第69話 好みの男

「武田殿!いい加減にして下さい!某は相撲など興味ありませぬ!」


「よいではないか。わしは相撲を取るのが上手いと家中でも評判なのだ。お主もすぐに夢中になって、「もう一番!」とせがむように……」


「お屋形様!相撲の相手は某が一番楽しめるとおっしゃっていたではありませぬか!?そのような小僧など、お屋形様にただ突き転がされるだけで御座る!」


「おい!うちの城で意味深な会話は止めろ!!妄想が捗るだろ!」






信玄が十九条城に居着いてから早一週間が経った。


生粋のエロ男と言っても過言ではないこの男は、どうも半兵衛が気に入ったらしく、こうしてよく相撲(意味深)に誘っては断られている。


今では、このやり取りは十九条城の日常風景となっており、信玄一行はすっかりこちらに馴染んでいた。




希美は正直行き詰まっていた。


(ダブふん姿にさせても、着衣人形の修行をさせても、ぞんざいに扱っても効果なし。後は私の締めたふんどしをその場で解いて、それを装着させるしか……いや、それをやったら流石に国際問題に……いや、あの変態坊主の事だ。もし喜ばれでもしたら、逆にこっちがダメージ受けるぞ!)






「おー、こんな所にいたのか」


聞き慣れた声に希美が顔を上げると、そこには一益の姿があった。


「お前、もう十九条城を出たんだから、先触れくらい出せよ」


希美の抗議に一益は肩をすくめた。


「いいじゃないか。ここは元々俺がいた城だし、入り込み放題だぞ?」


「止めろよ。どこからどうやって入り込めるのか教えとけ!なんで城主の私が知らないんだよ」


「おいおい、これは俺の商売の種だぞ。機密だ機密」


「城主が知らない機密って何なんだよ。というか、何しに来たんだ?お前、岐阜城の新しい縄張りで忙しいんだろ」




一益は遠い目をした。


「男には、引かねばならん時もある。そうだろ?権六」


希美は半眼で一益を見た。


「つまり、修羅場から逃げてきたんだな」


一益は希美にすがりついた。


「俺は死ぬかもしれん!日の本で一番の城にするって、殿が無茶苦茶な事言うんだよお!やる事山積みなのに、石垣の石一つだって、他の国まで探しに行かされてさあ!俺は城に殺される!」


「呪われた城みたいに言うなよ……天下の岐阜城だぞ」


「代わってくれよお、権六!」


「やだわ!ただでさえ厄介な事になってるというのに、そんな過労死待ったなしの仕事、労災降りても行きたくないわ!」


「労災って何……ん?」




一益が何かを見つけたようだ。希美の肩越しに何かを見ている。


希美は振り返って、ギョッとした。




「お、こんな人の行き交う廊下の真ん中で逢い引きか?」


ダブふん姿に着物を粋にさらりと羽織った、どこからどう見ても変態の武田信玄が、同じくダブふん姿の愛人家臣を連れて、こちらに向かって歩いて来ていたのである。




「おい、使徒がこんな所に?いや、使徒にしては、偉そうな態度だな」


何か違和感を感じたのだろう。一益は警戒しつつ、希美に尋ねた。


「あー、あれはだな……」


(やっべー!!追い出し計画に必死で、上司に信玄の事報告するの、完全に忘れてた!)


冬だというのに汗をだらだら流す希美の姿に、一益は何かを感じ取ったのだろう。


不審気な眼で希美に聞いた。


「正直に言うんだ。あれは、誰なんだ?」




その答えは、希美ではなく信玄自身がもたらした。


「織田の将かな?しばらく世話になる。わしは、甲斐の武田徳栄軒信玄だ」






一益は、白目を剥いて倒れた。










一益が意識を回復するまでそんなにかからなかった。


目を開けて起き上がった一益は、ダブふん姿の信玄を見て、夢ではないと確認できたのだろう。


希美に向き直ると、薄笑いで希美のボディに何発か拳を入れた。


希美に打撃が効かないのはわかっていたろうが、そうでもしないと気持ちのやり所がなかったのだろう。


希美もそれはわかっていて、甘んじて一益の憤懣を受け入れた。




そして、ひとしきり希美に思いをぶつけると、信玄に一礼し、「滝川彦右衛門一益と申す。所用があり申すので、御免」と風のように去って行った。




「なんだ?痴話喧嘩か?」


呑気な事を言う信玄の肩に、希美は恨みを込めて「違うわ!」と裏拳で突っ込んだ。


「おい!痛いぞ!」


「柴田様!」


信玄や彼の家臣の文句はもっともだが、諸悪の根源はこの男なので、希美はじと目で信玄を見やり、深くため息を吐いた。




「来る。きっと来る」


「何がだ?」


遠くを見て呟く希美の言葉に、信玄が尋ねた。


希美は信玄を見て、諦めたように言った。


「嵐が、さ」


きっと、どえすの嵐だ。


何をされても特に効かない希美は、信長の折檻よりも信長の胃と毛根を心配した。


(信玄が来た事言い忘れてて、いや、信玄にふんどし頭巾させてごめん……)




