第99話 幸せならそれでいい
芦名盛興と上杉輝虎が断酒を始めて一週間が過ぎた。
一日、二日は二人ともまだ余裕そうだった。
というより、余裕ぶる余裕があった、というべきか。
だが、段々顔色が酷くなっていく。
常にイライラし、手が震える。
夜は眠れず、時には幻覚も見、食べた物も吐いた。
最初は座敷牢に入っていたが、吐瀉物などで畳を汚すため、途中から石牢に移り、希美とそれぞれの家臣が世話役となって、付きっきりで世話をした。
食事からトイレの介助まで、一通りの世話をする。
世話をする方も、並大抵の事ではない。
希美は時に彼らに罵倒され、時にサンドバックになり、時に不安がる彼らを励まし抱き締めた。
また、断酒による離脱症状の一つとして、ひどく汗をかくのでふんどし姿にしてこまめに汗を拭き、幻覚を見て暴れれば縛りあげる。
男が、石牢で、ふんどしで、緊縛で。
そして、猿ぐつわ。
(あれ?ガチな男色雑誌かな?)
希美は輝虎の世話役に聞いた。
「ケンさん達、猿ぐつわしてるけど、どうしたの?」
「暴れた時に、体に虫が見えるらしく自身のお体を噛もうとするので御座る。時に舌も噛んで危ないので猿ぐつわを。手や足が縛られて使えぬ時は、我々も噛まれますからなあ」
希美は、なるほど、と納得した。
希美が輝虎に近寄り、猿ぐつわをよく見てみると、口の中に布が詰めてあり、その上から布で縛ってある。
希美は世話役に言った。
「これ、喉に詰まらせて窒息しない?大丈夫?」
世話役もそれは心配だったらしく、同意した。
「そうなんですよ。先程から気をつけて見てはいるのですが……」
「猿ぐつわでも、詰めるのは布じゃない方がいいかもな。唾液が染み込むと、窒息の危険が高まりそうだ」
世話役がアイデアを出した。
「木でも噛ませますか」
希美も考えを付け加えた。
「木か、いいな。口当たりよく、角を丸くすれば……」
盛興の世話役がさらに意見を出す。
「ならば、いっそ玉の形に致しましょう!」
希美は賛成した。
「良い意見だ。玉に穴を開ければ呼吸がしやすくなるし、誤飲を防ぐために、木玉の両端に穴を開けて、細布を通すのはどうかな」
「「良う御座るな!!」」
希美は、新たな木玉の猿ぐつわ、『木玉ぐつわ』の製作を輝虎の世話役に任せる事にした。
丸投げは、希美の得意とする所である。
そして三日後、朝食をとった後で石牢にに向かった希美は、ふんどし姿で緊縛された輝虎達が、木玉をくわえさせられているのを見つけた。
木玉は、落ちないように玉の両側が加工され、そこに通された細布を頭の後ろで縛り、固定できるようになっている。
(あれ、これって見た事が…………)
気付いた瞬間、希美はその場に崩れ落ちた。
アレだ。
完全に、ガチのMの人がよく口につけてる丸い玉のアレだ。
ヤバイ。破壊力がヤバイ。
希美は嘆息した。
「oh……フル装備……」
そこへ、三日前に話をした輝虎の世話係が、牢に入ってきた希美に気付き、嬉しそうに話しかけた。
「大殿!先日大殿に頼まれたものが出来上がりましたので、早速使ってみ申した!」
「さ、流石ケンさんの部下。仕事が早いデスネー」
世話係は嬉しそうにはにかんだ。
「とんでもない!これはなかなかの優れものに御座るな。口の端が開いているから、呼吸ができ申す。それにこれをつけた殿を世話していると、なんだか殿が可愛らしゅうて……見て下され、あのよだれを垂らした顔を!ふくくっ、こんな気持ち、初めてで御座る」
希美は、改めて世話係の男の顔を見た。
真っ黒なその瞳に、光が見当たらない。
「ずうっと、ここに閉じ込めて、お世話したいなあ」
希美は、彼の中にある開かずの扉を開けてしまったようだ。
もちろん、扉の鍵は木の玉で出来ている。
当の輝虎達は幻覚に苦しめられて、木の玉を噛まされている事に構う余裕は無さそうだ。
ふがふがと、喘いでいる。
「なんかほんと、ごめん。まさか、こんなガチ装備になるなんて、思ってもみなかったんだ。……ごめん、私は鬼畜だ。ちょっと面白くなってきた」
希美は、そっと二人のヨダレを手拭いで拭いた。
そして、謝罪の意味も込めて、これまで以上に甲斐甲斐しく世話をしたのだった。
断酒から三週間、解毒期が終わりを迎え、輝虎等の禁断症状も治まった。
体調が落ち着いてきたため、希美は次のステップに移る事にした。
だが盛興に、思わぬ弊害が出た。
木の玉のアレを欲しがったのである。
盛興は訥々と語った。
「某、石牢に入って、初めて父の気持ちがわかり申した。縄で縛られて動けぬ中、縄が食い込む裸の背に石壁の硬くひんやりとした感触が面白く感じるのです。また木の玉をくわえさせられ、ヨダレを垂れ流す無様を見られておると思うと、もう……!」
盛興はぶるりと身震いした。
「左手が疼きまする!」
「親子で、左軍じゃあ!!」
さぐんじゃあ……さぐんじゃあ……さぐんじゃあ…………
希美の声が牢内に響いた。
石牢好きも芦名の血らしい。
ところで希美は、この『木玉ぐつわ』に新たな可能性を見出だしていた。
輝虎や盛興の世話係達のほとんどが、木玉を装着した主に異常な興奮と好ましさを覚えていたからである。
また、盛興のように『木玉ぐつわ』の虜になる者がいるやもしれぬ。
まさに今回モニターとして体を張ってくれた輝虎、盛興のお陰でわかった事だ。
(河村久五郎経営の睡蓮屋で『石牢コース』を作る。ここで『木玉ぐつわ』を導入して、希望者に販売。売れ行きが良ければ、その後堺に二号店。そこで『木玉ぐつわ』の知名度を上げれば!)
