第62話 まともな歴史改変とかやっぱり無理でした
突如広間に現れた武者逹。
その数、三十くらいか。
間髪入れず、信長目掛けて躍りかかった。
得物は広間に入る前に預けて、手元に無い。
だが、やり様はある。
希美は信長の前で人間盾となるついでに、刺客共の刃を避けもせず打ち倒すと得物を奪い、それを信長やまだ得物を奪っていない仲間に渡した。
信長は、悠々と敵を斬り倒していく。
希美は信長を守りながら、斎藤方を窺った。
「誰じゃ!わしはこんな事は頼んでない!やめろ!やめてくれぇ!」
龍興は叫びながら小姓等に押さえられ、避難させられている。
斎藤の重臣達は憤然と刺客に立ち向かう者有り、戸惑い動けぬ者、龍興の側で避難しつつ状況を見る者、様々である。
ただ、殆どの重臣はこの計画を知らなかったようだ。
ただ一人、
「命を散らしてでも織田信長の首を獲れぃ!雑魚は構うな!大将首だけを狙うのじゃ!」
檄を飛ばす男がいる。
斎藤飛騨守である。
斎藤飛騨守。あからさまなほど奸臣気質の男ではあったが、彼なりに美濃を思った結果の謀であった。
龍興から和議と同盟の話が出た時、飛騨守は考えた。
織田信長が生きている限り、美濃は落ち着かぬ。
その信長が、少数の供しか連れず、敵地にのこのこ現れる。
この機会を逃せば、美濃はいつまでもこの目の上のたんこぶに脅かされるだろう。
しかし、頭さえ潰せば織田は崩れるはずだ。
今は厭戦気分で和議に傾いている龍興や重臣達も、いざ事を起こせば腹を決めて、こちらに加担し自分を見直すだろう、と。
しかし彼の誤算は、肉体チートを持つ希美が信長を守っている事、そして斎藤方の誰も飛騨守に加担しようとしなかった事だ。
それどころか、主の龍興の心が既に柴田勝家に下っていたのである。
織田方の働きによりだんだん刺客の数が減っていく。
後五人、二人、一人……
結果、斎藤飛騨守は、まさに四面楚歌になったのだった。
斎藤飛騨守は斎藤の重臣に取り押さえられている。
龍興は渾身の力を込めて飛騨守の頬を殴りつけると、信長等の前に膝をついた。
「大変、申し訳ない事をした。我らの預かり知らぬ事なれど、この者の企みを止められなかったはわしの責じゃ。この通りじゃ……」
頭を下げる龍興に、斎藤の重臣達は驚いた。
飛騨守を重用する前の龍興が戻ったようだ。
皆がそう思った。
「この失態、どう償うつもりじゃ」
信長が厳しい声を出す。
龍興は宿老達に向いた。
「稲葉、安藤、氏家、織田に叔父上がおろう。以降はそちらを頼るがよい」
そうして信長に向き直した。
「然らば、わしの首にて。御免!」
重臣達が息を呑む。
止めようと動き出すその瞬間。
龍興は近くに転がる刺客の刀を手に取ると、一気に自らの腹に突き立てた。
いや、正確には突き立てようとしたが、前に立って邪魔だった信長を押し退けた希美が、一瞬で間合いを詰め、皮一枚で龍興の腕を押さえたのだった。
「お、お師匠様……」
情けなく眉をハの字にする二番弟子に、希美は言った。
「私は会える神だから、弟子も信徒も全力で助けると言っただろう?」
「おい!」
そこで突き飛ばされて転がっている信長が、何やら非難の声を上げたが、希美は無視した。
希美は龍興に聞いた。
「おい、師匠に嘘偽りは許さんぞ。答えろ。お前のやりたい事は、本当に責任とって死ぬ事かよ」
龍興は涙を流しながら呟いた。
「お師匠様、夢なのです。わしの夢は、あの日一日だけ、一日だけの夢だった……」
希美は吠えた。
「一日だろうが千年だろうが、構わん!お前の本当の夢は何だぁ!!」
「……たい、です」
「はっきり言え!えろ兵衛!!」
「弟子としてっ、お師匠様と共に生きたいですっ!!」
「いいぞ!!!」
「う、うあああああぁぁ!」
龍興は号泣した。希美はそんな龍興を抱きしめた。
