第191話 クゲジョ限定説法ライブ1563 前編
本能寺の庭で、簾の中から女達が見守る中、男と男が密着している。
言わずとしれた、希美と朝倉九郎左衛門尉である。
『やんごとなき女人』様方からの要応に応えて、『朝柴物語』の名場面を再現中なのだ。
「柴田殿、『もっと熱っぽく朝倉殿を見つめよ』、との仰せに御座います」
簾の内側から『やんごとなき女人』に使える女房(侍女)が、主からの指示を伝える。
希美は、
「ね、熱っぽく……。オッケーわかり申した!」
と指示通り、どアップの朝倉景紀を正面から見据えた。
(私は今、ちょっといいなと思う男を落とそうとしている……。九郎左さんが今夜、『元気一発』したいぜ!という気持ちになるように、九郎左さんをエロい眼で見る!)
希美は、潤んだオジサンeyesで景紀の瞳を覗き込んだ。
景紀の喉がコクリと鳴った。
そんな希美達を、近衛家御用達でもある有名画家、狩野永徳先生が観察しながら紙に筆を走らせている。
狩野先生といえば、希美でも名前を知っている『狩野派』として名高いあの国宝量産巨匠だ。
『幸運どれでも鑑定衆!』にこの人の作品が出たなら、一千万越えは堅いだろう。
こんな人を、BL本の絵師さんにしてしまうとは、『やんごとない』って怖い。
そう考えた希美が、狩野永徳先生の『唐獅子図屏風』をふと思い出して、気を逸らした。
その希美の耳に、景紀の息がかかった。
「殿……!!ペロペロがしたいです……」
「へ?」
景紀は希美のエロい眼により、『ペロペロ(元気一発)』を催してしまったようだ!
ペーロペロペロペロ!!ペーロペロペロペロ!!
「い、いやあああああ!!!諦めたらそこでペロペロ終了じゃけんーー!!?」
「ああっ、動かないで下されっ!まだ絵が!」
「「「「「キャアアアアア!!尊し!尊しいいいい!!!」」」」」
舐め回し攻撃を受けた希美が叫び、永徳先生が抗議の声をあげ、女達が黄色い悲鳴を上げる。
傍で控えている信長と輝虎が、疲れた目をしてその争乱を見ている。
「大殿よ、わしらは何を見せられておるのだろうな……」
「上杉殿、朝倉が終われば、次はわしらの番ぞ……」
「……やはり、女とは関わらぬ方がよいな」
「いや、権六と関わるから、こうなるのじゃ」
信長と輝虎は、顔を見合わせて、ハア……とため息を吐いた。
さて、今回の公家女子(クゲジョ)限定イベント『えろ大明神説法ライブ1563』の開催を余儀なくされた希美は、『やんごとなき女人』の要望を盛り込みつつ、女子限定に考慮してそのプログラム構成や内容、人選や会場設営までを考えていった。
今回の説法ライブには『やん(ごとなき)女(人)達』と女官達が観覧する。
当然その建物は男禁制となるが、要人の警備武士やライブを見たいという高位の公家達の配置も必要となったので、建物や庭より少し向こうに少し粗めの垣根を用意して、垣間見スペースを作る事で、公家男子の要望にも応えるものとなっている。
また、プログラムの内容も少し女子向けにした。
始めは、至って真面目な説法と布教である。
だが、女子には必要不可欠な事だ。そして公家女には、これが欠けている。
希美は力説した。
『湯殿』の重要性を。
『お前ら、臭いんだよっっ!!風呂に入れ!!!』
を、オブラートとオブラートとオブラートに包みまくり、主張したのである。
なんせ、公家のお姫様ときたら、陰陽道かなんかを盲信していて、占い的に良い日に風呂に入るとか、占いでこの日が髪を洗うのに良いだとか、狂った事を抜かすのである。
爪を切る日まで占いを気にする。
とはいえ三日に一度は風呂や体を拭くなどしているらしいが、そもそも公家女の髪が長すぎるのだ。
髪を洗って乾かすのが大変らしい。
それも水で洗うのだから、乾かす間に風邪をひく。
栄養状態が悪い時代だ。風邪は、文字通り命取りになりかねぬ病気なのだ。
