第108話 疑惑の男
※やだ、煩悩の話数だわ……(笑)
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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『私達、夫婦になります!』
彦姫の急な方向転換に、希美は虚を突かれた。
鼻から垂れつつ、衣と畳に染み込もうとするほうじ茶を手縫いで拭きながら、希美は若い二人に問うた。
「そ、それはめでたいが、何が起こったのだ?私が言うのもなんだが、彦姫の気持ちは別にあったのでは?」
その問いに彦姫が答えた。
「私が一番お慕いしておりますのは、今でも権六様に御座いまする」
「え?!いやいや、じゃあ、なんで?」
彦姫は少し目を伏せた。
「私にも葛藤はあったので御座います。権六様の最愛のお方は上杉様。仲睦まじいお二人を見るのは、楽しくは御座いましたが、やはり辛かった。そんな中、変わらず私を愛してくれたのは芦名様で御座いました」
(ぐ……自ら招いた事だけど、ケンさんとBL認定不可避!)
「権六様は我が母をご存知でしょうか」
「いや、会った事は無いし、知らぬな」
「我が母はその昔、父とは別の男に輿入れする筈だったのです。しかし輿入れの際、花嫁行列を我が父に襲撃されました。父は母を愛するあまり、軍勢を動かし無理やり母を強奪したので御座います」
「マジか!伊達晴宗さん、ぱねえっすね!!」
「母は、それほどまでに自分を愛してくれる父ならば、と父と共に生きる事を決めたそうです。母は『愛してくれる人といっしょになる事が女の幸せ』だと常日頃から語っておりました。私は、この所芦名様を見るにつけ、その言葉を思い出すように……」
「あー、確かにそれはよく言うよな。私の友達も、そう言って結婚決めてたなあ」
(離婚したけど)
「そんな折、芦名様に石牢に誘われました」
「ん?石牢?」
話の雲行きが怪しくなってきた。
「芦名様は、自分が如何に女の私を尊重しているか証明してみせると言われ、私に鞭を渡すと『今から鎖に繋がれるので、いくらでも叩いてくれ。わしは、それを喜んで見せよう』と。そうして、何やら丸いものをくわえ、自らをお繋ぎに……」
「おい、盛興い!お前、何やってんの?!」
絶対、自分が悦びたくてやったに違いない。
それを彦姫への愛の証にするとは……。やはりこやつも戦国武将。なかなかの策略家である。
彦姫は話を続けた。
「私は、試しに一度叩いてみる事に致しました。すると、本当に喜んでおるのです!」
「でしょうね!!」
「何度叩いても、芦名様はヨダレを垂らしてお喜びに……。私、なんだか面白くなってきて、……気が付いたら、『この人かもしれない』と思っておりました」
「わからん……。何をどうしたら、そこに運命を感じるのかがわからん……!」
希美は頭が痛くなった。
これも芦名の血の呪いなのか。
希美は、(まあ、幸せならいいか!)と考える事を止めた。
しかし、彦姫は切なそうに希美を見つめている。
「『二番目に好きな人と結ばれる方が、うまくいく』とも申します。そういう意味でも私の運命の相手はこの方と思い定めました」
「し、幸せ?なのか、これ??盛興、お前、これで本当にいいのか?」
女は残酷なまでにリアリストな面があるのは確かだ。
ただ、普通こういう話は、女子トーク内で止めて封印してしまう内情の筈なのだが、彦姫は本人の前でぶっちゃけ過ぎだ。
だが盛興は、ひと味違う男だった。
「わしの運命も、この女に間違いありませぬ。このようにわしの心を抉って夢中にさせる女は彦姫のみに御座います!」
彦姫は、盛興を見てどこか嗜虐的な笑みを浮かべている。
