第16話 鬼婆な希美
「《おお牧場は緑の歌》♪」
「何じゃ、その歌は!」
「『おお牧場は緑』です」
(あんたが歌えっつったんだろ)
**********
希美が秀吉と誉め合い(疑心暗鬼)をしていると、のどかな道行きに多少飽いてきた信長はよい暇潰しを思い付いたとばかりに希美に申し付けた。
「権六、何か芸をせよ」
「芸、で御座りますか?」
「うむ、何でもよい」
とんだ無茶ぶりである。
即座に秀吉が「そのお役目、わしが!!」とカットインし、希美は(ナイスだ、秀吉!)と秀吉株を急上昇させたが、「お前は猿真似しかできんだろうがっ!」と信長に突っ込まれ、「キキッ♪」と猿真似をしながら退場していった。
なるほど、これが予定調和というやつか、と希美は秀吉株を心の取引所で即全売りした。
それにしても馬上でできる芸など限られている。
(歌でも歌うか。なんか場に合ったやつ)
そして、冒頭に戻る。
**********
「『おお牧場は緑』という歌です」
「『大魔鬼婆は緑』……珍妙な歌だと思うたら、妖怪の歌か」
「何言ってんだ、あんた」
希美は突っ込みを我慢できなかった。
すると、今まで黙っていた男が語り出した。
信長の寵深い丹羽長秀、通称『米五郎左』である。
「なるほど、緑の顔をした大魔の鬼婆ぁの歌ということですな。草を人に見立て、さらってきた人共を早苗の如く地に埋め、充分に集まった所を、よく繁ったものだと、ホイッという掛け声で首を刈り取ってゆくという……」
希美は叫んだ。
「何その歌、すげー怖いんだけど!!」
(闇深ぇよ!)
「流石、柴田様。斎藤軍の者どもを尻の青い早苗に見立て、片端から首を刈っていくという意志をこめておられるのですね。すばらしい……」
「違うわ!誰が大魔の鬼婆だっ!」
長秀が穏やかな笑みを浮かべ、こちらを見た。
その黒目は、なぜかハイライトが消えて見える。希美は鳥肌をたてた。
(こいつ、マジでヤバイぞ。なんでこんなやつがお米のように欠かせない人なんだ!)
「ふむ、その方の意気込みはわかったが、少々怖いぞ。味方の首を間違えて刈るなよ」
信長が微妙な顔で希美を見た。
「流石に鬼柴田よ」
「味方でよかった」
「髭を落とし優男になったが、逆に恐ろしさが募るな」
まわりも畏怖の目で希美を見ている。
「誤解だーーー!」
のどかな田園に希美の声が響いて吹き渡った。
あと二刻ほどで勝村に着く。
そこに陣を張れば、いよいよ戦だ。
希美は、まだ自分が人を殺す実感が湧かないでいた。
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