第128話 杉浦玄任勧誘の結末

「この国の今後について話そう」




希美の言葉に、玄任は訝しげな顔をした。


「何故今さら、某とそのような話を?某はこの後、腹を切りまする。それが加賀の将としての最後の勤め。あなた様には、某の首にて、加賀門徒等の命はお助けいただきたく存ずる」


希美は、ギョッとした。


「おい、それは困る!お主には、私の元で加賀の非えろ門徒を束ねてもらいたいし、加賀についての相談役になって欲しいんだ!」


玄任は渋面になった。


「あなた様の事は、神仏として敬う気持ちはあり申す。しかし、某は阿弥陀一仏のみを念じるこれまでの教えを変えるつもりはありませぬぞ」


希美は首を傾げた。


「それは好きにすればいいだろ。なんでそれが私の誘いを断る理由になるんだ?」


玄任も首を傾げた。


「あなた様はえろの神だ。『えろ』の、『えろ』による、『えろ』のための国をお造りになるのでは?」


「ちょっと待て!なんか今、どっかの偉い大統領の素晴らしい御言葉が台無しになった気がしたぞ!?」


「?何を言っておられるのかはわかりませぬが、『百姓の持ちたる国』が『えろの持ちたる国』に代わる。そういう事で御座いましょう?」




頭が痛くなった希美は、両こめかみ辺りをそれぞれ左右の人差し指で、強くぐりぐりした。


希美よ、それは『一休さん』がとんちを考える時にやるやつだ!


だが、希美は気付いていない。安定の阿呆だ。


そもそも一休禅師はあんな事してないだろうし、この時代の人間もどうせ気付かないから、まあ放っておこう。






希美は両こめかみをぐりぐりしながら、玄任をちろと見た。


「いろんな所にツッコミ所があるんだが、一つずつ見解を述べてやろう」




背筋を伸ばしてきちりと座っている玄任とは対照的に、希美は胡座をかいたまま姿勢を崩した。


そして、下からねめつけるように玄任を見て、もの申した。


「まず、その『百姓の持ちたる国』っての、大嘘じゃねえか!完全に『武士の代わりに坊主が支配してみた☆国』だろ。よくこれまで門徒の百姓から苦情が来なかったな!JAROが本気出すレベルの嘘だぞ!」


「そ、それは……この国を武士から取り戻したのは百姓達の一揆だから」


「じゃあ、百姓がこの国を運営してんのかよ。違うだろ?百姓には無理だからって、坊主が統治してんじゃん!それはいいんだけど、なら『坊主の治める国』でいいじゃねーか。そういう所、なんか胡散臭いよ」


「ぐぬ……」




言葉に詰まる玄任に、希美はさらっと大事な事を伝えた。


「ああ、それとな、私はえろ大明神であると同時に織田の家臣だ。この国が私のものになるというなら、それは織田領になるという事だ。そこ間違えんな」


玄任は、眼を剥いた。


「神が、人の下につくというのか!?神仏は至高の存在で御座るぞ!」


希美は玄任の言い分を一蹴した。


「うっせーわ!なーんで神の私がお前等の思い込み通りの行動をしなくちゃならんのだ。神仏はお前等に都合のいい存在じゃないといけないのか?もし御仏が厠に行ったら、『御仏が厠に行くわけないお!御仏からは汚いものなんて出ない!御仏は尊いんだお!』なんて言って、現実否定すんのかよ!」


「ぐ……御仏が厠……」


玄任は悲壮感漂う表情を見せた。




御仏が厠に行ったらいかんのか?


釈迦如来だって仏だが、あの人元々、ゴータマ・シッダールタさんってインド人だぞ?




だが、玄任は納得いかなかったようだ。


御仏が厠に行く、という事に。


「えろ大明神様!御仏は解脱して涅槃におられるのです。厠に行く必要は無いはず!」


希美は怒鳴った。


「んな事、知っておるわっ!!」


「ええー……」


玄任が遠い目をした。




希美は言った。


「涅槃に厠があるかどうかなんてどうでもいいわい!大事なのは、御仏が厠に行ったとして、その御仏の行動の是非をお前等が勝手に決めつけていいのかよって話だ。御仏は、お前等のために存在してるんじゃないし、御仏が人々を救うのはお前等の意向を汲んでるからじゃないだろ?御仏がそうしたいからしてるんだよ。私が加賀の隠れえろを助けに来たようにな」