(なんだ、これ……)
多分、他人には理解できぬ二人の幸せ、というやつなのかもしれない。
これまで平行線だった二人を、こんな形でくっつけてしまう石牢とは……
石牢には、変態結びのご利益でもあるのかもしれない。
希美は目頭を揉んで心を落ち着かせると、二人に言った。
「では、私から芦名と伊達に、この旨について書状を書けばよいな。彦太郎はどうする?伊達に戻るか?」
「その事なのです、権六様」
彦姫が憂い顔を見せた。
「父はあなた様を縁戚にしたいがために、私がこちらに来る事を許して下さったので御座います。ですが、私が心変わりし、権六様が縁戚とならなければ……」
「ああ、怒って芦名への輿入れに反対する、もしくは私に言いがかりをつけて、無理にでもこちらに輿入れさせようとする……か」
「その通りに御座います」
二人が心配そうな顔で希美を見ている。
希美は、深く息を吐いた。
そうして、決めた。
「よし、伊達パパと芦名パパを呼ぶか!」
ネゴシエーター希美の誕生であった。
稲刈りと芋類の収穫が終わった十月某日、春日山城の一室では、四人のおじさん武将が膝を突き合わせていた。
その面子は、伊達晴宗、芦名止々斎、上杉輝虎、そして希美である。
領地を接する大名同士が揃ったのだ。かなりピリピリとした話し合いになっているかと思いきや、そうでもなかった。
皆、希美手製のトランプによる『大富豪』ならぬ『大大名』に夢中になっていたからである。
「じゃあ、伊達さんは止々斎のとこにはどうしても嫁がせたくないの?ほい、六の二枚組!」
「わしは、柴田殿と家族になりたいのよ。だから、彦姫の自由にさせた。それに芦名は信用ならん。何やら戦仕度をしておるようだしのう……七の二枚じゃ!」
「酷いですなあ、伊達殿。天文の乱の折には、わしがお味方したからこそ、お父上に勝って伊達の主となれたのではありませぬか。わしに、二心など御座らぬぞ。……そおれ、お主等を『八丈島に島流し』じゃ。そうして、十の四枚、『一向一揆』じゃあ!!」
「うわああ!!皆、『百姓の持てる国』に!一向宗めえ!やはり越後では、一向宗禁制じゃあ!」
「おのれ、芦名!これじゃから、お主は信用ならんのよ!どこを攻めるつもりじゃ?伊達うちか?伊達うちなのじゃろお?!」
「落ち着け、皆の衆。止々斎よ、お主はまだまだ甘いわ。十二の四枚、『一揆鎮圧』よ!!」
「ぐはあっ!!えろ大明神様、酷いで御座る!」
「攻め過ぎたな、芦名よ。もう強き将は残ってはおるまい……」
「芦名、ざまああああ!!!……柴田殿、やはり頼りになるお方よ。是非、家族に!」
なんだかんだで、皆楽しそうである。
ちなみにこの勝負の結果は、
一番上がり『大大名』……伊達晴宗
二番上がり『大将』……上杉輝虎
三番上がり『足軽』……希美
ドベ『浪人』……芦名止々斎
となったが、希美は地方ルールを発動させた。
「じゃあ、ケンさんは最初の勝負で大大名になったのに、今回また大大名になれなかったから、『都落ち』で『浪人』ね。私と止々斎は繰り上がりまーす」
一番上がり『大大名』……伊達晴宗
二番上がり『大将』……希美
三番上がり『足軽』……芦名止々斎
ドベ『浪人』……上杉輝虎
「な、なんじゃとお!?」
輝虎が崩れ落ちた。
「なんという栄枯盛衰か……」
「まるで、平家じゃのう」
晴宗と止々斎は、輝虎を憐れみの眼で見た。
項垂れる輝虎を尻目に、希美はトランプを回収しながら、話をまとめた。
「つまり、伊達さんは私と縁戚になりたい。止々斎は、彦姫を嫁にして伊達家と繋がりを持ちたい。私は、彦姫と盛興を夫婦にさせたい。こういう事だよね」
「うむ」
「左様に御座る」
晴宗と止々斎は、頷いた。
