第17話 男になる覚悟

普段はのどかな勝村は、緊張に包まれていた。


突如他領の織田軍約二千が現れ、この村に陣を張ったのだ。


信長はこの村での乱取りを禁じた。が、多くの村人は近くの寺社に身を寄せた。自領にとって敵方の軍が攻め寄せて来たのだ。無理もない事だ。




(ああ……第一村人が……)


遠くに飯の煮炊きの煙が見えた辺りで人を発見し、村への案内を頼めるかと思った希美だったが、第一村人(予想)はこちらを見るなり叫びながら転がるように逃げ去った。


(めちゃくちゃ怯えてた)


それはその筈だ。もし乱取りを禁じていなければ村人は悉く殺され、犯され、奪われることになる。第一村人は慌てて村に知らせに行ったのだろう。


「追って斬りますか?」


馬廻り衆の武者が信長に確認したが信長は、


「無用」


と断じた。




信長率いる織田軍は悠々と村に入り、村に残っていた老人に話をし陣を張った。


織田軍の統制はとれており、村人に無体をすることはなかった。現代の感覚が抜けきれない希美はほっとしたが、これは問題の先送りでしかないことはわかっていた。


場合によっては乱取りが許されることもある。そのことを勝家の記憶で知っていたのである。






陣が張られ、ようやく腰を落ち着けた希美は来るべき戦の事を考えると、ため息をついた。勝家として転生し、流されるままここまで来た。どうせなら知将になってやろうと決意もした。


だが、実際に人を殺すことなどできるのか。


いや、やろうと思えばできるのだろう。希美は馬に乗ったことはなかったが、勝家の体が自然と動き、危なげなく乗れていたように。


人を殺す技術も勝家の体が覚えている。その流れに乗ればよい。


だが、その後は?




(逃げるなら今だよなあ)




希美は側に侍る次兵衛を見た。自分の率いる家臣団を見た。自分の領から戦に出た者どももこの陣中にいるだろう。


そして、朴訥ながらも家臣に心を配り、織田家と自領を守ってきた勝家を思った。




(逃げちゃならないよねえ……)




「殿」


不意に次兵衛に声をかけられ、希美はそちらを向いた。


「何だ」


次兵衛は希美の目をじっと見ていた。たっぷり見てから、にやりと笑んでおもむろに口を開いた。


「男の目に、なっておりますな」




(こいつ、殺すぞ)




誰が心まで男化してる、だ。希美は殺意を覚えた。


そんな事とは知らない次兵衛は満足そうに笑って言った。


「殿がわし等を思うて槍をふるわれるのは知っております。だが、わし等も……」


次兵衛は重ねた。


「わし等も殿をお守り致しまする。のう、皆!」


「「「「「応!!!」」」」」




野太い声だ。歴戦の男どもの歓喜の声だ。主を、故郷を、自分達の手で守れることを誇っている男の声だ。


(ああ、柴田勝家は、こんなにも愛されているのだな)


希美は不思議と心が凪いだ。


(私は、私が、柴田権六勝家だ。ならば、私はこいつらを守るために戦う。人を、殺す)




実際に人を殺せば、自分の心がどうなるかわからない。しかし、皆が自分のために戦い、殺すなら自分も同じ泥を被ろう。敵は私達を殺しに来る。私達も殺しに行く。そこから逃れられないなら、いや逃れぬと決めたなら、殺してでも守る。


希美は立ち上がった。




「私は、柴田権六勝家だ!!私が、皆を守るっ!守るぞ!!」




腹から声を出した。乱世の人間となる希美の決意表明だった。




「「「「「応っっっ!!!」」」」」


柴田勢は気炎を上げた。この上なく、一つにまとまった。




希美は、乱世の男となる。

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