第129話 えろも非えろも、おもてなし!

カンカンカンカン


ギコギコギコ


「おーい、この辺でいいかあー?」


「もうちょい左だあ!……いや、行き過ぎ行き過ぎィ!」




ここは、国境近くの橘村である。北陸道を通って、越前から加賀に抜ける際、細呂宜峠を過ぎてしばらく歩くと見えてくる、加賀国ファーストビレッジだ。


元々その立地から宿駅としての機能を多少は備えていた村である。


加賀国を手に入れてし・ま・っ・た・希美は、希美からの『加賀国ゲットだぜぃ!』という知らせに魂を飛ばしかけた信長から、さしあたっての統治権を、おねだりしてもぎ取った。


そして、まずは新生加賀国の在り方を国内外に広めようと、国の新しい方針を周知する事にした。


何故なら、『えろ尻』玄任が誤解していたように、希美が上に立つ事で付いてしまうであろう『加賀=えろだけの国』のイメージを払拭したかったからだ。


えろと非えろが共存する国。


それが、希美が望む加賀国の形であった。




そのための施策として、希美はこの橘村のような国境の村を改造していった。


この改造とは、村に検問所を設けつつも、加賀国の玄関口の一つとして、入国者の受け入れ体制を整え、現在の加賀がどんな国か知らしめるために行われている。


その一環として、今職人達がつけている、越前方面の街道につながる村の出入り口に新たに建てられた門の看板の文字、




『おいでませ!加賀国は、えろも非えろも大歓迎!!』




は、希美が国内外にアピールしたい、新しい加賀国のスタイルというわけだ。


同時に希美の元から派遣された検問所職員は、国外からの入国者に対し、犯罪者でない限り、歓迎の態度をとるよう教育された。


いや、彼らだけではない。




希美は加賀国のトップに立ってすぐ、国中に『えろ、非えろで差別する事なく、皆で助け合い生きるべし』との触れを出している。


そして、尾山御坊内の倉に残された坊主の潤沢な軍資金へそくりを村々に分け与え、内乱で被害を受けた村への復興支援金とした。


このように、まずはトップが『助け合い』の見本を示した事で、えろではない加賀人達も希美を領主として認め歓迎し、新たな加賀の方向性を受け入れつつあったのである。






そんな中、加賀に観光客を呼ぶための新たな目玉として、尾山御坊阿弥陀化計画、通称『城仏(じょうぶつ)』計画を実行するべく、加賀のえろ女を総動員して巨大な阿弥陀仏の垂れ幕を作らせていた希美は、杉浦玄任から不穏な報告を受けた。




「何?越前から一向一揆勢が、加賀に向けて出兵するだと?」


「はい。どうも、加賀から逃げた坊官共が大阪本願寺に逃げ込んだようで。その後何やら、大阪本願寺より人と物資が越前に集まっておるとの事。どうも、加賀に攻め入る準備をしておる様子に御座る」


希美は信じられぬとばかりに、玄任に尋ねた。


「越前の朝倉氏は、一向宗と敵対してたはずじゃ……」


玄任は、しれっと答えた。


「実は去年より、あなた様を追い込むべく、顕如が朝倉と手を結ぶべく交渉をしておりましたので」


「それって、信長包囲網……勝家包囲網になってんじゃねえか!」


希美は、腕を組んで「ううむ」と唸った。


「大規模な出兵となると、大きな道を通るよな。て事は、鋸(のこぎり)坂(細呂宜峠)を通って、橘村に入るルートか。もう!せっかく橘村を綺麗に改装したのに、焼かれたら困るんだけど!」