「じゃあ、柴田家うちが彦姫を養女にとって、うちから輿入れさせればどうよ?伊達さんと私に繋がりが出来、私を介して芦名家は伊達家と繋がる。これなら丸く収まるんじゃない?」
「ふむ、ならば、良し」
「良き思案に御座る!」
晴宗も止々斎も、納得したようだ。
希美は止々斎をちろりと見た。
「で、戦仕度はどこを攻めるんだ?」
止々斎は、にやりと笑った。
「なに、伊達の領地は攻めませぬよ」
(こいつ、怪しいぞ。一悶着あるかもな)
戦国武将なんてものは、油断がならない。やたら領地を拡げたがって、親戚同士で争うなど、ざらだ。特に芦名止々斎はやり手である。
希美は火中の栗を避けて通る事にした。
「ただし、伊達と芦名が争ってもうちは動かないし、こっちに火の粉がかかってきた場合、容赦なく切り取りにかかるからな。うち、軍神いるから気をつけて戦しろよ!」
希美の言葉に晴宗と止々斎が何か言いかけた。
が、その前に輝虎が割って入る。
「おい、このままでは終われぬ!もう一勝負じゃ!」
「いいけど、浪人スタートだから、一番いい札を二枚伊達さんに渡すんだぞ?」
「そうじゃった!!」
晴宗と止々斎にごねる間を与えず、有耶無耶にして希美の意見を通す、輝虎のフォローであった。
その後、希美等はもう二勝負ほどしながら、輿入れについて具体的に詰めた。
そうして、一旦解散となったのである。
いろんな意味で白熱した話し合いが終わり、部屋から出た希美は、晴宗に呼び止められた。
「家族となる柴田殿に、折り入って頼みがあるのじゃ」
晴宗は、そう言った。
希美は警戒したが、その内容は可愛いものだった。
「柴田殿はえろ教の女の手仕事として、女物の美しい下着を作らせておるとか……。室にと求めようにも、なかなか我が領まで商人が参らず手に入らぬ。どうか、わしに売ってはいただけぬだろうかの?」
「ああ、レース湯巻きの事な。構わぬよ」
希美は軽く請け負った。
晴宗は、嬉しそうに破顔した。
「家族割引は効くかの?高価と聞いておる。これからも継続的に購入する故、安くしてもらえるといいのだが」
(家族割引……まさか、奥さんにプレゼントするレース湯巻きが目的で、家族になりたがったのだったりして)
そんなアホな事を考えてしまい、希美は自嘲しながらも商談を続けた。
「そうだな。ならば縁もできた事だし、初回は半額で譲ろう。その後は、二割引きで如何か?」
「かたじけない!……ああ、実はな」
晴宗は少し言いにくそうに希美の耳元に顔を寄せた。
「わしの室はちと大柄でな、腰回りはわしと同じくらいなのじゃ。大きめに作ってくれぬか?」
希美は、昔の自分を思い出し、大いに奥さんに共感した。
「勿論だ。後で伊達さんの腰回りを測りにいくから、それで作る
よ。奥さんが好きな柄はあるかい?」
「そうさな。……芙蓉の花が好きじゃ」
「了解!じゃあ、部屋で休んでいてくれ」
「わかった」
晴宗は足取りも軽やかに、案内役の小姓の後をついて行った。
希美はというと、彦姫の部屋に向かった。
今回の話し合いの結果を伝えるためだ。
結婚を認められ、盛興と手を取り合って喜ぶ彦姫に、希美はふと先ほどの晴宗との会話を思い出した。
「そういえば、彦姫の母御に越後上布の小袖を贈ろうと思うのだが、大柄だと聞いたのだ。反物のままの方がいいかな?」
彦姫はきょとんとした。
「母は、小柄ですよ?」
「え?でも、胴回りが伊達さんくらいあるって……」
「伊達さんって、父の事ですか?まさか!母は痩せている方です」
「……お母さんの好きな花って、芙蓉?」
「?いいえ、それは父の好きな花です」
希美は、頭を抱えた。
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