第61話 まともな歴史改変の始まり
えろ兵衛(龍興)を稲葉山城下町まで送って後、森部城に戻った希美を待っていたのは、白装束で憤死アピールをする河村久五郎であった。
その剣幕は凄まじく、希美は思わず、締めていたふんどしを解き、差し出したほどだった。
途端にふんどしを押し抱き、五体倒地する久五郎に、狂信者の怖さを見せつけられた希美だ。
とはいえ、今回は流石に希美が悪い。
シリアルナンバー1を二番弟子が持っているのは悔しいだろうと、希美は刺繍で『筆頭使徒』と入れてやった。
「お師匠様!!えろえろ!」と希美に感謝の祈りを捧げる久五郎。
「誰がえろ師匠じゃい!」
しかし、希美がえろの師匠である事は間違っていない。
(大体この祈りの言葉、何なんだ?!みんな、普通に挨拶の如く使ってんだけど)
後世、美濃の挨拶が「えろえろ」になったら、岐阜県と愛知県の一部の人は、希美に怒っていい。
七月もそろそろ終わりを告げようとしている。
前半はほぼ変態のサバトの様相を見せていたエロフェスも、無事終わってひと月近く経つ。希美は少し前に戻った墨俣砦で一息ついていた。
商売は秀吉に、最前戦の一九条城の管理や周辺の整備を一益に、墨俣砦の管理や周辺の整備は次兵衛に、末森の農地改革は末森衆と農民に、知識と希望を伝えて丸投げである。
(いやー、持つべきものは、優秀な部下だよね)
希美は執務室で報告書を読みながら、各地の経済成長が順調に伸びている事にほくそ笑んでいた。
そんな時だ。
「社長、藤吉郎です。入りますぞ」
秀吉が執務室に姿を見せた。
この男、信長のもとから出向し、希美の下で商売を任されているのだが、信長を殿と呼んでいるため希美を殿と呼び辛い。
そこで、希美の居城が『お社』と呼ばれている事に目を付け、『お社』の長なので『社長』と音読みで呼び始めたのである。
ちなみに希美の居城は、墨俣、一九条城、末森城と複数有り、希美のその時に居る『お社』を指すのに、秀吉は『社長に会えるお社』で『会社』と呼んでいる。
「藤吉郎、お前絶対転生者だろ」
「え?ぜったいてんせいしゃ?舌体転性射?はっ、もしや新たなえろ奥義で!?」
「なんでだよ!文脈繋がってないだろ!」
舌体転性射。何か凄い事になってそうな技名である。
結局、本当に偶然そのように呼んでいるようだった。
やはり、天下人の発想は鋭い。
さて、秀吉は執務室に入ると清洲からの使者来訪を告げた。
希美は使者を執務室に通すよう告げると、すぐに秀吉はその男を伴ってやって来た。
「これは久しゅう御座る。お会いしたくて堪らず、殿に無理を言って来てしまい申した」
「くそっ、お前か。闇五郎左」
まさかの闇米、丹羽長秀が「来ちゃった……」である。
「ふふ……某、『米五郎左』や『鬼五郎左』の呼び名は知っており申したが、『闇五郎左』とは。某のみがあなたを見ていると思っておりましたが、あなたも某の本当の所を見て下さっていたのですね。……相・思・相・愛」
(やだ、戦国時代にニーチェ!それよりも、やはりお前の本質は闇だったのか)
『病み』でもある。希美は、やっと狂信者と変態から解放されたばかりなのに、降ってわいたヤンデレにため息を吐いた。
「そうそう、仕事をせねば。殿からの御下知状に御座る。お改めを」
希美は長秀から差し出された下知状を読んだ。
《意訳》
権六へ
わし、信長。今、墨俣砦にいるの。
「え……」ぞくっ……
バンッッ!
「久しいのうっ、権六ぅ!!!」
「ぎぃやゃああああ!!!」
まさかの『わし、信長。今あなたの前にいるの』である。
希美が悲鳴を上げるのも無理からぬ事だろう。
信長はどやぁ!を絵に描いたような顔をしている。
殴りたい、そのどや顔。
後ろで一益が「だ、大成功ー!ぶはははは」と大爆笑だ。
脱ぎたてのふんどしでぐるぐるに封じ込めたい、その笑顔。
「その恐怖におののいた表情、そのまま氷漬けにして、極寒の牢獄に閉じ込め永久に愛でたい……」
長秀は何か禍々しい笑みを浮かべている。
(氷人形にしてやろうとか、どっかの白塗りの悪魔ですかね……)
信長は満足したのか、どかどかと上座に座ると下座に移った希美に目をやった。
「権六で遊ぶのはこれくらいにして、本題に入るぞ」
「このどえす野郎め」
「ああん?!何か言ったか?」
「何一つ、欠片も!」
「……ふん、斎藤治部(龍興)から書状が来た」
信長は、書簡を希美に放り投げた。
希美は書簡に目を通し、目を剥いた。
「和議と同盟?!」
「そうだ。治部め、前の戦で大分疲弊したと見える。ただ、これ以上無理をして徒に国力を削がれぬよう和議に踏み切る辺り、傑物やもしれぬな」
信長が珍しく感心している。戦で疲弊するのは織田も同じ。互いの利害が一致したのだろう。
希美は信長を見た。
「お受けなさるのですな」
「うむ。三日後、稲葉山城に赴く。その方も来い。あちらのご指名よ。河村久五郎も連れて行くぞ。稲葉山城の中をよく知っておろう。何かあれば役に立つ」
(寝返った久五郎に怨み骨髄の稲葉山城に、久五郎本人を連れてくとは……魔王か、あんた)
魔王である。
「しかし、稲葉山は敵の本拠地。罠であれば危険ですぎゃ!」
