第194話 猪(ぶた)は進化した

能登国。わしはその能登守護職を代々受け継ぐ、名門畠山家次男、畠山義続として生を受けた。


本来なら、嗣子である兄が家督を継いで当主となるはずだった。


だが、兄は死に、わしが家督を継いだ。




父畠山義総(よしふさ)は名君で知られていた。


家臣達は皆が父の元に国を支えた。それに、七尾城を建設し、あの上杉の攻撃から城を守りきるほどの戦上手でもあった。


いや、それだけではない。


公家や連歌師を迎え入れ、商人や職人を保護し、七尾城下を「小京都」と呼ばれるほどに栄えさせたのだ。


そんな父の跡を継ぐ。


重圧ではあったが、わしは家臣達の期待に応えられると信じておった。


皆、わしについてきてくれると信じておったのじゃ。


父にそうしたように。




現実は、違った。


家臣達は、わしを侮った。


わしの努力は否定され、家臣共の都合のいいようにねじ曲げられた。


皆がわしを馬鹿にする。わしを軽んじる。




「お父上ならばこうしていた」


「お父上ならば、こうはならなかった」


「お父上の頃ならば」


「お父上ならば」


「お父上ならば……」




誰も彼もが、わしを見ないで父を見た。


家臣共は、好き勝手にふるまい、争い、わしの能登国を我が物のように扱い始める。


室達も、わしを見ぬ。表だってはわしを立てる振りをして、子を孕むための道具にしか見ておらぬ。


裏でわしを悪し様に言うておる事くらい、知っておるのだ。 


口では笑うておるが、その目は嘲りの色を滲ませておるのだから。




結局わしは、家臣共の勝手な争いの責任をとる形で隠居して、家督を息子の義綱に譲らねばならなくなった。


なんという屈辱か。


わしがどのような思いで当主の座を降りたか。


それを知ってか知らずか、横で義綱の母である室が喜んでおる。


わしが悔しさを理解もせずに。




そんな折、わしは鷹狩りに出かけた帰り、十ほどの年頃か、どこぞの家臣の幼い娘が馬に乗せてもらっておるのを見た。


危なっかしく、ぐらついておる。


あのまま落ちれば、怪我をするだろう。


わしは何とはなしに、近付いた。




娘はわしに気付き、数名の近習を引き連れた大柄なわしを見て、怯えた目を見せた。




その目に、わしは一瞬でたぎった。


わしを無条件に恐れるその弱さとあどけなさに。


娘は、そのまま馬からずり落ちた。


開いた裾から見える白い太股、落ちて地に伏し泣いておるその弱々しさ、感情をそのままに泣いておる顔、全てに興奮した。


その純粋さを、わしは欲したのだ。




その後、わしは精力的に復権を図った。


うまく家臣等の不満を煽り、年寄衆筆頭格の温井、三宅を謀殺したのだ。


ざまあみろ、だ。


わしを蔑ろにした罰じゃ。


今は、息子の義綱と共に、権力をなんとか取り戻しておる。


だが、油断はならん。家臣等がいつ牙を向くかわからぬからのう。




わしが、本当に癒され、そしていつだって欲しているのは、幼く弱き娘だ。


あれらを眺め、愛で、時に屈服させ怯えさせる。


わしの意のままにな。


室達が嫌悪の目でわしを見る。不快でたまらぬ。


これだから女は、ダメなのじゃ。




女になる前の娘こそ、わしを満足させる至高の存在である―――。










(などと、考えてた時期がわしにもありました)




義続は、脂汗を滲ませながら、太股にぐっと力を入れて木馬を挟んでいる。


三角木馬。


本来は、女専用の拷問具であると義継は聞いた事があった。


義続にお勧めの『えろ』と言われ、この木馬に乗せられて早三日。


最初は苦痛でしかなかった木馬が、今や、耐えて良し、耐えきれずとも良しのたぎりっぱなし状態である。




何より、義続の回りにはたくさんの木馬仲間がいて、皆が切磋琢磨しながら更なる高みを目指しているのだ。


木馬隊の隊長は、七里という元一向宗の坊官だ。


元宗教家として昔とった杵柄だろうか、義続達を言葉巧みに煽り、これまで知らなかった新たな扉へと導いてくれる。


今では七里の励ましも、罵倒も、義続達にとっては、等しく御褒美。




(はふうっ!わしは今、最高に充実しておる!仲間と共に、最高の瞬間を塗り替え続ける。この時間こそが、至高の時(プライスレス)!!)






