第10話 知将向きの顔(知将ではない)

「うわ……」


希美はドン引きした。


よりによって、この顔である。




『むさ苦しい顔No.1』


『声とくしゃみがでかそうな顔No.1』


『子どもに近づいただけで不審者情報流されそうNo.1』


『殺人現場にいただけで犯人最有力候補となり、後々意外な人物が自称探偵の一般人に犯人と暴かれ、お役御免とばかりスルーされる可哀想な人物の顔No.1』




なんかいろいろなタイトルが取れそうだ。


しかも日頃からそんなに顔を洗ってないのか、肌も髭も小汚い。正直、女子にはキツい。


髪の毛もぐっしゃぐしゃにまとめてある。


月代は剃ってない。




(絶対剃って手入れするのが面倒くさかったからだ、こいつ)


希美は半眼で鏡の中の勝家を見た。


しかし、これは希美にとって悪いことではない。現代人の感覚からしたら、月代を剃るのは勘弁願いたかったからだ。


いくら時代劇好きだとはいえ、ガチであんなファンキーな髪型は無理、希美はこの先ずっと剃らないスタイルでいくことを心に決めた。




(ただし髭、テメーはダメだ)


「八重さん、髭を剃りたいのですが、何か剃れるもの貸して下さい」




「ええっ?!」


八重がギョッとしてその細く切れ長な目を見開く。身だしなみに気を使うなど男らしくないと豪語するあの勝家が、男らしさの象徴のような髭を剃り落とす?!


「髭を、お剃りになられるのですか?」


八重は聞き間違いではないかと思い確認したが、勝家の答えは、『是』の一択であった。




はたして、勝家の髭剃りの準備は整った。


この時代、さすがにT字剃刀はないようだ。


小刀みたいな剃刀を用意され、顔が血だらけになるのを覚悟した希美だったが、八重が剃ってくれるというのでお任せすることにした。




「……どうしましょう。刃が通りませぬ」


「??」


いざ髭を剃る段になり、まさかの事態が発生した。


(剛毛すぎて刃が通らないってこと?!やだ、この鬼柴田)




希美は勘違いしているが、勝家の肉体は高エネルギーをまとった希美の魂が定着するために魔改造されている。つまり希美が身体をに手を加えようと意識しなければ、パッシブで無敵ボディーなのだ。髭一本でさえ傷すら与えることはない。




「あの、もう少し頑張ってみてもらえませんかね?どうしても無理なら自分でやってみます」


「ええ、少し力を入れてみますね。痛かったらおっしゃって下さいませ」




(八重さん、柴田勝家が迷惑かけて本当にごめん)


勝家の肉体がこんなことになったのは、ほとんど希美のせいなので、これは濡れ衣だった。




(あー、神様仏様!なんとか刃が通ってきれいに髭が剃れますように!)


「あっ柴田様!今度はするすると髭が剃れまする」


「本当に!?よかったー神様仏様ありがとうー!」


刃が通るようになったのは、希美が髭を剃れるよう意識したからだ。神も仏も預り知らぬことである。




そんなこんなで、希美、もとい勝家の髭は、顔から一掃された。




「まあ……、美丈夫」


八重の口から言葉が漏れた。


勝家の肉体は魔改造されている。当然、あらゆる細胞がベストな状態で保持されているのだ。


三十も半ばをとうに過ぎ、ましてや数々の戦場で数多の傷を負ってきた勝家だが、それに類する老化や傷は一切ない。細胞と共に勝家自身の肉体もベストな状態で保持されている。


なおかつ、今まで髭や汚ならしさで隠されてきたが、勝家そのものは切れ長の目をした悪くない顔立ちであった。




「見てくださいませ」と興奮した八重から鏡を見せられ、希美は思った。




(これ、黙ってれば知将に見えるんじゃね?)




希美の好みは、知的クール系だ。


俺様や、暑苦しいのは苦手だった。


子どもの頃に寡黙で紳士な暴れん坊ジェネラルに恋してから、数々の知的系クール系を推しキャラとしてきた。


一番の推しキャラは、某スペースオペラに出てくるマキャベリズム溢れる絶対零度の剃刀元帥である。


猛将より、知将。


希美の頭の残念さはむしろ本来の勝家に近いのだが、希美は自身の好みから勝家の人生を方向転換させることに決めた。




(そう、猛将より、知将。その方が断然かっこいい。この顔ならやれそうな気がする、知将キャラ)




希美は、完全に自分の頭が知将向きでないことを忘れ去っていた。


鏡を見ながら満足そうに頷く希美に、八重が声をかける。




「せっかくお顔がさっぱりしたのですから、月代もついでにお剃り致しますね」


「NOOOOOOぉぉーー!!」




希美は、頭を死守した。

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