秀吉が心配して主張した。
信長は笑って答えた。
「もしそうなれば、稲葉山城に総攻撃よ。織田軍を連れて来ておる。治部も了承済みじゃ」
「しかし……」
「くどいぞ、猿!」
信長に一喝され、しゅんとなる秀吉に希美は言った。
「ならばお主、稲葉山城に供をせよ。お主が体を張って殿をお守りすれば良かろう。……よろしいですよね?殿」
「ふん、勝手にせよ」
意訳すると、『いいよ、しっかり守ってね、心配してくれてありがとう。はあと』だ。
希美は心の目を生ぬるく信長に向けた。
とすっ
「うをっ!」
信長の脇差しが飛んできた。希美は咄嗟に回避した。
「何故避ける!後ろに人が居れば、刺さるであろうが!」
「ならば、武器を投げんでちょ!」
理不尽な信長に言葉が乱れた希美である。
隣では秀吉が、「ありがとうごぜます、殿!ありがとうごぜます、社長!」と平伏し、一益が腹を抱えて突っ伏し、長秀の目はハイライトが消えている。
織田は安定のカオスであった。
そして、三日経った八月一日。
信長率いる織田使節団は稲葉山城の大広間に居た。
当然希美の姿もある。
織田使節団は、信長と希美の他に丹羽長秀、池田常興、滝川一益、河村久五郎、木下藤吉郎である。
広間には、斎藤方の重臣がずらりと並び、威圧感溢れる空気を醸し出している。
(てゆうか、美濃のおじ様達の目力が凄いんだけど。戦場でもえろ教でもやらかしまくったから、恨まれてるよねえ)
おじ様達は、特に希美と河村久五郎に大注目だ。
河村久五郎は堂々と入城し、寝返った負い目など全く気にしてない。本来、強かな戦国武将なのである。
斎藤方重臣のおじ様達が居並ぶ中、若い将もいる。
彼も希美を見ているようだ。その目は鋭い。
あまり武人らしくなく、痩せ気味で優美な顔立ちだが、怜悧な目付きと髭と伸ばした揉み上げが台無しである。
(髭が薄いから態々蓄える必要ないし、それを気にして男らしさプラスしようと揉み上げ伸ばしたんだろうけど、むしろ意味のわからなさが全開だから!お前の顔面センス、壊滅的ぞ!)
きちんとしたら、絶対知将っぽいのに!美濃だし、竹中半兵衛っぽく見えるのに、勿体ない!と残念がる希美だったが、この顔面センス壊滅男が、竹中半兵衛御本人様だ。
竹中半兵衛だって多感な少年、男らしさを求めたいのだ。
知略センスにステータスのポイント極振りしてるのだから、それ以外のセンスは許してやって欲しい。
希美が若者の顔面チェックをしていると、斎藤龍興がやって来るようで、知らせの後に斎藤方の重臣達が顔を伏せる。
その内に、すっすっと足音がし、龍興が入って来た。
(うちの殿はドンッドンッなのに、こちらはすっすっ。大国のお坊ちゃまは足音から違うなあ)
などと呑気に考えていた希美だったが、龍興の顔を見た瞬間、目を疑った。
そこには、エロフェスの日、森部で出会った泣き虫な二番弟子が座っていたのだ。
翻って、龍興は着座して真っ直ぐ信長を見た。
視界に、驚く師の姿が見える。
師を見たい、言葉を交わしたい。しかし、斎藤龍興がそれをするわけにはいかぬ。
龍興は腹に力を入れて、信長を見据えた。
そもそもこの和議と同盟は、龍興が提案した際、重臣達に案外すんなり受け入れられた。
当然、こちらから攻めるべしという意見もあったが、あの斎藤飛騨守ですら、他の重臣達と同調して賛成したのだ。やはり戦続きに加え、兵力や国力の疲弊は著しいのだろう。
このあたりで一旦休戦して、それぞれの領を回復させたいという腹だ。
そうはいっても斎藤龍興は名家一色家の血も継ぐ、大国美濃の当主である。斎藤飛騨守は、「織田上総介なんぞとの格の違いを見せてやるべき」と、同盟の条件に色々注文を付けた。
当然、織田方との事前調整の段階でその注文は大きく削られたが。
何にせよ、無事和議と同盟は成る。
龍興は、勝家とえろ教徒を攻めずに済み、ほっとしていた。
(それにしても、織田信長という男、恐ろしい覇気を持っておる)
龍興は信長と自分を比べた。
(父と何度も刃を交えた男。成る程、当主の器がわしとは違う)
以前の龍興なら卑屈になっただろう。
しかし、気後れや無念さはあるものの、心は凪いでいた。
(えろえろえろえろ……心だけは、わしはえろ教に、お師匠様に捧げる。わしに譲れぬのは、それだけじゃ)
龍興は、懐に忍ばせたふんどし頭巾を着物の上からそっと確かめた。
「初めてお目に掛かる。わしが斎藤一色家当主、斎藤治部大輔龍興である」
「わしは、織田上総介信長じゃ」
大名同士が名乗り合う。
希美は感激していた。
(二番弟子とか色々意味がわからない事はあるけど、やっと、やっとまともな歴史改変が行われた……!)
まともな歴史改変とは何なのか。
ただ、織田家中から髭を一掃したり、美濃にえろ教を蔓延させたりするよりは、確かにずっとまともな歴史改変だろう。
「さて、上総介殿。此度の同盟であるが」
龍興が同盟締結に向け、話を切り出したその時だ。
突如武者姿の武士共が雪崩れ込んできたのである。
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