第37話 だるまさんが転んだ

「正木長良様、御討死!」


「吉川光貞様、御討死!」




背中に丸い布風船をつけた使い番が飛び込んできた。母衣である。


最初に見た時は、何だこれ?と思っていた希美だったが、いざ戦場で見ると、なるほど理に叶っていた。味方である事、使い番である事が一発でわかるのだ。


しかも、矢も防ぐという優れものだ。鉄砲は流石に防げず、空気抵抗もかなりありそうだが、武将向けに通販番組で売り出せば、かなりのヒット賞品となるに違いない。希美はこれを用いている織田軍に関心した。






その織田軍だが、現在劣勢である。


今も清洲の城で顔を合わせた事のある二人の若者の討死が知らせられた。


戦に参加するからには、誰がそうなろうと不思議はない。完全に自己責任だとはわかっている希美だったが、討死の知らせがある度に沈鬱な気持ちになってしまう。




ふと信長を見ると、信長も目を閉じ考え込んでいるようだ。


普段は傍若無人に振る舞う男だが、甘さを隠しきれていないツンデレなのだ。希美には、若く散った命を儚んでいるように見えた。






合戦が始まった頃、織田軍はイケイケで攻めていた。


鳥雲の陣がうまくはまったのだ。


とはいえ戦場である。美濃勢は地獄を見るような有り様だった。


鉄砲が一斉に火を吹くと十や二十の兵がばたばたと倒れ、弓隊の一斉射撃に多くの兵が体から矢を生やした。




その後は、織田武者が暴れまくった。


佐々成政を始め、血気盛んな信長の近習達が一番槍を狙って、我先に突進をかけているのが見えた。


森可成や佐久間信盛などの同年代組も頑張って……頑張り過ぎてもはや鬼に見える。


柴田兵がいる辺りを見れば、一益も鬼になっていた。傍では次兵衛が槍を振るっている。


(次兵衛は、合戦ではオラオラ系になるからなあ)


以前次兵衛に涙目にされた過去を思い出し、希美は小さく「くわばら、くわばら」と呟いた。




しかし、鋒矢の陣に陣形を変えてから、敵方がこちらの泉門を突いた。


形勢逆転である。


このままでは、斎藤軍に呑み込まれすり潰される。


希美は不安になり、信長を見た。


信長は苦い顔をしたが、すぐに先頭の鉄砲隊・弓隊の一部を右軍に回し後退するよう使いを出した。その間本隊の一部が踏ん張り、なんとか立て直しつつ、織田軍は退き戦となったのである。






しかし、斎藤軍はもう一枚カードを切ってきた。


信長の暗殺である。


別動隊が先ほどの混乱に乗じ、本陣に到達したのだ。




使い番からその知らせが来た時、信長が「是非も無し」と言うのを聞いて、希美は不謹慎にもちょっと胸が高まった。


(これ、本能寺の変の時に信長が言うセリフ!生で聞けた!!)


既に信長本人が生であるが、希美にとってそこは今さら琴線に触れなかった。




絶対に逃げずに暗殺者と対峙するという信長に、希美は次兵衛から刷り込まれた『君子危うきに近寄らず』を思い出した。


だが希美は信長にその言葉を言うつもりはない。


なんせ希美が言えた義理ではなかったからだ。




(そもそも、信長は本能寺の変まで五体満足で生きたんだよ。ここでは死なないし)




よって希美は信長の意思を尊重する事にした。希美は護衛なので、当然信長に付き添うつもりである。


希美は宣言した。


「殿は、ここで命を落としませぬ。某が守りまする」


(だって、信長が死ぬのは本能寺だし。とりあえず未来予知だと思われないよう、私が守るから、とでも言っておこう。ついでに上司の印象も良くなるってもんだ)


希美はちゃっかりしていた。






信長について行くと、暗殺集団との白兵戦が始まっていた。


信長に付き従っていた池田恒興や丹羽長秀等も、暗殺者の刃を退けながら白兵戦に混じっていった。


暗殺者達はターゲットがやって来たと、襲いかかって来る。希美は、体の動くまま槍を振るった。


隣では信長が、敵を一刀両断にしていた。




そこで希美は気付いた。


信長の様子が変だ。その視線を追う。






黒い筒。




銃だ!




「だめ!!!」


















ドンッッッ




「権六……」




信長の声がした。


希美の腕の中で。




あの一瞬、希美は信長を抱き締め、盾となった。




「権六、撃たれたのか?!傷は!!」


信長が腕の中で身をよじり慌てている。




「傷……」


希美は気づいた。


「あれ?痛くない……」


(なんか、当たった気がしたのに??)


「弾が逸れたのか」


信長がほっとした。




ドンッッッ




第二射が来た。




カツッ




(ほら、やっぱり当たってる……って、え?)




希美は振り返り、銃を持った暗殺者を見た。


暗殺者も煙の出る銃を構えたまま、希美を凝視している。


いや、その場にいる全員が時を止めたまま希美を凝視している。






希美は、口パクで暗殺者に聞いた。




あ、た、っ、た、よ、ね?




何故か暗殺者も、口パクで答えた。




あ、た、っ、た、よ、……ね?




………………。




………………。






「ば、化け物めっ」




近くにいた暗殺者の一人が、フリーズ状態から抜け出し希美に斬りかかった。


希美は混乱中だったため、気付くのが遅れた。




ガキッッッン




暗殺者が力任せに振るった刀は、希美の体に当たるやその衝撃で折れ飛んだ。




………………。




………………。




希美と暗殺者は黙って見つめ合った。


誰もが、何も言わない。皆、言葉を忘れたかのようだ。




混乱した希美は、おもむろに折れた刀の刃を拾い上げると、「えっと……なんか、ごめん」と言って暗殺者の手に握らせた。




暗殺者は折れた刃を見、もう一度希美を見た。何も考えずに握っているからか、血が刃を伝い、ポタポタと落ちている。






「う、うわああああああぁぁ!!」




次の瞬間、暗殺者は刃を握り締めたまま折れた刀を投げ捨て、希美に背を向けて走り出した。


それを皮切りに、その場にいた全員が、敵味方関係なく、口々に悲鳴を挙げて逃げ出した。


蹴躓き、転がりながら走る者、腰が抜けて立てぬまま泣いている者もいる。


斎藤方も織田方も、訳のわからぬ恐怖でもって、心は一つとなっていた。






「何これ、酷くない?」




希美は、自分をスケープゴートにして突如訪れた休戦に顔をひきつらせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る