第18話 希美の初陣

わあぁーわあぁーわあぁーー




ガキッカンッ


「ぎゃぁっ」


「しねゃぁっ」


「かかれぇーぃっ、かかれぇーぃっ」


「ぐげっ」


「ぐごふっ」




血と泥にまみれた足軽が、突き飛ばされたか希美の方に倒れ込んだ。希美はその男を敵方と認めると、反射的に槍で薙ぎ払い、そのまま後ろで希美に向けて刀を振りかぶっていた若武者に石突きで突き飛ばした。




合戦場である。希美は、地獄絵図の中にいた。








その日、勝村に陣を張っていた織田軍は斎藤義龍軍と戦うべく、とうとう北上を始めた。


この動きが伝わったのだろう、義龍ははすぐさま長井甲斐守、日比野下野守を将とした三千の軍勢を差し向けた。


そして牧村城を過ぎて後、両軍はぶつかったのである。




軍議において、希美は特に目立った具申はできなかった。あれほど知謀をと息巻いていた希美だったが、もうすぐ人を殺すのだと思うと、軍議の内容はろくに頭に入らなかった。




そして気がつけば、合戦が始まっていたのである。




合戦が始まるやいなや、功を焦る若武者達が飛び出していった。


希美はそれを見送った。


「一番槍は、よろしいので?」


次兵衛に声をかけられ、動けなかった希美の体が動いた。否、覚悟を決めた。




(私は、柴田権六勝家だ!)




希美は振り返って咆哮した。


「かかれぇーぃ!!」


「「「「「うおおぉぉぉぉーーー!!」」」」」




後は勝家の体が動いた。


猛将として数々の戦を潜り抜けてきた勝家の経験と武技、嗅覚、そして希美が転生してきたことによる肉体チートが相まって、希美は息をするように敵を薙いでいった。




それでも最初は、柄や石突きを使うよう意識していた。槍先で貫くよりは致死率が低いからだ。


しかし、それでは一旦倒れるものの起き上がり戦線復帰する者が出る。


そういった者達が柴田勢に襲いかかるのを見て、希美は剣先を解禁し、馬や足を狙うようにした。


剣先が肉を刺し貫く感触に怖じ気づきそうになったが、仲間が襲われるのを思い出してこらえた。




柄で薙ぎ、足を刺す。柄で薙ぎ、足を刺す。石突きで突き飛ばし、足を刺す。柄で薙ぎ、足を刺す。




乗っていた馬は、既に倒れた。




合戦の喧騒が遠い。




希美の耳には、自分の息遣いのみが大きく響き、周囲の空気の流れを感じては、槍をふるった。




360度、希美には視えていた。




その視界の端で、次兵衛が戦っているのが視えた。


その後ろに、敵が迫っているのも。




やられる。




希美は全身の筋肉を使い一息に次兵衛の敵へと詰め、正面からその胸を剣先で貫いた。








血しぶきが希美にかかった。


思ったよりも量が少ない、そう考えて、ああ、槍が刺さったままだからか、と希美は槍を引き抜いた。


途端に、大量の血しぶきを浴びる。


相手の顔が視えた。


驚愕と苦悶と絶望が入り交じっていた。




若い、希美は思った。




若武者は、どうと倒れた。




「殿ぉ!」


振り返ると、次兵衛が血まみれの顔で笑った。


「かたじけない!!」




希美は、何と答えたらよいかわからなかった。


その時である。退却の法螺貝の音が遠く聞こえたのは。




希美の初陣は、ここで終わろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る