第39話 希美の霊感商法

「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」


「柴田様は御遣い様よ」


「御遣い様のおかげで此度も生き残れましたじゃ、ありがたや」




「む、別段私は何もしておらぬが、命あってよかったの」


希美は、ファンに囲まれるアイドルのように、織田兵に囲まれていた。


皆、柴田勝家を御遣い様と呼び、跪いて拝んでいる。


(これは……私の着た服を細切れにして売れば、少々高くても飛ぶように売れそうだ!)




人はそれを霊感商法と呼ぶ。








あの後、恐怖に駆られ逃げ出した美濃兵達が良い仕事をしたのだろう。美濃軍に混乱が生じ、後退を始めた。


信長はそれを契機に、一時的な戦の終了勧告を行い、斎藤軍大将もそれを受け入れた。




そこで、信長と長秀は一益に命じ、積極的に『加護持ち柴田』の噂を流した。


元々『御仏を拒んだ男』として認知されている勝家である。『柴田勝家は逆に御仏に見込まれ、御加護を与えられ現世に戻された』という噂は、信憑性をもって受け入れられ、味方はおろか斎藤軍にも爆発的に広まった。




(逆に、って何だよ。仏を拒んで暴れたのを、『お前、なかなか骨があるやんけ』とはならんだろう……)


希美はモヤモヤしたが、皆がそれを受け入れている以上、希美も受け入れたのだった。






そんな希美が、信長にお願いした事が一つある。


それは、あの時恐ろしさでパニックになり、逃げてしまった織田兵達の助命だった。


彼らはいったん逃げ出したものの、そのほとんどが己れの非を恥じ処罰を甘んじて受けようと戻って来た。




本来なら、敵?前逃亡は斬首である。


しかし、彼らは皆若い。


信長は、経験豊富な将をほぼ全員戦場に投入していたため、本陣は比較的若い武士たちで構成されていたのである。


信長暗殺に抜擢されるような気合いの入った美濃兵ですらパニックで逃げ出す状況で、そのような若者達が集団ヒステリーに抗えるはずもない。






「これが聞き入れてもらえなば、某、一生涯殿を離し申さぬぅ!!」


希美は暴れる信長をホールドし、信長はセクハラ紛いの希美の脅迫に屈した。




「あれ等よりも、わしはその方を斬首にしたいわ……」


「たぶん刃が通りませぬな」


「おのれ、御仏……」


ぐったりして呟く信長に、希美は思った。


(信長の第六天魔王化、もう始まってない?)


まさか、私が原因とか言わないよね……希美は考えない事にした。




ちなみに、長秀が腕を広げ待っている様子だったが、希美は無視している。








その後の戦はグダグダだった。


『加護持ち柴田』が自軍にいるという事でやたら士気の高い織田軍だったが、元々相手方より数に劣る上、ほぼ負け戦のような合戦で消耗も激しかった。


対する斎藤軍は、『加護持ち柴田』の異常性と仏罰を恐れ、士気が異様に低下していた。




両軍は何度かやり合ったが決着が着かず、これ以上は蛇足、と一先ず終戦を迎えた。




かくして、美濃攻めはまたもや不完全燃焼に終わったまま、織田軍はその帰途についたのである。










そんな織田軍を見送った希美は、まだ美濃に残っていた。


希美の肉体チートが発覚した折、信長に提案した美濃攻めの秘策のためである。


希美はそのまま北上を続け、現在、美濃は森部までやって来ていた。




「本当に、お一人で乗り込まれるので?」


無理矢理に希美と共に美濃に残った次兵衛は、心配げに希美に尋ねた。


「心配するな。私には御仏の御加護がある。誰も傷つけられぬよ」


希美は自信を持って答えた。






希美はこれから、単身で目の前の森部城に乗り込むつもりなのである。


希美は知っていたのだ。来年五月、斎藤義龍が死んですぐに、森部の戦い、十四条の戦いと呼ばれる合戦があることを。




(なんか、前田利家に転生した人が主人公の小説で見た。確か、森部の戦いで、追放されてた前田利家が復帰して、復帰を後押ししてくれた森可成とただならぬ関係に……)




なんという転生もの小説を読んでいるのか。




(あの小説、前田利家が敵の首を取って復帰した事や森可成との絡みは詳しく描かれてるんだけど、森部の戦いがさらっとなんだよね。勝つのはわかってるんだけど。まあせっかくここまで来たし、森部城から南の城に突撃訪問して、御仏の御威光で諜略。肉体チートで知将にまっしぐら大作戦ですわ)


希美はほくそ笑んだ。






「しかし、捕らえられでもしたら……」


そんな希美に、次兵衛は尚も言い募る。次兵衛の肩を一益が笑って叩いた。


「そのために私がいるのさ。何、うちの甲賀衆はよくやる。うち《も》美濃には草を入れている。すぐに助け出してみせるさ」


「頼むぞ、彦右衛門」


希美が一益に声をかけ、一益も爽やかに笑って応えた。だが、目がギラついている。




(この前から、妙に対抗心を感じるなあ)


一益は、斎藤義龍の病を自分よりも早く探り当てた希美に思う所があるようだ。


(爽やかな人当たりの良いタイプに見せて、実はプライド高いのか。何気にマウントとって来ようとするあたりが面倒くさい男だな)


希美が一人一益の株を下げていると、一益が希美に問いかけた。




「それにしても、何故森部なんだい?前回も今回も、もっと南での合戦だったじゃないか」


「それはな……」


(来年森部で合戦が起こるからだよおっ)


とは言えない希美は、特に言い訳が見つからず適当に流した。


「秘密、よ」


意味の無いどや顔の希美を、一益は鋭い目で凝視している。


一益は、一瞬菩薩のように穏やかな笑みを浮かべた後、かっと目を見開き歯を剥き出しにして笑った。


「負けぬぞ、権六」










希美は一益のやる気スイッチを、うっかり押してしまったようだ。






一益の見た事も無い凄まじい形相に、たまひゅんなるものを初めて経験した希美だった。

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