第193話 信玄とニセ信玄

従五位下弾正忠への信長の叙任が終わり、マッスル忍者や公達等に『筋トレの極意』を伝授した希美は、数名の忍者を講師として京に残して、すぐに領地に戻った。


八月も終わりの事である。




加賀に着いた希美は、尾山御坊で留守の間の報告を聞き、希美が戻ったのを聞きつけてやって来た、数々の面会希望者を処理していった。また、緊急ではないため後回しにされ、溜まってしまった書簡にも目を通していく。


妙に武田信玄からの書簡が多い。


希美は、信玄の手紙を日付の古い順に見ていった。






(以下意訳)


「愛する希美へ


越中で新川越えたら、また神保の野郎と戦になったお!


あいつ、上杉が越後でイキッてた時は、『武田さん、マジかっけえ!リスペクト!いっしょに上杉ボコりましょーぜ!』とか言ってたくせに、上杉が柴田家に吸収されて、あいつが欲しがってた越中椎名氏の領地をわしがゲットした途端、急に『武田とか、能登畠山パイセンに比べたらカッペ丸出しの糞田舎大名だし!越中から出てけ、この男色野郎!』などと言い出しおった。


男色は武家の嗜みだし、お互い様じゃね?




早く越中開通して、希美も開通したいです☆」




(……神保氏、マジでがんば!!!そして、私の尻を守って……略して『わた尻』!!)






「愛する希美へ


おのれ、神保の野郎にやられた!


(やられたといっても、わしの尻は無事です。)


やつ等、敗走したと思ったら、勝興寺・瑞泉寺の越中一向一揆を味方につけて、反撃に転じてきおった。


うちの家臣達もだが、寝返ってうちについてくれてた神保民部大夫とか椎名家の重臣神前孫五郎、土肥二郎九郎も討ち取られたお……。


しかもあいつ等、調子に乗って攻めてきおって、新庄城や堀江城も取られた!


だが、わしはこのままやられんぞ。いったん松倉城で体勢を立て直す。松倉城も尻も守りきり、逆にあやつの尻を攻め立ててやるわ!




越中を平らげた暁には、希美も存分に攻め立ててやろうぞ。尻を洗って待っておれよ!」




(……あの腐れセクハラ坊主め、討ち取られてしまえ!それにしても、こいつら、何の戦をしてるの……。尻を守る戦いなの?)






「愛する希美へ


やった。やってやったぞ!


(やったといっても、神保の尻の話ではない。)


同盟を楯にとって、松平に二千ほど兵を借り、奇襲をかけてやったわ。


神保の軍は慌てて逃げおった。


わし等、リアタイ(リアルタイム)で増山城(あやつんち)を包囲中。(笑)


神保長織の首をとったら、塩漬けにして希美にやるよ……。


わしからの愛の証。楽しみにしてくれな!」




(い・ら・ね・えええええ!!!いろんな意味で、いらねえ!どこの首狩り族だっ)






「愛する希美へ


面倒臭い事になった。後ちょっとの所で、能登畠山氏が首を突っ込んできおった。


『神通川以東をやるから、神保氏の射水・婦負の本領を安堵な!』などと、偉そうに!


神保だけでなく畠山まで、わしと希美の恋路の邪魔をしおる。


希美、わしら二人の未来のために能登畠山氏を攻めてくれんか?


わしは、越中神保氏を攻める。


初めての二人の共同戦……。見事成功させて、領地共々いっしょになろう。


二人の初夜には、わしの『えろ風林火山』を……」






バリィッッッ!!




