第127話 門徒達の熱帯夜 坊官七里は変態や(文末の『や』は詠嘆)
さて、尾山御坊が落ちる前日、合戦後の事から、振り返っていきたい。
『尾山御坊前の合戦に希美がゴールドグソクを装着して乱入した結果、突如地震が起き、気が付けば、敵の大半がえろ化する』
という、何を言っているのかわからないと思うが希美にも何が起こったのかよくわからない事態になり、とりあえず尾山御坊に戻った人達が逃げる時間を稼ぐためにも、次の日に尾山御坊に圧力をかけて籠城させる事にした。
ただし、えろ兵の数が半端無い。
全員は村に入れないし、食料も各自が持ってきた分しか無い。
仕方ないので、希美はボランティア兵二百と加賀国内の地理に詳しい隠れえろ、秀吉を荷駄部隊にして、美濃から食料を持って来させる事にした。
ついでに隠れえろ三千ほどを先発隊として、荷駄部隊と共に美濃へ逃がしてしまう作戦だ。
それ以外の隠れえろ兵等は、尾山御坊前で戦っていた者達の町や村に振り分け、一晩泊めてもらう事にした。
希美がえろ兵の主だった者を集めてその事を伝えた時、寺内町出身の者がおずおずと手を上げた。
「あのう、わしらの家は尾山御坊のお膝元なんですが、大丈夫ですかいのう……」
希美は、軽い調子で言った。
「大丈夫じゃないかな?今頃寺内町から人が消えているはずだから」
「や、焼き討ちですか!?」
寺内町内に住まう者達が不安そうな顔をする。
希美は、笑って否定した。
「なんでだよ。今晩の寝床が燃えてしまうじゃないか」
「では……」
「さっき、えろに転んだ寺内町の顔役達に、『えろ大明神率いる一万を越すえろ兵が、後一刻のうちに攻めてきて、寺内町を焼き討ちするから全員逃げろ』と、町に伝えに行かせた。我らはその後に町に行けばよい」
「もしかしたら、待ち構えておるやもしれませぬ!」
なおも不安を口にする隠れえろに、希美は首を振った。
「無いな。なんせ、尾山御坊の戦力の大半はここにいるのだぞ?一万を越す軍勢に、無駄死にするとわかっていて、少数で挑む馬鹿はおらんだろ。私なら、まず城の守りを固めて籠城するか、町とは反対側の門からさっさと逃げるね」
(もし、これが攻め落とすための合戦なら、町に大軍で押し寄せて、敵が裏から逃げた所を、待ち伏せておいた別動隊に襲わせるけど)
なんだかんだいって、希美も戦国武将二年目だ。
武将らしい思考が身についている。
それに気付き、希美は苦笑した。
「まあ、一刻後に向かおう。町には最初に私一人が入って、罠がないか確認するよ。もし待ち伏せる馬鹿がいても、私なら平気だしな!」
夕刻、希美達はほとんどもぬけの殻となった寺内町に入った。
とはいっても、逃げ遅れたり捨て置かれた町人がちらほら残っており、彼らは皆この世の終わりのような顔をして出迎えてくれた。
ちょっと可哀想になった希美は皆を集め、一晩お世話になる礼として、マイコー若村の完コピダンスを全力で披露した。
「「「「「うおおおおおお!!!」」」」」
大ウケだ。
流石、世界のマイコーだ。
その後、えろも非えろも動ける者は全員、めちゃくちゃ躍った。
カンカンカンカン
「えろえろ♪えろえろ♪阿弥陀仏♪えろえろ♪えろえろ♪阿弥陀仏♪」
「うわ!時衆だ!どこからともなく、えろ時衆が湧いた!」
「隠れえろだ!門徒の隠れえろの中に、隠れえろ時衆が隠れてたんだ!」
「隠れ過ぎィ!!」
もう、わけがわからない。真冬にとんだ熱帯夜だ。
えろも、非えろの寺内町民も、時衆も、皆混じり合い、大笑いで躍り狂っている。
体が動かず家族に捨て置かれた爺が、歯の無い口で「むにゃむにゃ」と念仏を唱えている。
そして、口走った。
「ほ、ほれふぁ、極楽浄土ふぁ……(こ、これが、極楽浄土か……)」
こんなファンキーな極楽浄土に行きたいのかよ、爺さん?
