り、久五郎は「疲れている時こそ、えろですな!」と意味のわからない事をほざいて、睡蓮屋に消えていった。
希美と紫は、立ち話を始めた。
「それで、ユカはここで何をしてるんだ?」
「えろ女の秘密、なんですけどね。えろ様には特別にお教え致しますわ」
「えろ女の、秘密……?」
昭和なエロビのタイトルにありそうなワードである。
希美はなんとなく興味を惹かれ、身を乗り出した。
「このお店は、越後のえろ女の顔役をしている、お万さんのお店なのです」
希美は店先を、ひょいと覗いた。
「へえ。簪(かんざし)や櫛が置いてある。小間物屋かな?」
「はいな。ここは隣の睡蓮屋の遊女とも取引きがありますし、多くのえろ女が集まる、いわば、えろ女御用達のお店なのです」
「なるほどねえ。で、このお店、大工さんが入ってるみたいだけど、なんでユカが大工さんと?まさか、逆ナン?」
「ぎゃくなん?」
「あー、女が好みの男にお誘いの声をかける事。え、まさか、マジ逆ナン?邪魔しちゃった?」
紫と話していた大工は、店の中に引っ込んでしまったようで、姿が見えない。
希美は気まずげに頭をかいた。
だが、紫は、おっとりと首を横に振った。
「ぎゃくなん。素敵なお言葉ですわねえ。でも、残念ながら違いまする。実はここに、『えろ女の秘所』を作っているのですわ」
「『えろ女の秘所』……。なんか、字面がヤバいんすけど、ユカさん」
「ほほ、何をおっしゃっているやらですわ、えろ様」
紫は口元に手を当て、「まあ、こちらへ」と希美を中に誘った。
希美を伴い、店内を通り抜けて奥に進みながら、紫は話し始めた。
「私、このような体で御座いましょう?なんだか、無性に殿方の肌が恋しくなる事があるのです」
「ふんふん」
「それで、大えろ女としてたくさんのえろ女とお話してきて、わかりましたのよ」
「何を?」
「女だって、男と同じように、遊女屋……いえ、『遊男屋』が欲しいという事ですわ」
「ああー……」
希美は、思い出した。
そういえば、現代でも聞いた事がある。女用の風俗店がある、と。
でも、あまり流行らないで潰れた、なんて話も聞いた事がある。
そりゃ、そこへ行くのって勇気がいるし、色々不安だろう。
多くの女子は、一人でラーメン屋に入るのも、一人回転寿司も、一人牛丼屋も抵抗があるらしいのだ。
一人風俗なんて、敷居が高過ぎ高杉さんだ。
「でも、ユカならともかく、女が遊男屋通いなんて、恥ずかしいだろう?顔バレしたら、色々面倒だろうし」
「そう。そうなんです。私とて、武家の女。そこらの男を好きに捕まえて事に及べない身分ですわ。では、私が私だと周囲にも相手にも知られずに、思う存分スッキリするには、どうしたらよいのか」
「とりあえず、ユカがスッキリしたいんだな!で、どうすんの?」
「その答えが、こちらの部屋ですわ」
紫は、御簾で外から見えなく誂えられた渡り廊下を渡って、離れに入った。
離れは、一つの部屋と、一つの部屋をいくつかの部屋に分けたかのような部屋があり、小間物屋からの出入口だけでなく、隣の睡蓮屋方面にも出入口が設けられている。
紫が部屋を開け放つ。
希美は驚愕した。
小分けにされた部屋の壁それぞれに、丸く穴が開いている。
「なんだ、これ?穴が開いてるぞ。変わった内装だな……」
「この穴は、このようにして、使うのです」
紫は四つん這いになり、穴の中に、上半身を押し込んだ。
希美からは、紫の下半身しか見えない状態になる。
紫が尻を振り振り、壁の向こうから希美に言い放つ。
「ようこそ、『女の秘所』へ。ここが、えろ女のための、『壁腰部屋』ですわ!」
「え、エロ本で、見た事あるやつーーー!!?」
希美は、シャウトしながら紫の腰をひっ掴み、ズボッと穴から引き抜いた。
希美がいつどこでどんな理由でエロ本を見たのかはさておき、希美としては、この部屋の使用方法を詳しく聞かねばならぬと、紫を座らせて話を聞く事にした。
「あの、ユカさん、この部屋なんだけど……」
「面白いでしょう?思いついた時は、期待に夜も眠れませんでしたの。早速森部の知己の別宅に作りましたら、皆様に大変ご好評で……」
「既に経験済み!?だ、大丈夫なの?いくら顔バレしないとしても、色々問題が起こるんじゃないの!?ほら、病気とか、避妊とか……!」
「そのあたりは、私共も人を選んでおりますのよ?」
紫は、悠然と構えて答えた。
「ここは、えろ女の中でも、この方なら、と声をかけさせてもらい、厳しい審査を越えて来られたえろ女だけが使える、特別な場所なのですよ。万が一もありますから、本人の意思と決意を確認した後に、ご家庭の調査とご病気の診察をさせてもらい、危険性を理解してもらった上で、ご使用いただいておりますの。お相手の男性の方も同様ですので、安心ですわ」
「いやいや、だって浮気はまずいって」
「大丈夫ですよ。夫がご存命の方やお武家には声はかけませんの。多いのは、もうご結婚の予定がない寡婦の方や、尼様ですわねえ。秘密厳守ですし、以前えろ様が遊女の方々に教えておられた、月のものの周期を目安にした避妊も、ご好評いただいておりますよ。万が一の時の受け入れ体制も用意しておりますのよ。……ああ、でも、子が出来ず夫や姑に離縁されそうな方々が、子種を目的にご利用された事も……」