七里隊長が義続に声をかけた。




「おい、新入り!この猪(ぶた)野郎!気持ち良さそうにフゴフゴ鳴いてるじゃないか!」


「はひい!ありがとうございます!」


「どうだ、木馬は最高だろおっ!?」


「最高でーすっ!」「「「最高でーすっ!!」」」


義続が答えると、何故か他のメンバーも復唱する。


七里は、満足そうに頷いた。


「それなら、次の段階に移っても良さそうだな」


「次の段階じゃと!?」


「ああ!?猪ぶたの分際で、何だその口の聞き方はあっ!次の段階ですか、だろおがっ!」


「もーしわけござらぬう!!隊長、次の段階とは何で御座ろうか!?」


七里は、ニヤリと笑んだ。


「御褒美の追加だ。おいっ、誰か縄と木玉ぐつわを持ってこい!」


「え?」






なんやかんやして、義続は無事に『えすえむセット』をフル装備した。


R15ギリギリスタイルの義続に、七里隊長は言った。


「なあ、猪(ぶた)。お前、わしにこんな風に罵倒されて、どうじゃ?嫌か?腹が立つか?」


「御褒美でっす!」


一瞬の躊躇もなく、義続が答える。


七里隊長は「ふむ」と、義続を見た。


「そこまで仕上がっておれば、更なる高みへは容易に昇れよう。おい、入れろ!」




室内に、尾山御坊で働く女中達がゾロゾロと入ってきた。


そして、義続の姿を見て、顔をしかめる。


「何あれ」


「見苦しいわ……」


「気持ち悪い」


「最低ね」




彼女達は、七里から頼まれて悪口を言いにやってきた女中達である。


希美の元で働く以上、この程度の変態姿など見慣れているし、なんならこんなもの、『えろ教徒』としてはただの修行風景でしかない。


だが、頼まれた以上、彼女達は『ぎやまんの仮面』をつけて、迫真の演技をしてみせた。


七里は、それに同調するように、義続を煽っていく。




「お前の情けない姿を見られているぞ?天下の大名様が、変態行為だ。これが領民にバレたら、どんな目で見られるのだろうなあ?」




女達が、自分のあられもない姿に軽蔑の眼差しを向けている。


己れの心に突き刺さる、辛辣な言葉の数々。


もし、彼女達が室だったら……。家臣だったら……。領民だったら……。




義続の体が、瘧(おこり)のように震えている。


軽蔑の目。嫌悪の目。嘲りの目。


己れを傷つける言葉達。


不快で、不快で、たまらなかったそれらに……、






今は、たまらなく興奮している!!




「は、はあっはあっ、さ、最高じゃあ!見ないで、いや、見てくれえ!もっと、わしを見てくれえ!!そして、思う存分感想をくれえええ!!」


「ふふ……、猪(ぶた)め。悟(さと)ったな」




そう。義続は悟ったのだ。


これまでは、自分を見てほしくて、しかし見てもらえなくて、それが苦しかった。


しかし、嫌だったあの嫌悪の目。嘲りの目。


確かに見られていたのだ。


自分は、どんな形にせよ、注目を浴びていた。


ただ、負の視線に耐えられず、誰も見てくれないと嘯うそぶいていた。




しかし彼は、進化した。


あらゆる種類の視線を悦びに変える最強生物。




『まぞ猪(ぶた)』へと!