玄任は厳めしい表情で、希美に進言した。


「至急、橘村にて迎え撃つ手筈を整えまする。兵はいかほど集めましょうや」


少し考えた後、「いらん」と希美は断じた。


「橘村を捨てて、違う場所で迎え撃たれるので?」


希美は首を振った。


「いや、逆だ。橘村も他の村々も壊されちゃ困る。外国のお客様だ。丁重におもてなしするように村々や各城に通達してくれ」


「もてなす、のですか?」


表情の変わらぬ武骨男、もしくは渋い表情を崩さぬ癖に密かに『えろ尻』を隠し持つ『むっつりえろ』で知られる玄任の、鉄壁の表情が崩れた。


唖然とする玄任に、希美はニヤリと笑みながら告げた。


「戦わぬわけではない。尾山御坊まで村や城に被害を出さずに来てもらうだけだ。だから、Xデーにはここに全戦力を集結させてくれ。あんまり早く来させないでくれよ。食料が足りなくなるからなあ」


「はあ……」


いまいち呑み込めない様子の玄任の肩を叩きながら、希美は安心させるように笑った。


「大丈夫だよ。今うちには、ケンさんも藤吉もいないから、将が少ないんだ。将がいないのに、徒いたずらに戦力を分散する事態を招くより、一気に片付けられるこっちの方が、指揮系統が乱れなくていいんだよ」


「一揆だけにな……」と呟く希美を、玄任は完全無視した。




その輝虎だが、先日の地震の震源地が会津辺りだという事がわかったので、希美が一応目付け役の秀吉をつけて、安宅湊から海路で送り出したばかりであった。


信長には与力を頼んでいるのだが、まだ人選が決まっておらぬらしい。


(うう……管理職候補、募集中……。変態も受け入れるアットホームな職場です!)


野々市城にいる元加賀国主一族の没落武将、富樫晴貞さんがチラチラ見ているぞ!


だが、こいつ、まだ加賀トップへの返り咲きを微妙に狙ってるっぽいから、使えないんだ。


希美は信長に、『一向宗フューチャリング朝倉軍』侵攻の残念なお知らせを書き送り、再度、与力の催促おねだりをしたのだった。








とまれかくまれ、玄任の報告から五日ほど後の事だ。


とうとう、越前国から、朝倉軍が一揆勢とコラボしてやって来た。その数一万。


その半数以上が、大阪本願寺がかき集めた一向門徒だ。


総大将は、越前国守護朝倉義景御自らが務めている。


その下に、大将として従兄弟で家臣の朝倉景鏡あさくらかげあきら、朝倉景隆を率いていた。




朝倉義景は高揚していた。


「まさか、あれほど手こずらされた一向宗の門徒共を我が戦力とできるとは……。くくく、門徒共を使えるから、朝倉の兵を領地にて温存できるし、加賀大聖寺城を切り取る約定もある。いや、面白き事になってきおったわ」


景隆が悪い顔で言った。


「殿、まさか大聖寺城だけで満足されるわけでは御座いますまい?」


義景はくつくつと笑った


「当たり前よ。尾山御坊を落とした暁には、わしが加賀をいただく。総大将はわしじゃ。そのまま加賀に居座って、支配する。何、その頃には門徒とえろ門徒は潰し合いで数を減らしておろうし、領国には充分国を守れるだけの戦力がある」


「まさに、漁夫の利で」


景鏡がニヤリとした。




三人でひとしきり笑った後、義景は独りごちた。


「そら、橘村が見えたぞ。まずは、あの村を蹂躙してやろう」


朝倉軍は歩みを進め、村の入り口にさしかかった。




「な、なんじゃ、こりゃあ……」


義景は何度も目をこすってその景色を見た。






村の入り口には門のようなものが設けられ、門の屋根には、


『おいでませ!加賀国は、えろも非えろも大歓迎!!』


と書いてある。


そしてその下をくぐっていく兵達に、村人達が笑顔で「いらっしゃいませー!」「ようこそ、加賀へ!」と歓迎の言葉をかけている。


また、何人もの村人が「喉が渇いたでしょう」と、瓶から柄杓で水を汲み、兵達に次々に飲ませていたのである。






結局朝倉軍は、橘村を蹂躙する事なく、次の日には村人に見送られながら、なんだかほっこりした気持ちで尾山御坊に向かった。


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