第97話 おいでませ!春日山の城
七月に入る少し前、希美は輝虎等上杉勢と共に、越後は春日山城に入った。
当然、次兵衛や秀吉など柴田勢、織田の与力達もいっしょである。
信長は、「越後に行ったからって、わしの事忘れたら許さないんだからね!月に一度は岐阜城に顔を見せに来ないと、わし寂しくて岐阜城下のお前の屋敷をバーニングしちゃうんだから!」(意訳)などとのたまい、希美のプレゼントした竹の根が入った袋を引っ提げて、岐阜に戻って行った。
信玄や氏康、家康などの大名ズは希美が牢に入っている間に帰って行ったようである。
彼らも流石に一国の為政者だ。
信玄は神保氏の不意を突こうと、急いで越中攻めの準備に取り掛かり、氏康は上野にある上杉方の城の掌握に早々と動いたようだ。
家康は、松平軍の遠征用の食糧問題や、来る今川との戦に備えるために、重臣等に急かされて領国に帰って行ったらしい。
希美はお礼状に気持ちを込めて刈った土付きの竹根入り袋を添えて、彼らに送った。
送られた側は、ゴミを送られ大いに困惑したという。
完全に嫌がらせである。
そんな事は露知らず、春日山城に入った希美は、上杉方の諸将を集め、今後の越後の経営について説明会を行った。
輝虎は、春日山城城代として、希美の隣で上杉方家臣等を迎えている。
柴田家の基本方針は、『共存共栄』。
大まかに言うと、こんな感じである。
上杉方武将は柴田家の臣として、信用失墜行為をすれば処罰の対象になる。
基本的に本領安堵であるが、各城に柴田家から監査役が入る。監査役は五年交替。
税率は基本的に四公六民。枡は統一。
各村に農協納税課を設け、村長を柴田家所属の課長として農作物はそちらで買い取り、税は貨幣で徴収する形とする。
信仰は自由だが、迷惑行為は処罰のの対象となる。
柴田家は有能な事務員さんと営業さん、募集中。身分、性別、信仰は問いません。明るく楽しい職場です!
うーん、このざっくり感。
こんな感じの事したら、中央集権化と貨幣経済化が促進されるかなーという希美の考えである。
後の細々した大事な所は、竹中半兵衛や秀吉の弟、小一郎秀長君等頭のいい内政チームにお任せだ。
秀吉は、ダメだ。
彼は柴田商会の営業武将だ。
今回の大規模な人事異動でせっかく海が近くなったのだ。希美は直江津の港を拠点に、船で商売を広げようと、直江津城の建設を目論んでいた。
秀吉は、そこの城主予定である。
きっと商売で忙しく、ほとんど城に帰れないだろうが、一応城主予定である。
越後の内政なんて任せたら、過労死してしまう。
天下人豊臣秀吉を過労死させる歴史改変。
どんな孔明の罠か。
ともあれ上杉の領地持ちの将達は、監査役や税率、農協納税にざわめいたが、彼らも柴田家に帰順すると決めた身だ。
本領安堵もしてもらった。えろ教徒による農地改革と開墾ラッシュで、領民の柴田人気はうなぎ登りである。さらに主を『ぺっと』なるものにし、春日山城城代としてそのまま任用してしまう新主の器量。
彼らは受け入れる他無い。
「農協納税課以外は今年の秋、収穫前までには、準備が整い次第施行していく。詳しくはWebで!」と告げられ、諸将は「ははあっ」と平伏したのである。
最後の希美の言い間違いをスルーして「ははあっ」してしまうあたり、こいつらいい加減なものである。
「いやあ、無事説明会が終わってよかったなあ」
「わしは、非常に複雑な想いだわ」
「ごめんね!!」
上杉の将等が帰った後、春日山城の広間で希美と輝虎が語り合っていた。
希美はふと思い出し、輝虎に聞いた。
「なんか一人めっちゃ泣いてるおじさんがいたんだが、あの人どうした?」
輝虎はふう、と息を吐き、眉間を揉んだ。
「義父だ」
「お父さん?若過ぎない?」
「殿を養子にされ、上杉姓と関東管領を譲られた上杉憲政様で御座る」
輝虎の重臣直江景綱が輝虎の代わりに答えた。