「うおおおいっ!!私は何も聞いてないっ。聞いてないぞおっ!」
希美は耳を塞いでいる。
紫は笑っている。
「子種が誰のものなのかなんてどうでもよいのですよ。嫁いで、孕む。それでその子はお家の子。母子ともに大切にしてもらえますわ」
「ユカ、それは許されぬ事だよ……」
「知らぬが仏。女は家を守り、子を産むのが仕事なのですよ?それができなければ、価値がない。多くの男は、そのように女を扱うのですもの。孕んで幸せになれるなら、よいではありませぬか。そのような男に義理立てなど、馬鹿馬鹿しいですわあ」
紫の眼は、昏い色を帯び、まるでこの場にいない誰かを見ているようだ。
「ユカ……」
紫はどこか壊れている。
希美は、それを以前から薄々感じていたが、何か発端となる出来事があったのかもしれない。
詳しく聞こうか迷って、希美は口を開かずに紫の手を取り、包み込むように握った。
紫の希美を見る瞳が、揺れている。希美は、紫に微笑んだ。紫も、眉尻を下げて、情けなさそうに微笑み返した。
「ふふ……。酷い事を言ってますでしょう?」
「経験談か?」
「知らぬがえろ、ですわ。えろ大明神様」
「りょーかい」
希美と紫は、もう一度笑い合った。
「えろといえば、この穴の中はどうなってんだ?」
希美は、つとめて明るく話題を変えた。
「入ってみてくださいまし。向こうは明かり障子になっておりますので、明るう御座いますのよ」
「へえ。どれどれ?」
希美はごそごそと穴の中に体を突っ込んだ。体が大きい分、かなりぎっちり嵌まっている。
中は思ったほど狭くない。上の方に明かり障子の窓が設えてあって、確かに明るい。
そして、目の前の壁には、絵巻の一場面らしき男と男が絡み合う絵が、いくつか貼り付けられている。
「ゆ、ユカ?何か変な絵が貼ってあるぞ!」
「気持ちが高まるかと思いまして、『朝柴物語』などの人気場面を貼りました!」
「これ、私なの!?」
「なんだかえろ様によく似ておりますでしょう?」
「いや、わっかんねえ!どっちが私かもわからねえ!この時代の日本の肖像画、みんなのっぺりしてるから、全然わっかんねえわ!」
本当に、どっちが自分なのか?
希美が目を凝らして絵を眺めた時である。
「紫、お師匠様はどこだ?」
カラリと襖が開いた音がし、久五郎の声が希美の耳に届いた。
「あれ、父上。えろ様なら、そこに」
「おおお!!なんと、素晴らしい光景!!でかしたぞ、紫!」
「それは、よう御座いました」
何が『でかした』のか。
希美は、それについて考えないようにして、久五郎に話しかけた。
「お前、睡蓮屋で休んでなくていいのか?」
「休みましたぞ?えろで、疲れも吹っ飛びました!」
「お前は、アホだろう?」
どこの世界にえろで疲労回復するやつがいるんだ。
「ちょっと待ってろ。今、ここから出るから!」
希美は、抜け出そうと体を後ろに動かした。
「あれ?」
抜けない。
ぎっちり嵌まって、抜けない。
「ヤバい。抜けない!」
「お師匠様。わしは抜けますぞ!」
久五郎が、目の前でもがいている希美の尻を凝視しながら、世迷い言を抜かした。
だが、希美はそれどころではない。
「くそっ、どうすりゃいいんだ!?」
「お着物を脱げば、その分余裕ができるのでは?」
紫が提案した。
久五郎が即座に反応する。
「おお、それは妙案だ、紫!では早速!」
「え?おい、待て。私はまだ脱ぐなんて言って……ぬわあああっ!!服があっ!?」
久五郎の早脱がしにより、希美はふんどし一丁にさせられた。
「もう一丁じゃあっっ!!!」
「いやあああああ!!!!」
久五郎により、ふんどし一丁は、全裸鎖へ進化した。
「お師匠様。なんという神々しきお姿か……!えろえろえろ」
「ふざけんな、糞っ!あ、ちょっと待って、抜けるかな?!」
ごそごそごそ。もぞもぞもぞ。
「ああ、少しなら後ろに進めるわ……」
希美がそのまま後ろに進もうとした時、紫の声がかかった。
「あれ、えろ様。そのまま後ろに参りますと、父上の父上が、素晴らしくちょうどいい位置で待ち構えておりますよ?」
「な、何いい!!?」
「紫!父を裏切るか!?」
「ほほほ。私は主を守っただけですわ、父上?」
すぐ後ろにR18のガチBLが!希美は慌てて前方へと体を突っ込んだ。
だが、目の前には、己れが絡むBL絵巻!!
「前門もホモ、肛門もホモ!地獄ううう!!!」
どこに逃げればよいのか。
「うおおおおおお!!!」
混乱した希美は、暴れた。上下に体を揺らし、手足をばたつかせて。
おや?壁の様子が……?
バキッバキバキッ!!バキバキバキバキバキ!!!
「「ああーーーー!!!」」
大工によって、後付けされた壁腰用の壁は、希美によって、バキバキに破壊されてしまった。
「どうしてくれるんですかあっ!!えろ様!父上!!」
「「ごめんなさい。弁償します」」
「当たり前です!迷惑料も存分にお払いなさいな!」
「「はい、喜んでぇ!!」」
激怒する紫の前で、土下座するおっさん二人。
なんだかんだいって、女は強いのである。
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