そんな熱い寺内町と呼応するように、尾山御坊内も賑やかであった。
だがこちらの騒ぎは、怒号と悲鳴、人々が急ぎ走り回る足音が主である。
ここ尾山御坊は、外は極楽、内は地獄だった。
尾山御坊。
大阪本願寺のように、空堀や柵などを備えた城造りの寺だ。
門前には寺内町が城下町として広がり、寺というよりは、もう完全に戦国の平山城である。
寺内町で熱い一夜を過ごした希美達は、朝早く町外のえろ兵等を迎えて、この尾山御坊を取り囲んだ。
そして、久五郎等配下に大盾で身を守らせ、自身は身軽な?ゴールドグソク姿で、ぶらりと大手門の前にやってきた。
予想された鉄砲や弓などの攻撃は無い。
不思議に思いながらも、希美は圧力をかけねばと、固く閉じられた門内に声をかけた。
「頼もーう!!」
すると、ギギギィッと呆気なく門が開き、中にはダンディなおじ様執事が「おかえりなさいませ、おじ(ょう)様!」と希美を迎え……
というのは、ただの希美の希望的妄想で、現実は若い坊主達が、その丸めた頭を一斉に希美に向け、朝日の光を頭で屈折させて希美にレーザー照射攻撃しながら、
「お待ちしておりました!」
「えろ大明神様!どうぞ、お通り下さい!!」
と、執事カフェならぬ坊主カフェよろしく、待ち構えていたのであった。
敵を籠城させるはずが逆に、カモン!状態で受け入れられて戸惑いつつも、希美達一行は、尾山御坊内にすんなり入城した。
中でも希美だけが、尾山御坊内の中枢ともいえる立派な造りの御堂に通された。
外観はほぼ城だが、やはり寺院というわけだ。
浄土真宗だから宗教的儀式は無いにしろ、ここでは、日夜坊主達が経を唱え、祈りを捧げているのだろう。
安置された立派な阿弥陀如来の立像は、浄土真宗ならではのものである。
『立ち上がってたら、初動ですぐに信者を救えるぜ!』
そんな、有り難い御仏の御心の顕れだ。浄土真宗の御仏は、アクティブなのだ。
希美が、安置された仏像をぼーっと見上げていると、不意に、
「あなたは、まるで、この阿弥陀如来様のようですな」
と後ろから声をかけられ、ビクッとして振り返った。
そこには、無骨を絵に描いたような筋骨隆々の壮年武士が、真っ直ぐ希美を見つめて立っていた。
「知っておられますか?真宗の阿弥陀如来様が立っているのは、人々を救いたくてたまらず、いつでも御自ら救いに行かれるように立っておられるのです。……まるで、えろ門徒達を助けに加賀までやって来た、あなた様のようではありませんか」
「そ、そうかな?えへへ……」
筋肉武士は強面のいかつい表情のままで語る。
それに対し、希美はどんな反応をすれば正解なのかがわからなかったので、とりあえず照れておいた。
筋肉氏は相変わらず真面目な顔で希美に座るように促すと、自身も座し、自己紹介を始めた。
「挨拶が遅れ申した。其は、大阪本願寺から参っております、杉浦壱岐守玄任と申しまする。先日の合戦にて、下間筑後守頼照の元で軍を指揮しており申した」
「あ、柴田権六勝家で御座る。確か下間筑後守殿が総大将を務められていたと聞いたが、彼はどうした?合戦の後、尾山御坊に戻られたと思うのだが」
「逃げ申した」
「は?」
希美は、目が点になった。
石山本願寺から派遣された下間頼照が、実質的な尾山御坊のトップだったはずだ。
総責任者が、国外逃亡だ。
そして、ナンバー2らしき男が、ここにいる。
希美は、玄任に同情的な眼を向けた。
「全責任を押しつけられたか……お疲れさん」
玄任も、流石に疲れた色を眼に滲ませた。
「主だった僧や坊官、その家族等は、昨日のうちに城を出申した。残ったのは、あなた様の御業に戦いてえろに転んだ者ばかり。……それと、七里頼周」
「逃げなかったの?!」
驚く希美に、玄任は濡れ縁に控えている部下に目配せして、希美に告げた。
「一連の騒動の元凶ですからな。拘束して、罰を受けさせておる所で御座る」
「え?罰?」
玄任は頷いた。
「先ほど連れてくるよう申しつけたので、首をはねるなり、如何ようにも為されよ」
外からガラガラと何かを乗せた荷車が引かれてきた。
希美は外を見て仰天した。
「ふがっ、ふごっ、ぐががっ!」
木玉ぐつわをはめられ、白い単を纏う豊満な肢体に、きつく亀甲紋様の罪人縛りをさせられたセクハラおじさん七里頼周が、なんと、三角木馬に!!