玄任は、何も言えなかった。




希美は話を戻した。


「とにかくだ。私は私がそうしたいから、織田の家臣やってんの。で、何故か現在、私が加賀を攻め取った感じになってるから、つまりら、加賀は織田領になりつつある。オッケー?」


「お、おっけえ……?」


玄任は、事態を呑み込んだようだ。


顔色が悪いが否やは無さそうである。なんせ現実的に、尾山御坊は希美に屈したのだから。






希美は話を戻した。


「あと、えろの国?んな、いかがわしい国、造るか!即、滅びの呪文唱えるわ」


『バ○ス、バ○ス』と、えろ国を否定する希美の思考は、玄任にとって意外だったようだ。驚いている。


希美は言った。


「いや、えろ教徒達が安心して住める国は造るさ。だが、えろの教えは他との共存共栄だ。えろだけの国なんて、不健康だ」


「不健康?」


理解できぬ、と阿呆面を晒す玄任に、希美は説明する。


「人ってのは、他の違う思考と交じる事でさらに思考が深まるだろ?社会だって同じさ。多様性が社会を発展させる。同じヤツばかりの社会は、停滞して淀みそうじゃないか。近親婚みたいなもんさ」


「近親婚?」


「皆が親兄弟と結婚しないのは、何故か知っているか?」


「畜生と同じとなる忌避すべき行いだからでは?血が呪われるとも聞きまする」


玄任の言葉に希美は頷いた。


「呪われる、か。子供が死にやすくなり、弱くなるって事だよな。でも原因は、オカルトじゃない。血が近い、つまりほとんど『同じ』者同士だからだ。同じ、もしくは近い者同士を掛け合わせると、心身が弱くなる。南蛮の国の王族はバンバン近親婚してるからな。それで、あー……っと、確か今から百年後に生まれるスペインって国の王カルロス二世は、先祖が近親婚しまくったせいでひどい障害を持って生まれた上に子供作れず、その王家は滅ぶんだよ」


玄任の背筋が崩れた。


「百年後の南蛮王家……滅びの予言……!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」


腰を抜かしたようだ。


希美は呟いた。


「まあ、今の日本だって、親兄弟が忌避されるだけで、近い血で結婚しまくってるから、わりと子供が夭折しやすいんだよねー」


玄任の念仏の音量が爆発的に上がった。


「うるせーわ!」


「むぐごっ」


希美は、玄任の傍に行くと、唇を指で摘まんで無理矢理閉じさせた。




「まあ、なんにせよ、これからの加賀には、お主のような非えろが必要なんだ。……いや、お主が非えろだろうが、えろだろうが、私はお主が欲しいな」


玄任は眼を最大限に見開いて、自分を見つめる希美の真剣な顔を瞳に映した。


「お主は、皆が逃げる中、誰かがやらねばならぬ一番損な役回りを引き受けて、文句も泣き言も言わずこなしていた。私は、お主のそういう所が気に入ったよ」


「んがんごむぐむむ……」


「あ、ごめん」


希美は、そっと玄任の唇を解放した。


「えろ大明神様……某をそのように……」


驚くように呟いた玄任の瞳を、希美は真っ直ぐ見据えた。


「生きて私のものになれ、杉浦壱岐守玄任!宗派も何も関係ない。お主という男が欲しいんだ!!」




玄任は、恐い顔をさらに厳めしくさせた。


そして、やおら立ち上がると後ろを向き、ズバンと豪快に衣を剥ぎ取り四つん這いになった。




希美の目の前には、玄任の硬く引き締まった尻が差し出されている。




玄任は四つん這いのまま、希美の方を振り向いて力強く言った。


「某、腹を決め申した!某を、あなた様のものにして下されい!!」




「え……?」




「さあ!一思いにズバッといかれよ!さあ!……さあっっ!」




思考がショートした希美に、武骨な尻が、掛け声と共に左右に揺れながら、にじり寄ってくる。




目の前に、尻が……








「そういう事じゃねええええ!!!」




希美は、傍らに置いていた金のえろ兜を、尻めがけて力一杯フルスイングした。


「のほおお!!」


ああ、玄任の尻に、『えろ』の刻印が刻まれてしまった……




非えろを貫く玄任には、皮肉なケツ末となったのである。

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