その二日後、憤怒の表情をした信長が、十九条城に駆け込んできたのである。








「お前は!お前は!お前は!」


信長は執務室に飛び込むや否や、希美に飛び掛かりマウントを取ってポカポカパンチを見舞った。


希美は、不測の事態にちょっと涙目の信長を見て、蚊ほども効かぬパンチを受けながら同情を禁じ得なかった。




「殿、申し訳御座らぬ。確かに報告を忘れておりましたが、某もなんとか追い出せないかと色々策を考えて……」


「その策が、信玄めにふんどしを被せる事かあ!戦になったら、どうしてくれるんだ!!」


「だ、大丈夫!なんか、むしろふんどし頭巾を気に入ってました!」


「聞きたくなかったわあ!信玄坊主のそんな性癖!」


「某だって知りたくなかったですよ!有名武将があんな変態だったなんて!!」




希美は信玄に、もうふんどし頭巾体験を止めてもいいと伝えているのだが、「ふんどしを頭に巻き体は着ぬという、しがらみや常識から解き放たれた心地が最高に癖になる」などと言って、積極的にダブふん姿になるので、困っているのだ。


最近は、「さらに開放されたい。いっそ下のふんどしを取って頭だけにふんどしを巻きたい」と危険な事を言い出したので、それだけはなんとか阻止している状況だ。


そんな変態行為はせめて、甲斐に戻ってからにして欲しい。


そして、捕まって甲斐の国主から開放されてしまえ。


希美は超有名武将の危険な性癖を開発してしまったのである。






ガラリッ


「おーい、えろ神、いるか?」


信玄がタイミング良くやって来た。


そして信長が希美の上にまたがっているのを見て、「あ、すまんすまん。流石えろ神、お盛んな事よ。終わったら呼んでくれ」と言い、カラリと襖を閉めた。


希美と信長は一瞬顔を見合わせ、慌てて起き上がると、去ろうとするふんどし頭巾姿の信玄を引き止めた。






「織田上総介信長に御座る」


「武田徳栄軒信玄だ。邪魔しておるぞ」




口調といい、ふんどしで顔を隠している事といい、他は厚手の羽織一枚の裸に近い姿である事といい、武田信玄は非常に不遜な態度である。


信長が相対的にまともに見える。


「邪魔してすまなんだな」


「「違う!!我らはそういう関係ではない!」」


信玄がまだ誤解しているようなので、希美と信長は慌てて関係を否定した。


信玄は、意外そうに目を瞬かせた。


「そうなのか?今も息が合うて睦まじそうだがな」


「「気のせいだ!」」


「ほらな」


「「ああ!」」


希美と、信長は二人して頭を抱えた。


にやにやしながら信玄がからかう。


「似合いだと思うがなあ」


「わしは権六なぞ好みじゃない!第一、こいつは家老の吉田某とできておるのだぞ!」


「はあ?!」


信長の言葉に希美は目を剥いた。


「出来てないわ!あほか!」


「だが、うちの女中共が言っておったぞ。柴田家の女中からの情報だから、間違いないという話じゃ」


「そういえば、坊丸付きの女中がそんな事を……情報源は末森城か!」


話の流れで、とんでもない噂が流れている事が判明してしまった。


なぜ、男の自分が信長の奥さん達の女子会に呼ばれるのか、なんとなくわかった気がした希美である。




信玄は面白そうに、希美を見た。


「お主、えろの神だというに、男っ気も女っ気もないのか。例えば好みはないのか?わしは若くて初々しい元服したてが好きだの」


「わしも若いのが良いな」


有名武将同士の好みが一致した。現代では犯罪者な二人である。


希美は自分の好みを思い返した。


「私は年下はちょっと……やっぱり年上の落ち着いた男の人がいいなあ」


信玄と信長は、なーんだ、と納得した。


「やはり、お主も男がいけるのではないか」


「年上の落ち着いた男。やはり家老の吉田ではないか」


柴田勝家としてはとんでもない爆弾発言だった。


「うわあ!違う違う。柴田勝家はそうじゃない!私が男が好きなだけ!」


「わかったわかった。お主は男が好きなのだな」


「いやあ!!違うから!男が好きなのは私であって私じゃないから!」






柴田勝家は、男が好き。




すぐにこの噂は広まるだろう。


否定すればするほど、どつぼにはまった希美は、また自ら望まぬ結果を招いてしまったのである。






魂の抜けた希美をよそに、信玄と信長は好みの男の話で盛り上がった。


そうして気が付けば、武田と織田の不可侵同盟が締結されていたのだった。




これを知る人は、この同盟を『稚児同盟』と呼んだという。

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