第98話 酒は百悪の長
輝虎が低い声を出した。
「おい、ゴンさん……お主、芦名止々斎にどんな非道を教えたのじゃ」
希美は歯切れ悪く返答した。
「あー、非道を教えたというか、プレイを教えたというか……そもそも、我々を見て向こうが勝手にエロ悟りを開いたから、教えたというよりはきっかけ?みたいな?」
輝虎は怒号した。
「益々わからん!わかるように説明せよ!!」
(やだ、ケンさんが、まるで上杉謙信!)
そりゃそうだ。希美は日頃、彼を何だと思っているのか。
希美は躊躇った。
正直ここには柴田家家臣も上杉家家臣も、それなりに人がいる。
しかも、親の特殊な性癖なんて、子に知らせていいものか。
希美は、迷いながら盛興を見た。
盛興は希美に敵意のこもった目を向けて言った。
「なんじゃ!言い訳があるなら、聞いてやる!」
希美はため息を吐いた。
「これは、芦名家の恥となるだろう話だ。人払いするからちょっと待て」
だが、若い盛興は反発した。
「はんっ、お前が恥をさらしたくないだけであろう。よいから、すぐ話せ!」
「ええ……本当にいいのだな?絶対後悔するぞ?」
「後悔するのはお前じゃ!」
「なんでだよ……もう知らんからな。年長者の言う事は聞いとくもんなんだぞ?」
「早く言えよ!」
「わかった。おい、そいつを離してやれ。どうせ、私に攻撃は効かん」
屈強で胸板の厚いムキムキのおじさん武士は、盛興を解放した。
盛興は、はだけた衣をそのままに、薄いベビーピンクの片乳首を見せつけながら、その場に座した。
希美はそれらBL臭い状況を全て無視して、経緯を語り出した。
「…………つまり、お主の親はな、石牢で鞭と鎖を使いながら、痛みと緊縛の向こう側の世界で夫婦の愛を高め合っているのだと思う」
春日山城の広間は、なんとも気まずい空気が漂っていた。
盛興は、先ほどの希美のようにうずくまりながら、「聞きたくなかったあー!親のそういうの、聞きたくなかったあー!!」と悶え中だ。
「だから言ったのに……」
希美は呟いた。
悶える盛興の後ろで、供の青年武士が「はっ、では先日城に届いた三角木馬は、もしやそのための……!」と余計な一言を発し、盛興はうずくまったままごろごろと転がった。
「止々斎め、三角木馬を結局自分のために使うのか……」
希美は遠い目で会津の方角を見た。
「そっちは会津の方角ではないぞ」
輝虎の突っ込みが入った。
(何故私が会津を望んでいるとわかった……)
越後の龍はサイコメトラーの龍かもしれない。
盛興はいつの間にか、体操座りで自分の体を抱える体勢に移行していた。
「だ、だが、にわかには信じられぬ!父は母をあまり顧みない人だったんだぞ」
希美は唸った。
「うーん、止々斎はさ、元は性的に淡白な人だったんだが、えろ教に出会ってからそれが改善したらしいんだ。とはいえ、着衣人形だとお一人様で完結してたわけだが、石牢プレイはそうはいかないからな。鞭役と鎖役の共同作業なんだ。そこで、奥さんの出番だったんだろうな。よかったな!石牢のお陰で夫婦円満だぞ!」
盛興はげんなりした顔をしている。
聞けば聞くほど、親の生々しい性癖に触れなければならない。
まさか、あえて聞いているのか?
石牢プレイヤーの両親にドMの息子とか、芦名家は呪われている。
ドM疑惑の盛興は、さらに話を続けて、希美に疑惑を深めさせた。
「とはいえ、母を鞭で打つなど……父は非道じゃ!」
「いや、止々斎が打たれてるかもしれんだろ」
「……」
「……」
「耐えられない。腹を切りたい。刀を貸してくれ」
「究極の一人ドMプレイ、腹切り!!絶対ダメ!」
武士はみーんな、ドMかもしれない。
腹切りだのなんだのとひと悶着あったが、希美が暴れる盛興を押さえている時にうっかり絞め落としてしまい、事態は一段落した。
そして二刻ほど経った頃だろうか。
春日山城の毘沙門堂で、輝虎から毘沙門天について熱く語られていた希美は、盛興の目が覚めたと連絡を受けたのである。
希美と輝虎は、すぐ本丸の屋敷に戻り、屋敷の一室で盛興に会った。
盛興が暴れるやも知れぬ。上杉の重臣等もついてきた。
柴田家は来なかった。希美のふんわり政策の実施に向けて会議アンド会議の毎日なのだ。
そもそも希美を害せる者などいない。
全部希美のせいなのだが、ちょっと希美は拗ねた。
盛興と供の武士は、百戦錬磨の屈強なおじさん達に囲まれて、畳にへばりつくように平伏していた。
「よく寝たから、酒は抜けただろう。気分はどうだ?」
希美は自分が絞め落とした事を、いい感じにうまくすり替えた。
盛興は益々畳に額を擦り付けた。
「た、大変な御無礼を……申し訳もなく……」
さっきの傍若無人ぶりが嘘のようだ。