あの日、森部の町で泣く龍興を抱きしめた時と同じように、背中をとんとんと叩きながら。
皆が黙って見守った。
あの信長ですら、空気を読んで黙っている。
そんな中、空気を読まぬ男が一人いた。
「という事は、右兵衛大夫殿がわしの弟弟子という事ですな」
河村久五郎である。
いつの間にか、ふんどし一丁で頭に御聖布という名のふんどしを被る、ダブふん姿になっており、希美と龍興に近づいた。
「兄弟子殿……」
龍興がそっと希美から体を離し、恥ずかしそうに言った。
「実は、わしもあれから妾達や侍女を使って修行を重ねまして、見事神髄に至ったのです」
「なんと!こんな短期間で……」
龍興はおもむろに懐からふんどし頭巾を取り出すと頭に装着し、着物を脱いでふんどし姿になった。
「兄弟子殿、いや筆頭祭司殿、わしも使徒として認めていただけましょうや……?」
殊勝に頭を垂れる弟弟子に、兄弟子は言った。
「もちろんです。同志にして弟弟子よ。優秀なそなたになら、わしの大事なその御聖布を譲る事ができます。何、わしにはお師匠様が手ずから針を入れて下さった筆頭祭司用の御聖布がありますからな。これからは共にえろ教とお師匠様のために力を尽くしましょうぞ!」
「兄弟子殿!」
「弟弟子よ!」
二人はしっかりと手を取り合った。
「なんだ、これ……」
希美は、絶対に信長を見ない事にした。
「殿……」
重臣の一人が声を発した。
龍興は、重臣達に向かい、座して頭を下げた。
「すまん!この通りじゃ!!わしには、もうえろの道しかないのじゃ。斎藤の名代は叔父上に。しかし叔父上にしろ、わしにしろ、斎藤は織田に下る事になろう。それは美濃が織田の下につくという事じゃ。もし、それが許せぬならば、離反しても咎めはせぬ」
龍興の言葉を聞いて、稲葉と呼ばれた重臣の一人が渋面で進み出た。
「殿、……ずるいで御座る」
「へ?」
龍興が『ずるい』という言葉に虚をつかれる。
「ああ、ずるいで御座るよ!」
先ほど氏家と呼ばれた重臣だ。
それを皮切りに、多くの重臣共が口々に「ずるい」だの「羨ましい」だの言い募る。
龍興は震える声で尋ねた。
「お主ら、まさか……」
「「「「「えろ大明神様の御聖布は、ずるう御座る!!!」」」」」
希美はこのまま気を失ってしまいたいが、肉体チートがそんな状態異常を許さなかった。
座したまま重臣達を見上げる龍興の肩に、稲葉が手を置いた。
「殿、あの日、殿が一日出奔した日、降臨祭に行きましたな?」
「ああ……」
「わしも、参り申した」
「え?!」
龍興は目を丸くして稲葉を見た。
「実はわしも参り申した」
「わしも……」
「わしも……」
「わしは実は『隠れえろ』でしてな」
「なんと、わしも『隠れえろ』で」
えろ教は、美濃の中枢にまで侵食していたようだ。
もう美濃は駄目かもしれない。
「「「「「我ら美濃衆、えろ大明神様に、ひいてはえろ大明神様の仕える織田上総介様に従いまする」」」」」
斎藤方の重臣達がダブふん姿の龍興を筆頭に、希美と信長に平伏した。
流石に何人かの重臣が理解不能であると離反したが、むしろまともな反応だと希美は思った。
信長は頬のひきつりが止まらないようだ。
希美を底冷えするような半眼で見据えると、言った。
「その方、まさかこやつらを使って謀反など……」
「また、謀反疑惑アゲイン?!某の事、殿はどう思ってるんでしたっけ?」
「うつけ」
「なら、わかるでしょ!!うつけの某が謀反なんて……って、言わせんな!」
希美は、ダブふん部隊を率いて謀反を起こす未来を、自分ごと全否定する羽目になった。
かくして、美濃の国は希美の、いや織田信長の手に落ちたのだった。
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