輝虎は語った。
「あの人は少々気が弱い。北条に破れてこちらに落ち延びて来たのだが、頼りにしていた我らが織田の陪臣となったので嘆いておられるのだろう。元は名門の大名であったからの」
「ああ、それで号泣か。落ちぶれちゃったからね。なんか慰められるものでも贈ろうかな。竹の根はどうだろう?」
真剣な顔の希美を、輝虎は真剣にけなした。
「お主の刈る竹の根はゴミじゃ。嫌がらせされたと思って益々泣くだろうが」
「ええ……ならば、会露太郎に頼んで人形を彫ってもらうか。今堺で凄い人気らしいんだ。元気になるかも」
輝虎が叫んだ。
「あんな人形もらったら違う所が元気になるじゃろ!」
希美は輝虎の肩をぽんと叩いた。
「お主がそんな下品な事を言うとはの。ようこそ、織田家へ!!」
「殿お!清廉潔白な殿が毒されてしもうたあ!」
「毘沙門天がえろに!!」
「実はわしは、そういうの嫌いじゃないい!」
最後の奴、誰だ。
上杉重臣共がショックを受け、口々に嘆いている。
輝虎は顔を手で覆ってもじもじした。
「あああ!!おのれ、織田家め!おのれ、えろ大明神!護摩檀で変態調伏、呪いの祈祷じゃあ!!」
「やめて。織田だけじゃなく、近隣の武将がみんな死んじゃう!」
えろの毒牙は広がり過ぎて、もはやどの有名人が変態化しているか希美にも把握できていない。
変態調伏されたら、日本の戦国史が大惨事になりそうだ。
護摩檀に向かおうとする輝虎を希美が必死で止めていると、小姓が来客を告げた。
皆、慌てて居ずまいを正し、客人を迎える。
やってきたのは、質の良さそうな衣を身に付けた少年武士だ。
希美はにこやかに歓迎の言葉を投げかけた。
「おお!よく来られたな。待っており申したぞ!どうぞ、近う寄られよ」
少年武士は供の武士と希美と一間半ほどの距離まで歩み寄った。
そしてぎろりと希美を睨み付けると、突如上座に向かって走り出し、希美の頬を殴りつけた……が、肉体チートにより一切拳は入ってなかった。
希美はその時、ふわりと少年から嗅いだ事のある匂いを覚えた。
輝虎がよく纏っている匂いだ。
慌てて柴田家、上杉家家臣等が少年武士を押さえつける。
主の暴挙に供の武士は蒼白になり、今にも腹を斬りそうだ。
少年は、おじさん武士達の下で苦しそうに喘ぎながら叫んだ。
「お前のせいで、母が、母があっ!!」
希美は、驚いて少年に聞いた。
「お主の母が、どうしたというのだ?」
少年は屈強なおじさんに組伏せられたまま、興奮で上気した顔を歪ませ、涙目で希美を睨んだ。
(あれ?なんだろう……この光景を文章にすると、描写がBL臭い気がするぞ?まあいいか。太田牛一はいないんだ。これを文章にされるはずがないな)
本当にそうですね!
色々と戸惑う希美に、少年は話し出した。
「お前に会うた後、城に戻った父は、母を……」
「母を……?」
「毎夜、石牢に!!」
希美は体の力が抜け、思わず両手を床について体を支えた。
少年は語り続けた。
「石牢には誰も近付けぬように見張りを立ててあるが、時折か細く悲鳴が聞こえるのじゃ。次の朝、母は部屋に籠ったまま顔を見せてはくれぬ。いくら夫婦仲が冷めておるとはいっても、牢に入れて折檻するとは……父は鬼じゃ!!」
希美はいたたまれなさに、うずくまった。
背中に輝虎のジト目を感じる。
少年は希美に怒気を吐き散らした。
「お前が父によからぬ事を吹きこんだのであろう!お前のせいで、母が酷い目に!!」
(確かによからぬ事、吹きこんだけれども!!)
希美は顔を上げて雄叫びを上げた。
「何やっとんじゃあーー!!芦名止々斎!!」
少年武士、芦名盛興は、屈強なおじさん武士に後ろから力強く体を押し付けられながら、焼けつくような眼差しを希美に向けていた。
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