輝虎等は、張り詰めていた緊張を解いた。
希美は構わず追撃した。
「なあ、わかっているぞ。匂っておったからな。お主、飲んでおっただろう」
盛興の背中がぷるぷる震えている。
供の武士が代わりに答えた。
「申し訳も御座いませぬ!殿は柴田様や上杉様にお会いする事で、非常に緊張しておりまして……景気付けに携帯していました酒を一杯だけ……」
「本当の事を言えい!!」
「も、申し訳御座いませんでしたー!!徳利一本はいきました!」
「だろうな!酒を携帯するような奴が、一杯で満足するわけもなかろうし、あの暴れ様は一杯じゃ効かぬわ」
「も、申し訳も……申し訳も……」
盛興が『申し訳も』しか言わない。誰だ、リピート押した奴は。
希美は叱責した。
「お主、芦名家の当主であろう!しかも、跡取りはお主だけ。それなのに、討たれてもおかしくない所業を犯すとは何事だ!!」
「申し訳もお!!」
盛興がぶるっぶるだ。誰だ、バイブレーション押した奴は。
そこで、希美は一転して穏やかに声色を変えた。
「だが、私にはわかっているのだ。これはお主だけの責任ではない、と」
盛興が顔を上げた。
希美は盛興の目をじっと見た。
「酒よ。酒が悪い。お主、このままだと酒で家を潰すぞ。酒と心中したいか?」
「い、嫌で御座います……」
「お主が本気で酒と手を切るなら、私が助けてやろう。どうする?」
「や、やりまする。手を切りまする!」
「合戦より、死ぬより辛いぞ。良いか?」
「耐えまする!!」
希美はにっこり笑った。
「よし、私が助けてやる!お主が私の言う通りにできれば、家は安泰よ。共に頑張ろうな!」
希美は盛興の手をとった。
盛興は希美にすがりついた。
「う、うわあああっ!某を、某を助けて下されえ!」
「よしよし、私がついているからな」
盛興も、このままではいけないと思っていたのだろう。
希美は盛興の背を擦った。
輝虎が、うんうん、と頷きながら励ましの言葉をかけた。
「頑張るがよい。わしにできる事があれば、してやるぞ」
希美は菩薩のように微笑みながら、輝虎に向いた。
「お主も盛興君といっしょに頑張るんだよ?」
「は?」
「お主も、立派なアル中だ。酒と手を切れ」
「はあ?!なんで、わしまで!?」
輝虎が憤慨しているが、希美は輝虎を逃すつもりはなかった。
「何故私が箕輪城に簡単に入り込めたかわかるか?」
「お主が偽のわしの書簡を作ったのだろう?」
「私はな、お主の花押は偽造できるが筆跡までは無理だった。だが、お主の筆跡でなくとも問題無かったのさ。何故か?」
上杉家重臣の柿崎景家が答えた。
「殿は最近、御手が乱れる事有り、右筆を使われる事がありますからな。そういう事で御座ろう、大殿?」
希美は頷いた。
「そうさ。とどのつまり、上杉家がこんな事になったのは、お主の酒のせいよ。な?酒は怖いだろ?」
輝虎は言葉も出ない。
上杉家中の人々はジト目を輝虎に向けた。
希美は止めを刺す事にした。
「一つ預言してやろう。お主、このまま酒を飲み続ければ、そう遠くない未来、う○こ中に厠で死ぬ!!」
「「「「「なんと!!!?」」」」」
輝虎と重臣等は仰天した。
希美はぷぷっと笑った。
「しかも、上杉輝虎がう○こ中に死んだ事は四百年先の未来まで語り継がれる。う○こ中に死んだ大名としてな!」
(厳密には、う○こ中に脳溢血で倒れて、数日後に死んだんだけどな)
「うわあああああ!!嫌じゃあ!なんで、そんな死に方!」
錯乱する輝虎に、希美は語りかけた。
「酒よ。酒は人を破滅に導く悪魔よ。後、塩のとり過ぎもな」
「あ、悪魔……」
「お主なら出来る。毘沙門天の化身よ、酒を体から追い出し、調伏するのだ!私が助けとなろう!」
輝虎がその気になった。
「よし、やる。やるぞ!護摩檀の準備じゃあ!」
だが希美は、輝虎のやる気に水を差した。
「護摩檀は、いらんぞ」
「では、どうすれば!」
希美は、春日山城の留守居役を務めていた柿崎景家に告げた。
「座敷牢を。無ければ鍵のかかる倉庫か蔵でもよい。後は、布団と体を縛る縄がいるな」
「「「「「え……?」」」」」
不穏な準備物だ。
芦名夫妻の石牢プレイが、全員の頭をよぎった。
「な、何をするつもりなのじゃ……?」
輝虎が不安な声を出す。
希美は何とはなしに、にやりと笑って言った。
「入院治療だ」
「「「「「乳淫治療……」」」」」
「大丈夫だ!私を信じて身を任せてくれ!」
「イヤアアアアア!!変態調伏!!えろ退散!!」
その日、春日山城に輝虎の甲高い悲鳴が響き渡ったという。
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