悦べない猪ぶたは、ただの猪(ぶた)なのである。




彼の鬱屈は消えた今、ロリコンという性的嗜好は多少残ったものの、女への不信感と少女への嗜虐趣味は消え去った。


そして、悦びへの渇望だけが残る。




(娘に、思いっきり罵倒されたい)




少女を虐めない分、以前よりマシにはなったが、これはこれで問題だった。








その頃、希美は三日前にもたらされた訃報により、溜まった仕事に加え、葬儀に参列するための関係各所への連絡調整に忙殺されていた。




そう。とうとう三好義興が死んだのである。




ようやく段取りがつき、明日には出発できそうだとふと力を抜いた時、希美はハッと思い出した。




「あれ?そういえば、畠山義続(ニセ信玄)、どうしたんだっけ!?」




七里に預けてすぐに訃報の使者がやって来たため、すっかり忘れていたのである。


希美は、すぐに七里を呼んだ。




「お呼びですかな?」


「ああ。実は、畠山義続なんだが、すっかり忘れていてな。お前に預けてから、どうなった?いつ帰ったんだ?」


「まだ、おり申すぞ」


「え?」


「まだ、尾山御坊におり申す。長丁場になる故、あの猪ぶた……じゃない、畠山殿の供にはしばらく御坊で預かる旨を伝え、供の者共々、連日、木馬を堪能してもらっており申す。先ほど、完璧に仕上がりましたぞ!ハッハッハッ」


「……え?ぶた?仕上がり……え?え?」




少しして混乱から立ち直った希美は、慌てて木馬隊の詰め所兼道場に向かった。


はたして、そこには『まぞ猪(ぶた)』として仕上がった畠山義続が木馬と一体化していた。


ケルベロスと見まごうばかりの一体っぷりである。




「は、畠山殿……。これは……」


戸惑う希美に、義続は朗らかに笑った。


「おお、柴田様!いや、えろ大明神様!あなた様のお導きにより、わしは生まれ変わり申した。わしの事は、どうぞ『猪(ぶた)』と罵って下され!」


「うわあ、ナチュラルに、罵られようとしてくるぞ。やべえ。ちょっと、懲らしめるだけの予定が、何故か『まぞ豚』に仕上げてしまった!」


頭を抱える希美に、義継は言った。


「えろ大明神様よ、気に病まれるな。わしはこれで良かったと思うておりますぞ。こうなったおかげで、能登に帰ったら幸せに暮らせそうじゃ。感謝してもし足りぬ。もし、どうしても気に病むのなら、わしを罵ってくれるだけでよいぞ?」


「どうしても、罵られたいのね、この豚野郎っ!」


「はうっ!軽めの馳走、ありがたいのう……」


希美は、天を仰いだ。




義続は言った。


「えろ大明神様よ。そもそもわしがこちらへ参ったのは、武田と神保の事なのじゃ。当主の息子は神保につくと決めたのじゃが、わしは正直迷っておった。武田はえろ大明神様と同盟を組んで御座ろう?あなた様が能登に攻め入るのではないか。わしは、それを探りに来たのじゃ」


「はあ」


「じゃが、既にわしの気持ちは決まった。わしは、えろ大明神様側につくよう、息子を説得してみせまする」


「え!?そんな事したら、武田のストッパー、神保君が!!」


「えろ大明神様、わしがえろ大明神様の傘下に入った暁には、是非、三角木馬隊に!」


「いや、それはいいけど……」


「おお!ありがとう御座います!では、早速に帰らねば。仁山、乙部、参るぞ!」


「「御意!」」


端の方で木馬に乗っていた義続の供が、木馬から飛び降り、義継の縄を解く。


「お世話になり申した。では、急ぎまする故、これにて御免!」


「あ、はい……お気を付けて……」




『まぞ豚』は巣に帰っていった。


「あ、待て!三頭の猪ぶたよ、餞別に『三角鞍』を持っていけ!」


七里が義続を追いかけていく。




一人残された希美は、乗り手を失った木馬と共に、呆然と立ち尽くすのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る