よって、公家女は女子としてあるまじき異臭を放つ事になる。
希美はそんな公家女達に、『湯を沸かして髪を洗い、しっかりと水分を拭き取る扇子や団扇で扇いでもらい、早めに髪を乾かす事』や『風邪をひかないためにも、ビタミンやカロテン、肉類を取り入れた温かい食事を取り、毎日日光浴の時間を設ける事』、『手洗いうがい』の基本的な健康習慣から『柴田屋化粧品の売り込み』、上杉輝虎をモデルにした『化粧指導』まで、女子力アップ講座を行ったのである。
次に行ったのは、『やん女(じょ)』たってのご希望だった撮影会ならぬ『写生会』。今、希美と景紀が絡んでいるのが、まさにこれである。
この時代には当然カメラなど無い。そこで、『やん女』達が有名絵師を連れてきて、『朝柴物語』や『織田柴物語(エピソードゼロ)』などの萌え場面を描いてもらうのだ。
ペロペロで大変な目に合った希美だったが、公家女達の盛り上がりは希美の心境と反比例していた。
ペロペロされる希美を見ようと簾極まで女達が押し寄せて、簾から転がり出てしまった女官まで出てくる始末だ。
『やんごとなきお方』との約束で庭から動けない男達の代わりに、慌てて老女官が出てきて、女官を回収していく。
簾の中から、老女官の叱責の声が聞こえてきた。
「あなた方っ、このような端近にまで出てくるなど、はしたない!『源氏物語』の女三の宮のように、殿方にうっかり姿を見られて、無理矢理夜這いされ、孕まされでもしたらどうするのですか!そう、無理矢理夜這いされ……!嫌よ嫌よも……ハアハア……」
「す、周防や?息が荒いぞえ?」
「な、なんでもありませぬ……、ホゥッ……」
「キャアッ、周防様!鼻から赤いものが……!」
「誰か、布を!」
男達は、少々顔がひきつっている。
先ほど、見てしまったのだ。
『周防』と呼ばれる老女官が袖で顔を隠しながら濡れ縁に出てきた時に、女官を助けると見せかけて、男達に顔を見せて舌舐めずりしながら誘う目を向けてきたのを。
(夜這いカモン!!そんなギラギラの眼でした……)
あのような肉食系女官が棲まう宮中とは、噂に違わぬ魔窟である。
だが、あの眼は男を萎えさせる特殊効果があるようで、景紀のペロペロ熱は冷めてしまったようだ。希美は老女官に感謝し、彼女が無事に夜這いされ、無理矢理種撒きしてもらえるように『えろ大明神』である自分に祈った。
その後、武将とは思えぬほど死んだ目の信長や輝虎と、指示通りポージングを決めて、写生会は終了した。
狩野永徳先生がげんなりした顔で下絵の紙に埋もれている。
ひたすら男同士の絡みを見せられ、描かせられ続けたのだ。
精神的にキツかったに違いない。
「だ、大丈夫で御座るか?狩野殿、かなりお疲れなのでは……」
「大丈夫です。それに、ここからが本番です。これからこの下絵をご要望に合わせて、屏風絵や襖絵、壁貼付絵などにしていかなくてはなりませぬ。寝る間など無いでしょう……」
「なんか、ごめん……」
永徳先生の過労死が心配です。
ここで彼が死んだら、数々の国宝や重要文化財が失われてしまう。
希美は、一礼してふらふらと去っていく狩野永徳を心配そうに見送ったのであった。
だが、希美は知らない。
今回狩野永徳によって描かれ、宮中に納められた『BL絵』の屏風絵や障屏(しょうへい)画が、数点現代まで残り、国宝や重要文化財指定を受けてしまう事を。
下絵から精魂込めて障屏(しょうへい)画に起こしていた狩野永徳が、気付けば腐男子として開眼してしまい、その後多くのBL絵を残してしまう事を。
特に『ペロペロ絵』と呼ばれる朝倉景紀と柴田勝家の絡み絵は、15禁指定で教科書や副教材に載せるには不適切という問題もあるものの、狩野永徳至高の作品として国宝指定を受け、今でも腐った人だけてなく、多くの現代人から愛されている。
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