第35話 お前はおばちゃんが守る!

かくして軍議は終わった。


現在の希美は、また馬上の人である。


勝村の陣を引き払い、織田軍は絶賛北上中なのだ。






長秀の事はさておき、希美は今さらながら未来を知っているという事に恐れを感じていた。


(私の行動が私の知る未来を変える。柴田勝家のイメージは変えたいけど、変えた未来で何が起こるの?そもそも、斎籐義龍って、本当にハンセン病だったの?斎籐義龍の死因は実はよくわかってないんだよね。……まさか、私の今回の出任せで、斎籐義龍ハンセン病説が生まれたって事はないよね??何これ、卵が先か、鶏が先か。訳わからなくなってきた……)




「よし!」


希美は、考えるのをやめた。




「何が、『よし』なんだい?」


「彦右衛門か」


いつの間にか一益がくつわを並べていた。


「いや、卵が先か、鶏が先か考えておった」


「お主、変わった事を考えるな」


一益が呆れた目で希美を見た。




「それより、お主の聞いたという噂、誰も知らぬのよ」


希美はどきりとしたが、素知らぬ顔で答えた。


「まあ、そうであろうな。あれは私が美濃に入れておる草からの情報故な」


「草、だと?」


「ああ、二十年前から使っておる。私の情報源だ。教えんぞ」


「ふうん、うちの甲賀衆を出し抜くなんて、権六、やるね」


いつもさらりとした一益の目が鋭く希美を見据えている。


(え、ライバル視されてんの?)


希美は嘘の厚塗りを一益に申し訳なく思ったが、後には引けなかったので適当に流し、話を変える事にした。




「そういえば、そろそろ着陣だな」


「ん?ああ確かにこの辺りであった」




その時である。「前方に敵影有り!」使い番の声が響く。


希美は気を引き締め、短く言葉を発した。


「陣立てだ」


「まずは鳥雲」


一益も短く答えた。素早く配下に指示を出す。


希美も傍らに従っていた次兵衛に命じた。


「次兵衛」


「御意。者共、布陣じゃあ!」


次兵衛は有能なので、名を呼ぶだけで後はオートマチックだ。


希美は後の指示を次兵衛に任せ、命を刈る心構えをした。






その後は流れ通りだ。本陣で軍議の後、両軍にらみ合い、口合戦に、石合戦。そしてようやく勝家等の出番である。


……のはずだったのだが、にらみ合いの最中勝家は突如本陣に呼ばれた。




「間抜けな面をしておるの」


信長がニヤニヤ笑って言った。


「もう戦は始まりまするぞ。何故某を呼ばれたので?」


希美は不思議に思い、聞いてみた。


「その方、ここの所あまりにも動きが奇妙である。それでいて大事な事を伝えぬ。わしはその方をどうしてやろうかと思っておっての、近くに置いて見極める事にした。その方が戦働きを得意とするのは知っておるが、諦めてここにおれぃ」


「つまり、一番槍の武功阻止という嫌がらせ」


「見も蓋も無い言い方をするな」


「それは肯定という事ですな」


「くくく……せいぜい体を張ってわしを守れい」


信長は言いたい事だけ言って陣の外へ出ていった。。




(こいつ、義龍の事黙ってたの、根に持ってたのか!)


別に一番槍などどうでもよいが、戦の最中嫌がらせなどという子どもじみた信長に、希美はちょっとイラっとした。


そこへ池田恒興が希美に話しかけた。




「殿はあのようにおっしゃられていますが、実は柴田様を頼りに為されているのです」


希美は怪訝に思い、聞いた。


「どういう事です?」


「実は今しがた、斎籐義龍が別動隊を立てて殿のお命を狙っておるという話が入ってきましてな。我等近習も当然命をかけてお守りする所存なれど、誰か武勇名高い者にもお頼みしようと相成り申したのです」


「それで、某が……」


「はい。殿は前の美濃攻めでの鬼神の如き柴田様の働きぶりをご覧になり、此度、柴田様ならばと仰せに」


「嫌がらせではなかったのか」


希美は驚いた。


恒興は笑った。


「まあ、それも有りましょうが。ただ、柴田様を信用しておられるのです」


「……わかりにくう御座る」


溜め息を吐く希美の耳に、恒興の呟きが聞こえた。


「私とて、信長様のためならば、敵に刺し貫かれる事すら喜びとなるものを……」




(何故、頬を染めて嬉しそうな顔を……?)


恒興は荒い息で、何かを期待している様子だ。




恒興ではないが、文句を言いながらも、希美はツンデレな信長の事を好きになってきていた。


(うちの殿は、本当に不器用でしょうがない人だなあ。この私に期待をねえ……)


「ふはっ」


耐えきれず希美は吹き出した。


なりはイケイケのおじさん武将だが、中身はおばちゃんである。


(おばちゃんを便りにする織田信長……おばちゃんに守られる織田信長……)


希美は以前の希美の姿を思い返した。脳内で、信長が四十過ぎた小太りのおばちゃんに守られている所を想像した。


「なんつー絵面だよ」


あれだけの猛者の中から、あえてのおばちゃんチョイスだ。


(柴田勝家になってしまってるとはいえなあ)






「おしっ、このおばちゃんが織田信長を守ってあげましょうかね!」




希美は、信長の姿を探しに陣を出たのだった。

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