第38話 苦しい時の仏頼み
「な、なんじゃ、その方、どうなっておるのじゃ?!」
信長が混乱しつつも、責めるように捲し立てた。
しかし皆のように恐慌状態で逃げ出さなかったあたり、流石織田信長である。
「某にも、是非教えて下され」
もう一人逃げなかった者があった。
丹羽長秀だ。
いや、さらに一人、池田恒興がその場に残っていたが、彼は狙撃第一射の際に信長の盾になれなかった事、自分以外の者が信長の盾となっている事にショックを受け、信長に五体投地したまま気を失っていたため、その数には入れまい。
希美は困った。
自分でも何が起きているのかわからなかったからだ。
希美は自分の肉体が魔改造されている事を知らないが、異常である事はようやく理解した。
しかし思い返せば、心当たりはあった。
(確かに皆が汗だくで甲冑を着込んでるのに、私は特に苦しいとも思わない。甲冑も武器も、重いと感じた事もない。そもそもこの体、戦しまくってた癖に傷跡一つない……)
希美の頭に一つの可能性が浮かんだ。
「転生チート……」
「てんせいちいと?」
信長が訝しげに呟く。希美は慌てた。
「あ、いや、その……自分でも何故このようになったのかわからず、考えておりました」
(あわわ、転生したらチートがもらえるって、あれ異世界転生のあるあるじゃないの?逆行はそういうの無くて、大体やたら頭のいい人がやたら物知りで、知略チートしたり知識チートで内政チート……ああ、チートがゲシュタルト崩壊……)
希美は混乱しつつも、とりあえず転生が原因だという事は理解した。
何故なら、希美が転生する切欠が、織田信長に柴田勝家が膳をぶつけられ昏倒した事であると思い出したからである。
(元々こういう体だったら、柴田勝家は膳をぶつけられてもピンピンしてたはず。転生が関係するなら、あの世の領分!)
希美は仏に救いを求めた。
「考えるに、これは御仏の御加護だと思うので御座る」
「仏の加護じゃと?」
希美の言葉に信長は眉を潜めた。
「は、以前も申しました通り、某は御仏の迎えを拒み、この世に舞い戻り申した」
「そういえば、言っておったの」
「その時御仏は申されたのです。『それほど迎えを拒むなら、こちらに来れぬようにしてやろう』と……」
「つまり……」
信長が、ごくりと喉を鳴らした。
「御仏が御加護を下さり、あの世に行けぬ体にして下さったのでしょう」
信長は、怒号を放った。
「それは、御加護ではなく、呪いじゃあ!!!」
じゃあ……じゃあ……じゃあ…………
「あ、木霊」
希美は思わず呟き、信長を余計に怒らせた。
「この、うつけ!うつけがっ!!御仏は、お前の顔を見とうのうて、あの世に来れぬようその体に呪いをかけたのではないかっ」
(しまった。確かに、そういう風にもとれるな……)
怒れる信長に、思わぬ事を気付かされた希美はつい、
「そうとも言う」
と呟き、信長に殴られた。
しかし平然とする希美を見て、信長は「おのれっ、どんなに殴ってもこたえぬのだった、おのれえ、御仏めぇ」と、興奮して罰当たりな事を口走っていた。
(ああ、私のせいで御仏が濡れ衣を……)
希美は恒興に倣い、心の中で御仏に五体投地で謝ったのだった。
「ふふ……ふふふ…………」
御仏に五体投地中の希美に、悪魔のような笑い声が這い寄った。
長秀である。
「いや、申し訳ありませぬ。御仏に呪われる柴田殿の事を思うと、もう…………果て申した」
(果てたんかい!!)
希美は、長秀が段々レベルアップしていくのに恐れおののいた。
「おっと、まずはやっておかねばならぬ事が」
そう言いながら、長秀は腰が抜けて逃げられなかった美濃兵の元に行き、喉輪を奪うと刀で首を刺した。
血が吹き出す。長秀はかからぬようひょいと避けた。
「いやあ、ちょっと浴びてしまい申した」
にこにこと笑いながら戻ってくる長秀の姿を見て、希美は思わず信長に抱きついた。
「さて、口封じも出来た事ですし、本来なら大将を置いて逃げるなど言語道断ですが、此度だけはそれが功を奏しましたな」
「どういう事だ?」
長秀の物言いに、信長に押し剥がされた希美は問うた。
長秀は笑って答えた。
「某としては、御仏に呪われた柴田殿は震えがくるほど愛しむべき存在ですが、織田家にとっては『呪われた柴田殿』と『御加護を授かった柴田殿』、どちらが望ましいかはおわかりでしょう?」
信長は頷いた。
「なるほどの。仏の加護を持った男がおれば、仏罰を恐れる者には牽制となる、か」
希美も納得した。
「確かに、御仏の御加護は使い勝手が良さそうで御座る」
「おい、そんな不遜な事を考えるから御仏から呪われるのじゃ。くれぐれもも妙な使い方をするなよ。いや、使う時はまずわしに相談せよ。わかったな!」
「御意」
すかさず信長が希美を戒めた。希美には前科があるので、信長の目は厳しい。
「あ、それなら……」
希美は、御仏の御加護を美濃攻めに活用する方法を思いつき、早速信長に相談する事にした。
死体がそこかしこに散らばる中で、三人の不遜な悪巧みは進んでいく。
池田恒興だけが、五体投地のままそれを聞けないでいた。
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