第36話 信長の油断

「正木長良様、御討死!」


「吉川光貞様、御討死!」




織田本陣に母衣を纏った使い番が駆け込み、叫んでいる。聞いた名が耳に届く。いずれも将来を嘱望された若き武士達だ。




一人は、昨日の夜言葉を交わした。「明日は必ずや御殿のため、武功を挙げてみせまする」若者は目を輝かせ、わしを見おった。


わしは、「頼むぞ」と言い捨て、その場を後にした。


あの若者であるか。




今や本陣の動きも切羽詰まり、慌ただしい。




始めは良い滑り出しであった。


鳥雲の陣立てが効いた。


先端に配置された鉄砲隊、弓隊に続き、槍隊の激しい攻めに敵方の陣形が崩れ、横に広がった。横から回り込むように攻められたものの、右軍、左軍がよく持ちこたえ、遊撃隊が薄くなった敵軍の包囲網を突き、兵力を削いでいった。




そして鋒矢の陣。合図を送り、鉄砲・弓隊と槍隊を配置させた。その後ろに本隊を移動させる。左右にも鉄砲・弓隊を置き、側面の備えとした。そして後方の備えとして鉄砲・弓隊を置く。




かくして鋒矢の陣での攻撃が始まった。鉄砲・弓隊が前面を攻撃した後、槍隊が突っ込み軍を前方に押し進めた。


さらにその勢いに乗り、本隊が続く。


前面の美濃勢は忽ち崩れ、後退した。


それを逃さず、織田軍は敵本陣を目指し、がむしゃらに前に進んだ。




だが、斎藤軍は比較的動きが鈍い右軍に狙いを切り替えた。すかさず合図が送られ、織田右軍に鉄砲と弓の集中放火が始まった。


はたして、右は崩れた。




わしは、敵軍に包み込まれぬよう右軍を立て直し後退に切り替えたが……


さすがに斎藤軍は堅いわ。




にわかに本陣の外が騒がしくなった。


新たな使い番が転がり込む。




「何事じゃ!」


「斎籐の別動隊が迫っておりまする!お逃げ下され!」




おのれ、あの混乱で別動隊を潜り込ませおったか……


やりおるわ。


「是非も無し。ここまで参った褒美よ。わしが出る」


「なりませぬ!」


近習どもが煩い。だがここで逃げるなど、わしではないわ。


「ならば、某が付き添いまする」


……権六か。


「その方、止めぬのか?」


「殿は、ここで命を落としませぬ。某が守りまする」


こやつ……うつけではあるが、頼れる武人よ。


「ならば、ついてこい!」


「ははっ」




陣を出ると既に敵が入り込み、そこかしこで組み合いとなっておった。


敵方の兵が突進してきたのを、一刀で斬り捨てる。


それ以上に権六が敵を薙いでいる。兵共が紙のように吹き飛ぶ。


こやつ、真に人か?




その時だった。離れた所に兵の固まりが見えたのは。何かを守っている。


誰かを守っているのか?




黒い筒が見えた。




しもうた!








思った時にはもう…………

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