希美は書簡を破り捨てた。


希美の読み捨てた書簡を、上杉輝虎が拾って目を通し、頭を横に振った。


「じゃから、わしはこやつが大っ嫌いなのじゃ。全くもって、相容れぬ」


「激しく同意する。それより玄任、今の書簡が信玄からの最新のものなのか?」


希美に話を振られ、尾山御坊留守居役の杉田玄任は頷いた。


「左様に御座る。噂を聞くに、能登畠山氏の仲介で、武田氏と神保氏は停戦状態にあるそうで」


それを聞き、輝虎が希美に尋ねた。


「もしや、本当に武田徳栄軒の要請を受けて、能登を攻めるのか?」


希美は即座に否定した。


「まさか!むしろ、これを読んで、神保氏を応援したい気持ちでいっぱいだわ。神保氏には、これからも越中で信玄を食い止めて欲しい。永遠にな」




能登攻めを否定した希美に、玄任が意外な言葉を吐いた。


「それはよう御座った」


「『よう御座った』?どういう意味だ?」


不思議顔の希美に、玄任が答えた。


「実は、先触れの者が参りました。能登畠山氏の先代当主畠山義続殿が殿にお会いしたいと、城下の寺に参っているようで御座る」


「はあ?『来たい』じゃなくて、もう城下まで来てるの?!」


「は。どうされますか?」


「どうされるも、何も……。城下まで来てるなら、会わないわけにはいかんだろ。面倒だから、早めに来いって言っといて」


「御意」




希美と畠山義続の会談は、このようにして決まったのである。






次の日の午前中、畠山義続はやって来た。


「おお!そなたが『えろ大明神』と名高い柴田権六殿か!わしは、先の能登守護畠山左衛門佐と申す」




『えろ大明神』と呼ばれるのがはたして名高い事なのかはさておき、希美の目の前に、『武田信玄』が座っていた。


いや、希美が以前知り合い、怪文書を送りつけてくる武田信玄に決して似ているわけではない。


本物の信玄は、どちらかといえば痩身の男である。


だが、目の前の畠山義続は、昔教科書やテレビなどで見た、テンプレの武田信玄公そのものであった。


どっしりとした、いかにも恵体なボディ。暴れん坊なもみ上げ。はげ頭にカイゼル髭。ヤミ金の事務所にいがちな、いかつい風貌。


(超武田信玄じゃん……)




パッと見、信玄よりも信玄ぽい男。それが、畠山義続であった。


そのニセ信玄を討てと、ガチ信玄が希美に依頼してきたのだ。


なんだか、わけがわからない状況である。


だが、そんな事はいい。


彼はお隣さんで、名門の偉いハゲなのだ。どんな人か見極めて、対応しなければならない。


希美は、このニセ信玄と会話を始めた。




「いやあ、加賀を平定してから、なかなか忙しく、ご挨拶にも伺えずに申し訳ありません。畠山殿は某の事をご存じでしたか」


義続は、ワハハと笑って答えた。


「もちろんで御座る!柴田殿は、武人としても有名で御座るが、やはり『えろ』ですなあ!人の欲望を受け入れておられるのは、真に素晴らしい!実はわしも、色事には一家言あり申すぞお」


「へ、へえ~。色事ですか」


ニセ信玄だけあって、ろくな奴ではなさそうだ。




義続は、さらに話を続けた。


「左様!やはり、女は若いに限る!むしろ、幼いくらいが最高に御座る。何もかもが初々しく、小さく、固く閉じたのがたまりませぬなあ」


ガチのロリコンだった。


しかも、語られる内容が気持ち悪い。




そんな希美の気持ちなど露知らず、気分が盛り上がってきた義続は、さらに『わしのかんがえたさいこうのえろ』を披露し始めた。


「柴田殿、わしがこれまでに最も興奮したのは、馬に乗る幼き娘の姿に御座る。露になる足、ちらりと見える裾の奥……。特に触れた時の肌の張りときたら……」




希美と義続の心の距離は、現在無限大である。


このニセ信玄は、まさに本物以上に信玄だった。


欲望に忠実なロリコン権力者は、いけない。ロリコンは、せめて紳士でなければならない。


『ノータッチ』で、なおかつ欲望を心に秘めてこそ、ロリコンは社会的に許されるのだ。(恐らく)




そんな事をぐるぐると考えていた希美は、


「……ですか?柴田殿?」


と己れに問いかける義続に、ハッと気付いた。


「も、申し訳御座らぬ。何の話でしたかな?」


希美とて元営業マン。ひきつりそうになる表情筋と格闘しながら申し訳なさそうにする。


義続は、希美が自分の言を聞き逃した事を、特に気にしていないようだ。


「何、大した話ではない。こんなわしに、お勧めの『えろ』があれば、教えてほしいと話しておったのだ」


「お勧めの『えろ』……。馬が好きなロリコンにお勧め……」


(お勧めだと?むしろ、罰を与えたいくらいで……あ)






希美は、坊官で『三角馬隊』隊長の七里頼周を呼んだ。


そして義続を紹介する。


「この方、馬がお好きらしい。彼に本当の馬の愉しみ方を、『馬は乗せるものじゃなく、乗るもの』だって事を、たっぷりと体に教えて差し上げて」


「御意ィ!!」


「ほう……!楽しみですな!」








その日、義続は馬上から降りる事を許されなかった。





※後書き


武田信玄の肖像画問題について




昔の教科書に載っていた武田信玄の肖像画は、太ったもみ上げ髭おじさんですが、昨今は、別人の肖像画ではないかと言われています。


武田信玄は肺結核だったらしく、それにしてはあの肖像画は太って健康的過ぎ!という意見があるからです。


服に家紋もないし、家紋入りの服を着た高野山持明院蔵の肖像画が、信玄の肖像画として有力視されています。こっちは確かに、痩せてんだ。




じゃあ、あの恵体の肖像画は誰なんだという話ですが、作者の長谷川等伯が能登出身であることや、刀装具の家紋から、畠山義続であるとも言われています。


本話は、このあたりの説を踏まえて、書かれています。






畠山義続のロリコン疑惑について


あくまでフィクションです。


ただ、彼が好色であったという噂もないわけじゃなさそうですね。

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