上げれば!ではない。
そんな事をすれば、世に変態が増加してしまう。
だが、希美は目の前のビジネスチャンスに目を奪われている。
希美は念のため、もう一人のモニターに『木玉ぐつわ』を送った。
芦名止々斎である。
以下は、止々斎から届いたモニタリングの結果だ。
えろ大明神様
木玉ぐつわ、使ったよ!
「最高」の一言!
わしが鎖に繋がれ、木玉をくわえたままヨダレを垂らし喘ぐ様を見る時の、室つまの嘲りの眼差し!
たまらないお!
左手が疼くのに、繋がれておるからどうにもできず、室つまに懇願したいのに、木玉が邪魔をして、ふがふがとしか言葉にならないのがもどかしくて。
散々焦らされた後に、室つまの持つ鞭で…………
希美は、使用後の感想を途中でそっと閉じた。
(お前が鎖役だったか、止々斎よ……)
だが、希美は確信した。やはりこれは売れる、と。
後日、希美は、河村久五郎を越後に呼び寄せて『石牢コース』と『木玉ぐつわ』を提案。河村久五郎はすぐに睡蓮屋に石牢を作った。
希美は、長野業盛と木材購入の契約を結び、春日山城下に『木玉ぐつわ』工場を作った。
結果、『石牢遊び』と『木玉ぐつわ』にはまる者が続出。
次の年には、無事堺に睡蓮屋二号店が建てられた。
後は、ご想像の通りだ。
『石牢遊び』と『木玉ぐつわ』は、あっという間に世に広まった。
なんせ、えろ大明神発祥であり、有名な大名達もこれで遊んだのだ。
庶民達は大いにこれを受け入れ、自分達も楽しんだのである。
四百年後。
『歴史ムービング』TV番組にて。
《『えろ大明神』の幟が立つ神社の映像から神社内にある石牢の映像に切り替わる》
(ナレーター)「えろ大明神を祀る神社の多くは、石牢が併設されています。それにはある大名夫婦の逸話が関わっているのです」
《柴田勝家の再現VTR》
(ナレーター)「ある日、えろ大明神柴田勝家が石牢で、織田信長、丹羽長秀、池田恒興を相手に戯れていました」
《芦名盛氏が登場する再現VTR》
(ナレーター)「そこに芦名盛氏は呼ばれました。えろ大明神の神戯かみのあそびを目にした芦名盛氏は、自分も体験してみたい、と強く思うようになります」
《芦名盛氏とその妻の再現VTR》
(ナレーター)「その頃、芦名盛氏夫妻の仲はあまりうまくいっていませんでした。しかし、どうしても石牢遊びがしたい。そして石牢遊びは一人ではできない。そこで芦名盛氏は、意を決して妻を誘ったのです」
《芦名盛氏夫妻が手を取り合う再現VTR。盛氏は木玉をくわえ、妻の大きくなったお腹を擦っている》
(ナレーター)「その結果、夫婦仲は良くなり、子宝にも恵まれました」
《庶民達が石牢遊びに興じる浮世絵》
(ナレーター)「柴田勝家が弟子の河村久五郎に命じて石牢遊びを世に広めた時、庶民達はえろ大明神発祥でもあり、有名な戦国大名も遊んだ石牢遊びという事で、こぞってこの遊びに興じるようになります」
《石牢遊びに興じる夫婦の浮世絵》
「そしてこの芦名盛氏夫妻の話を知り、石牢遊びは夫婦和合のツールとして、庶民達に受け入れられていったのです」
《えろ大明神神社と社内の石牢の映像》
(ナレーター)「この事から、えろ大明神を祀る神社の多くに、石牢が設けられるようになりました。石牢には毎年多くの人々が訪れ、夫婦円満や子宝を祈願しています。えろ大明神柴田勝家の石牢は、今も夫婦の愛を育み、守っているのです」
《エンディングテーマが流れる。石牢に訪れる夫婦が祈願する映像。木玉ぐつわを模したお守りを買う、幸せそうな夫婦の映像などが流れる》
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