「本願寺では、何が起きてるんだ……?この完璧な品揃え。えろは厳禁だったはずだろ……」
希美は混乱している。
それを聞いて玄任が言った。
「この木の玉は隠れえろが隠し持っていたものですが、便利なものですなあ!猿ぐつわよりも安全で、自決防止にも使える」
「三角木馬は?これもえろが?」
「いや、これは本願寺所有の品に御座る」
「本願寺ェ……」
まあ、戦国時代だ。僧が城持って殺生するんだ。三角木馬だって持っているさ。
希美はそうやって自分を納得させた。
「どうされる?首をはねますかな?」
希美は、七里頼周を見た。
三角木馬という代物は、跨がる所が山脈の尾根のように尖っているため、力を抜くと尖った部分が股に刺さり、自重で悲惨な目に合う拷問具である。
それを防ぐためには、太ももに力を入れて木馬を挟み込み、これ以上下半身が落ちないようにしなければならない。
言わば、強制的に内腿を鍛えるフィットネス器具のような側面も持つ。
だが、それを延々と不眠不休で続けられるだろうか?
当然いつか必ず、終わりは来るのだ。
尖った尾根が、大事な部分にめり込むその時が。
多分、頼周には既にその時が来ているに違いない。
見よ、あの脂汗と苦悶の表情を。
首をはねれば、楽になるかもしれないが……。
「河村久五郎を」
希美は、変態の仕置きを変態に丸投げする事にした。
河村久五郎が僧に連れられてやって来た。
「お呼びですかな、お師匠様」
「うん、あれを見てくれ」
希美の指差す方を見た久五郎は、「ほう……」と感嘆の息を漏らした。
「なかなかの景観で。庭の松の木と厳かな境内に、しまりの無い肉体をきつく縛られた男がよだれを垂らしながら木馬の上で喘いでおる。なんと、通好みな!そちらの御仁の作で?」
「お前はこういうのもいけんのか……」
希美は久五郎のえろ間口の広さに眩暈を感じたが、玄任は表情を変えず「違う」と断じた。
動じぬ男である。
「ただ……」
「ただ?」
久五郎の言葉に引っ掛かりを覚え、希美は聞き返した。
久五郎が言った。
「あの男、木馬に真摯に向き合っておりませぬな」
「なんだと?」
玄任が反応した。
「どういう事だ、久五郎」
「こういう事で御座る」
久五郎はスタスタと頼周の元まで行き、木馬に乗っている体を後ろから抱え上げると、位置を修正して下ろした。
「ふごがほほおおおお!!!」
頼周が暴れるのを、近くに控えていた僧達が両側から押さえる。
「こやつ、少し体をずらして座っており申したからな。ここからが木馬の真骨頂で御座る」
久五郎が事も無げに言う。
「鬼か、てめえは」
希美は、えろの道の苛烈さに戦きながらも、考えた。
(七里頼周を一番憎んでるのは、子供を殺された夫婦だからな。とりあえず、この苦しんでる様でも見てもらって、彼らの意向を聞こう)
希美は久五郎に命じた。
「久五郎、こやつは七里頼周だ。お前に預けるから、こやつに子供を殺された夫婦の前にこのまま連れていって、気の済むようにさせてやれ。後は任せるわ」
「御意に」
ガラガラガラガラ……
変態共が退場していく。
希美はさっさと彼らを視界から追い出そうと、玄任へと向いて言った。
「じゃあ、この国の今後について話そうか」
※追記。
現代にて、ある教授が、史学の講義中に語った事。
「この夜、柴田勝家の踊った不可思議な舞い(マイコー若村じゃくそんのダンス)は、加賀の門徒達に受け継がれ、現代にまで残っています。
この地方の盆踊りや祭りの舞踊に、滑るように後ずさるような動きが見られるのはそのためです。いやあ、まるでマイコー若村の『月歩き』そっくりですねえ」
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